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その探偵、恋は専門外につき 37

その探偵、恋は専門外につき
-ミモザの音色-
37



「ユノ。お前、グレープフルーツジュースで酔ったのか?」

カウンターに突っ伏して管を巻く俺に、「単価の安い客だ」とかブツブツ言うドンヘ。

今日は1日ケイの自宅前で張り込んで、そのままバーに来た。

帰る気になれなかった。正確には、チャンミンの顔を見たくなかった。


2軒目に向かったレストランの前で、頬をピンクに染めたチャンミンがシウォンの腕にぶら下がるように出てきた時、腸わたが煮え繰り返った。

よりによってシウォンと。


あのレストランは上にホテルがあるから、嫌悪感がして最初には行かなかった。


俺を見て、更に身体を寄せる2人。


そしたら、そしたらだ!
チャンミンが!
チャンミンの赤い唇が、シウォンの頬に!



「挨拶みたいなもんだろ。ほっぺにチューくらい……。」

「大きくなってから、俺にもしてくれないのに。」

「ユノ、チャンミンくんへの気持ちは断ち切るんじゃなかったのか?」

「そんな簡単にいくか!チャンミンにはバレないようにするさ!」

ドンへは、ふははと笑った。


チャンミンのやつ。何のために俺が葛藤してると思ってる。


男とデート。
シウォンとデート。

許せん!


寄り添う身体。
ほっぺにチュー。

ゆ、許せん!


まさかあの後、ホテルにでも行こうとしてたんじゃ。
でかい馬がチャンミンの細い腰を……。

ゆ、ゆ、許せん!


震える拳を握る。
カウンターに頭をゴツンと打ち付けた。

「おい。ほんとに大丈夫か?重症だな。」

ドンへの言葉通り、傷は深い。


冷たいカウンターに頬を寄せて、俺は呆然と時間を浪費した。



「ユノ、携帯。震えてる。」

ドンヘに言われ、スマホを見る。

『俺のチャンミン』

表示された文字が虚しい。

チャンミンからの電話はいつぶりだろうか。
思えば最近、簡素な連絡しかしてこない。

昔は何かあると、すぐ電話してきた。

昔は、昔は、って。
俺は最近、昔のチャンミンの姿ばかり追っている。
今のチャンミンのことを、何も知らない。

「おい。出ないのか?」

留守電に切り替わるところで、通話をタップした。






猛スピードで車を走らせた。
赤信号にイライラしてハンドルを叩く。

あんなに泣いて。

「ユノ…」
とだけしか出てこない言葉。

昔から、チャンミンが泣くと俺の心は砕けて、身体中に突き刺さる。

早く。早く。早く。

車を駐車場に頭から突っ込んで、階段を2段飛ばしで駆け上がる。


ドアを開けると、チャンミンは玄関に体操座りで小さく丸くなっていた。

「チャンミン?」

「ユノっ!」

首にすがり付いてきた細い身体を、覆い被さって抱き締めた。

全体重をかけてくるから、俺はつんのめって膝をついた。

背中をさすり続けると、少しずつ落ち着く呼吸。

俺の肩に頬を寄せたまま、チャンミンは呟いた。

「ルイさんの手紙を見つけた。」


ソファにくっついて座ると、チャンミンはベースと共にテーブルに置かれていた紙に手を伸ばした。

チャンミンが差し出した紙を、そっと開く。

ルイさんの手紙を開くのは2回目。

1回目は、メイヤーさんに宛てたもの。
2回目は、ケイに宛てたものだった。

薄い紙。
見覚えのある細い文字。



『ケイへ。

手紙ありがとう。
ごめんなさい。会いには行けないわ。


あなたと過ごした、音楽と愛に包まれた時間。

あなたは私の初恋の人で、私はあなたのファン1号。
それはどんなに時が経っても変わらない。

離れていても、あなたの音楽が世界に存在していることが幸せ。

私の決断は、私自身のためにした決断です。
何の後悔もありません。


ケイ。私と出逢ってくれて、ありがとう。

あなたの幸せを祈っています。』




チャンミンは言った。

「こんなの、嘘だ。」


視線をベースに落としたまま、続ける。

「大好きで、愛して、憧れた人なら、そばに居たいよ。どんなに辛くても、そばに居たい。違う?」


チャンミン……
そんな風に思う人がいるのか?
お前はどんな恋をしているの?


「例えばそれで、大切な人を不幸が襲ったとして、その不幸は2人で乗り越えられないの!?」


大切な人って……
シウォンのこと?


「僕は間違ってる?僕の考えは、幼稚?」


男同士だからって悩んでるのか?
こんなに泣くほど、辛かったの?


でも俺には、ルイさんの気持ちが分かるよ。

大切な人のために、自分の心を殺す時だってある。
自分を犠牲にしても、守りたい。


「チャンミン。大丈夫だよ。これはルイさんの生き方。お前はお前の思うように生きていいんだ。ルイさんを理解しようとしなくていい。」


泣き腫らした瞳で俺をじっと見つめる。

その目尻から落ちる涙の美しさを形容する言葉なんて、俺は持ち合わせていない。



シウォン。お前が憎いよ。
こんなに美しい人に愛されるなんて。

できることなら、お前を八つ裂きにしたい。


「チャンミン。明日、ケイのところに行こう。
ルイさんの手紙を届けよう。」

チャンミンは無言で頷いた。

髪を撫でると、嬉しそうにはにかんだ。
そんな顔を、シウォンにも見せているのか。





チャンミンが作ってくれたご飯を一緒に食べた。

チャンミンは甲斐甲斐しく俺の世話をやく。
バランス良く取っているように見えて、俺の好きな野菜を多めに取って差し出すところがいじらしい。

俺は砕けそうな心をひた隠し、チャンミンに笑顔を向け続けた。

こんな幸せな時間は、きっともう長くは続かないんだ。


シウォンにチャンミンを取られる。

俺がバカでぼーっとしているうちに、大切な人を盗まれてしまった。


でもそれでチャンミンが幸せなのなら、俺は幸せだ。

ルイさん。

俺も、そう思いたい。




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その探偵、恋は専門外につき 36

その探偵、恋は専門外につき
-ミモザの音色-
36



シウォンさんの話は面白い。
日常を忘れて笑っていられる。

ユノと違って、僕をイライラさせたりしない。
お姫様みたいに扱われたら、悪い気がしない。
所作が紳士的で、気遣いがある。


お皿に芸術的に盛り付けられた料理はどれも美味しくて、ワインが進む。

「頬を染めてるチャンミナは綺麗だ。」

「またまた~。やめてくださいよ~。」

僕は上機嫌で飲み続けた。


「上の階にホテルがあるけど、少し休む?」

「もーっ。その手には乗りません~。うふふ。眠くなってきちゃった。そろそろ帰らないと。ユノが怒るかも……。
兄貴ヅラして……自分は夜中までフラフラしてるくせに……。ユノ……なんて……。」


「……少し飲み過ぎたね。残念だけど、お楽しみはまた今度に。タクシーで送るよ。」

「は~い」

慣れない高級なワインにやれてしまった。シウォンさんにしなだれかかってレストランを出た。




「チャンミン!」

あれ、レストランの前に、仁王立ちしたユノが見える。

夢…かな?

「お前!!何してんだよ!どんだけ飲んだんだ!」

ああ、ガミガミ煩くて頭が痛い。
シウォンさんの男らしくも甘い雰囲気とは大違い。

「シウォンさん、煩い人が来たので帰ります~。またね。」


僕は、シウォンさんの頬にチュッとキスをした。

シウォンさんは意外にも顔を赤くし、ユノは顔を真っ青にした。

うふふ。ユノなんて僕の目の前でモモちゃんとキスしたんだ。これくらいいいでしょ?


ユノに腕を掴まれる。
指が食い込んで痛い。

「ちょっと!痛いよ!やめてよ!」

じたばたする僕は問答無用で車までひきずられ、後部座席に押し込まれた。






頭が割れるように痛い。

「ううー。死ぬー。」

気づいたらベッドだった。
ガランとしたリビング。

昨夜の記憶は途中から曖昧。

頭痛薬を飲んで、頭を整理しようとする。


「だめだ。思い出せない。」


今日は久しぶりに講義もバイトもない日。
うだうだとベッドで過ごす。


お昼を過ぎて、やっと頭痛が治まってきた。

ご飯でも作ろうか。

ユノは何時に帰ってくるかな。朝から居ないんだから、さすがに夜には帰ってくるだろう。


近くの商店街で新鮮な野菜と魚介類を仕入れる。

「チャンミンくん今日もかわいいわねー。」
「お!これ持っていけチャンミンくん!」

お店のおばさんやおじさんが、何かしらサービスしてくれる。

両手いっぱいの袋を抱えてアパートに戻った。

下の階で寄り道して事務所を覗いたけど、ユノはいない。



ニンニクとハーブをきかせ、夏野菜をたっぷり入れたアクアパッツァ。
トマトとルッコラとチーズのサラダ。
キュウリをアクセントにした冷製コンソメ。

テーブルに乗ったままの料理。


古びたエアコンがカタカタと音をたてるリビング。
僕はソファで膝を抱えていた。


帰ってこれない日は、いつもなら連絡をくれるのに。
23時を過ぎても連絡はない。


僕はルイさんのベースを指ではじいた。

ボン、ボン、ボン。

キルスが奏でたみたいに、感情豊かな音は出せない。

悲しいな。

しっかり手入れしていたけど、キルスは音に違和感を覚えたようだった。
弦を替えたかと聞いていた。


オイルと布を持ってきて、ベースを磨く。
リビングの白い明かりの下で見ると、また違った美しさを魅せるボディ。

このベース独特の、細くあしらわれたホール。
見惚れるデザイン。

ベースを縦に持って、ホールの縁を磨く。

僅かな違和感があって、僕は手を止めた。
何か、ひっかかった?

ホールの内側に至極薄いテープの端。
そこに繊維がひっかかっている。




母の日記をこっそり開いたあの日のような。

父の財布から1000円札を抜き取ってしまったあの日のような。

開けてはいけない扉を開く少年の焦燥感。


慎重にテープを剥がす。

ゆっくりとホールからテープを取り出す。

テープの先には、小さく小さく折り畳まれた手紙。

ルイさんのベースの内側にこびりつくように隠されていた。


僕は、それをそっと開いた。





ユノに何度もコールする。
お願いだから出て。

10回のコール
15回。

一瞬の無音。
ああ、留守電に切り替わる。



「はい…」

予想した機械音声とは違う、ユノの掠れた声に感情が溢れた。


「ユノ!今すぐ帰って来て!!!」


何故か分からない。
ユノの声を聞いて、僕は泣き出してしまった。

「おい!どうした?チャンミン!?チャンミン!!」

嗚咽する僕にユノが問いかけている。

ルイさん。

ルイさんの心と、僕の心が衝突して、悲鳴をあげる。

声が出せない。


通話をオンにしたまま、ユノがバタバタと走り、エンジンをかける音が聞こえた。


「待ってろ!今行く!」




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その探偵、恋は専門外につき 35

その探偵、恋は専門外につき
-ミモザの音色-
35



チャンミンがそばにいると血管が脈打つのが分かる。

人は怪我や病気になって初めて痛めた部分が自分の身体の一部だったことを自覚すると言う。

俺は病気だ。

心臓と、そこを流れる血液。
全身を駆け巡る血流をじんじんと感じる。


チャンミンはトーストを咀嚼している。
子供のように大口を開けて次の一口。
瞬く間に無くなるトースト。

俺のを半分やると、ぱくっと食いついた。

エロい。
だめだ。俺の平常心よ戻ってこい。

雛鳥に餌を届ける親の気持ちで切り抜けよう。



ルイさんがベースをやめた理由を知り、目を真っ赤にしたままベッドに座り込んでいたチャンミン。

人の気持ちを受け止める子だ。
あまり深入りさせたくない。

俺は、ベースを抱えているチャンミンが、どこか遠くへ行ってしまう錯覚に囚われた。

ルイさんの感情から彼を遠のかせたかった。



そんな夜が明けた、今。
こんなエロい顔で食事とは。
とんだ小悪魔だ。

いや、エロく見えるのは俺が病んでいるせいか。


懸命に兄らしく振る舞い、大学に行かせる。





ケイに話を聞くにはどうするか。

キルスとケイの関係は微妙だ。
昨日の話ぶりで分かる。

同じバンドメンバーなのに、秘密が多すぎるだろ。


俺は、真実を知ることは、人間だけに許された知恵だと思う。だから歴史を学ぶんだろ。

俺にとってチャンミンとの歴史が大切なように、メイヤーさんにも、キルスにも、ケイにも、ルイさんの歴史を知って欲しい。



キルスはケイの私生活に詳しくなく、めぼしい情報を得ることが出来なかった。
分かったのは、FUELの仕事は1週間休みということだけ。

ケイを暫く調査してみるか。
残された謎を解く鍵を彼が持っている。
そう思える。

俺はケイのマンションに向かった。


住人と一緒にそしらぬ顔でマンションに侵入。

ケイの奥さんと娘さんらしい人物を確認した。
小学生になったばかりか?
傷一つないバッグを背負っている。

奥さんは主婦か、パートでもしているか、習い事は?
1日だけでは分からない。


夕方まで観察してみたが、ケイは家から出てこなかった。

きっと部屋の中は家族団欒。
俺も帰宅することにした。

たまにはチャンミンの帰りを迎えてやろう。

兄らしく。
そう、兄らしく。



我がボロアパートの近くの道を、覆面パトカーが走ってくる。こんな裏道を、珍しい。


そう思った俺の眼球に飛び込んできた光景。


助手席に向けて話しかけているシウォン。
その視線の先に、笑顔のチャンミン。


一瞬の目眩。


Uターンして追跡しようとハンドルを切る。
派手な音がして車はスピンした。


俺はそこから、アクセルを踏むことができなかった。

シウォンの車はもう見えない。


ノロノロとアパートの駐車場に帰った。
エンジンを切ってハンドルにもたれる。

数分で、社内は蒸し風呂。
全身から汗が吹き出す。

息苦しい。


スマホの通知音がチャンミンのメッセージを知らせる。


『今夜は外で食事します。』


息が詰まる。


車から崩れ落ちるように出た。


真実を知りたくないと願う自分を、まさかと否定する。

こんなのは俺じゃない。

「くそったれ!」


平常心。

ソファに座ってテレビをつける。

視界が定まらない。

地震かと思ったが、いつまでたってもテレビから速報は流れない。
細かい揺れは続いている。

足元に目をやると、自分の貧乏揺すりだった。あまりに間抜けだ。


「お前、ほんとにそれでもセレナシティが誇る探偵ユノか?」


そんな話は聞いたことないが、自分を鼓舞した。

少しずつ、脳が機能を回復する。


ふと、警察署前でのシウォンとのやり取りを思い出した。
今度はデートだとか抜かしてたな、あいつ。



シウォンのことだ、チャンミンとデートともなれば、相当高級なディナーに連れていくに違いない。


チャンミンが食べたがっていたものは何だ。

全く分からん!

もういい。高級と言えばフレンチだ。
俺は直感と行動力の男。
気になることは調べるまで。

シティで有名なフレンチの店を調べる。

車は西へ向かっていった。

該当するのは2軒。

普段の調査より回転スピードのいい頭に悪態を吐きながら、衝動のままに車を走らせる。




思えば野暮なことをしたものだ。

人のデートを探るなんて。
弟に恋心を抱いた俺への、神からの罰だったんだ。


見なくてもいいものを見てしまった。



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運命の人 -十六夜月 後編

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その探偵、恋は専門外につき 34

その探偵、恋は専門外につき
-ミモザの音色-
34



大学に行く気が起きない。

ベースを抱えたまま、まんじりともせず朝を迎えた。

憧れのキルスに会えたけど、知ったのは悲しい過去。ルイさんの決断へ心が同調してしまった。


結末は分かっている。ルイさんは死んだ。
ハッピーエンドじゃないんだ。
知れば知るほど辛いのに、ひたすら真実を探ろうとするユノの心理が分からなくなって来た。




久しぶりにユノと朝ごはんを食べた。

こんな時でも、僕の食欲は衰えない。
ユノがトースト半分をちぎって僕に寄越したので、僕はトースト2枚半を平らげた。


「これから、どうするの?」

「ケイに話を聞くべきだろうな。でも、まだそういう気になれない。」

「そうだね…」


「チャンミン、そろそろ大学の時間じゃないのか?」

「う……うーん。」

「ちゃんと行け。厳しいんだろ。単位落とすな。留年したら、いい会社に就職できないぞ。」

「分かってるよ。」

「フロリアン卒の男はもてるぞ!チャンミンなら、よりどりみどりだな。あははー。」


「………………」


ユノのアホみたいな笑い声に猛烈な虚脱感を覚え、僕は大学に向かった。

昨夜はあんなにベタベタしてきたくせに、何がよりどりみどりだ。恋ってそんなものじゃないだろ!

全くもって許せない。無自覚とは言え、僕の心を弄びやがって。



「え、チャンミン。まさかまたユノさんと喧嘩?昨日はニヤニヤしてたのに。」

朝食をたんまり食べたにも関わらず、冷やし中華とチャーハンと焼き豚丼を頬張る僕を発見し、カイは呆れた。

「うぐっ。」

「はい。水。で、昨日のライブどうだった?」

「すごく良かったよ。実は、あんまり覚えてないんだけど。」


調査やキルスの話はできないけれど、昨日と今朝のユノの様子を話す。

カイは「えー」とか「きゃー」とか「ほー」とか言いながら話を聞いた後、にやりと笑った。

「チャンミン。お前が拗ねてたら、このまま何も変わらないぞ。ここは、引いてみる作戦だ。」

「引いてみる作戦?」

「そ、ユノさんのお望み通り、彼女でもできた素振りしてみろよ。出来れば、彼氏の方が効果的だ。」

「なんだよそれ。」

「いいから。俺のことを信じなさい。」

カイは楽しそうだ。
カイにも弄ばれている気はするが、彼の直感には一目置いている。

彼氏か。
手頃な人が思い浮かばないでもないが……。

いや、やめた。

僕は真面目に講義を受け、バイトに向かった。



エプロンの紐をきゅっと縛り、カールした髪をふわっと下ろす。よし、頑張って稼ごう。


ユノの収入は不安定だ。

僕の実家はお金には余裕がある方だけど、ユノとの生活に両親の仕送りを使うのは嫌だった。

毎月の食費だけは僕がバイトしたお金でやりくりしている。まあ、断然僕の方が食べるから、自分の分を支払っているだけみたいなものなんだけど。

本当はもっとバイトして、家賃や光熱費も払いたい。

そしたら、ユノは仕事を詰め込むのをやめて、もう少し一緒に家で過ごせるんじゃないか。

そんな下心。

そしたら愛情ことこと手料理でも作って…

「美味しい?」
「うん!チャンミンは最高の奥さんだな!」
「もぅー。」
「でも1番美味しいのはチャンミンだよ。」

なんて。
ぐふふ。


いけない、いけない。
バイト中なのに妄想が。
調査の悲しみの反動で、心が妄想を求めてしまう。

今は店内の女性にときめきを振り撒かないと。



「王子、今ユノさんのこと考えてたわね。」

ぎゃっ。
出た。モモちゃん!

「い、いらっしゃいませ。今日はおひとりですか。」

「そうよ。王子の様子見にきたの。そこ座るわね。」

モモちゃんは僕の立ち位置から近いカウンターに陣取った。

「で、ユノさんは元気?あの人、あれから連絡すらしてこないわよ。酷い男よね。」

確かにそれは酷い。
ちゃんとするって言ってたくせに、連絡を断つことで関係を終わらせようとしてるなら、最低だ。

「なんか、すみません。」

「王子はちゃんとアプローチしてる?」

アプローチ?そういう観点は無かったな。バレてはいけない気持ちだと思って生きてきたわけだし。

モモちゃんは、アイスカフェオレをドンっと置いた。カウンターにクリーム色の雫が飛ぶ。

ああ、すぐ拭かないと。


「まさか、アプローチもせずに、イライラ、メラメラしてたわけ?!ばっかみたい!まずは土俵に上がりなさいよ!」

僕は、何はともあれカウンターを拭き、首をかしげた。

「僕は男なのに、どうやってアプローチを?」

「それよ!それ!女も嫉妬するその仕草!そういうの、どんどん出せばいいのよ。押さなきゃ何にも始まらないの!」


カイは引いてみろと言うし、モモちゃんは押せと言う。僕は睡眠不足を理由に、考えるのをやめた。



バイトを終えてカフェを出ると、黒塗りのセダンが僕を待っていた。

「チャンミナ~!仕事終わりに通り掛かったから寄ってみたよ。」

「シウォンさん。」

「チャンミナとの約束、果たしたいんだけどいつにする?」

「約束?何のことでしたっけ。」

「相変わらずクールビューティーだな。堪らないね。フランス料理のコース!ご馳走するって言っただろ!」


思い出した。
警察署にユノを迎えに行った時のあれか。


『彼女でもできた素振りしてみろよ。出来れば、彼氏の方が効果的だ。』

カイの言葉が後頭部あたりでさ迷っている。

お手頃な男が目の前で僕を手招きしている。


「今夜はどうですか?」

「チャンミナ!本当か?今すぐ予約するよ!」


僕はどうかしてたんだ。


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運命の人 -十六夜月 中編

運命の人
- 十六夜月 中編



ユノの制止を無視し、歩いて帰ると言い張った。

コートを返そうとしたけど、それは許さないと言われ、もう何も考えたくなくて、ただユノの手を振り切って歩いた。

ユノは、それ以上追って来なかった。



僕はモデルに向いてない。

下を向いてばかりの僕が、服を魅力的に見せるなんてできるはずなかったんだ。

僕なんかより、あの服に相応しい人なんてたくさん居るだろ。

D&Eのミューズだって?
勘違いだよ。
彼らにとってそんなに大切な存在なら、なおさら僕じゃ駄目だ。


肌寒いパリの街を、ひたすら歩く。


コートからユノの香りがして、彼に包まれた感覚を嫌でも思い出す。


夢、ブランド。

そんな話は僕を虚しくさせた。

ただ愛されたくて、一晩でいいから抱かれたいと願った自分が、どうしようもなくユノとかけ離れた人間に思える。




ホテルに辿り着いた時には、もう太陽は西に傾き始めていた。


窓辺に座ってコーヒーを飲みながら、シトロエンにもたれるユノを思い出す。

たった3回しか会ってないユノ。

忘れよう。
住む世界が違う。

月が綺麗すぎて、幻想の世界に迷いこんだだけ。

僕は少し眠った。



チャイムの音がして、怠い身体をひきずりドアの隙間から覗くと、ウニョクさんが立っていた。


「ごめんね。押し掛けて。」

「パーティー、何時からなんですか。ウニョクさんが出ないと……」

「えへへ。もう始まる。ユノは激怒してるだろうね。」

かわいい人だ。
窓辺に2人で腰掛けた。

「今朝はごめんね。突然すぎて驚くよね。」

「いえ、もういいんです。」

ウニョクさんは、光を放ち始めた十六夜月に目をやる。

「今朝ユノの部屋に行ったら、ユノがチャンミンさんをモデルにするのは嫌だって言い出したんだ。」

「え?」

「自分でミューズを見つけたって連絡してきたくせに、意味分からないでしょ。」

混乱する。

「やっぱり人前に晒すのは勘弁してとか。みんなのものにはしたくないとか。」

身体が火照る。
ウニョクさんは頬を染めた僕を見つめて、穏やかな表情で続けた。

「ユノはずっと十六夜月を探してた。僕らのブランドのためってのはあるけど、もう10年も探してたからさ、ユノ自身の求めるものでもあったのかも。」

ユノが求めるもの。

『俺のもの』って。

人前に出したくないなんて。

ユノは葛藤してた?


「実物のチャンミンさんを見たら興奮しちゃって。ユノの気持ちも、チャンミンさんの気持ちも尊重せずに盛り上がってごめんね。」

いや、憧れのデザイナーさんにそんなこと言われて光栄だ。
信じられないだけで……


「気まぐれで我が儘な僕とドンヘのためにずっと尽くしてくれてたユノが、僕らより自分の欲求を優先したがったのに。
あんまりチャンミンさんが綺麗だから、また暴走しちゃったよ。」





僕は唇が震えて、言葉を発することができない。


月の光が道路を照らす。

滑走路のように伸びる道。


あの時空港で、チケットを変更したのは、僕。
ユノの隣のシートに座ることを選んだのは、僕。

強引なキスを受け入れたのは、僕。
ユノに、もっともっと、と求めたのは、僕。

モデル事務所に入ったのも、パリでの研修を受け入れたのも、結局選んだのは僕じゃないか。


僕は自分で選択したんだ。
全部自分が選んだ道で、その先にユノがいた。

月の光に惑わされたんじゃない。
僕は自分で……


「ウニョクさん。パーティーにはまだ間に合いますか?僕を連れて行ってください。」




月が照らす街を、猛スピードで走るタクシー。ウニョクさんは運転手にユーロ紙幣を握らせ、もっとスピードを出せと煽る。

かわいい顔に似合わず、どすのきいたフランス語。

ユノのコートにくるまれて、襟元に顔を埋めている僕に時折目をやり、ウニョクさんは微笑んだ。


何度か対向車にクラクションを鳴らされ、1度歩道のゴミ箱をはねはしたが、タクシーは無事、店舗の裏口に着いた。


部屋着で来てしまった僕をそのまま会場に入れるわけに行かず、倉庫から服をピックアップする。


僕はコートの匂いを鼻腔いっぱいに吸い込んで、心を決めた。

「あの……あの服を。あれを、着せて貰えないでしょうか。」

ウニョクさんが目を見開く。

「着て、くれるの?」


ウニョクさんは別の部屋に走って行き、大切そうにあの服を抱えて戻ってきた。


紫がかったネイビーのジャケット。光によって色の印象が異なる。

金の縁取り糸は、目を凝らさないと見えないほど細いのに、全体に高貴な印象をもたらしている。

ジャケットの下には黒のセットアップ。身体のラインを美しく見せる緻密なパターン。

首元まで覆っているのに、人をセクシーに見せてくれる。

計算され尽くした、魔法。
僕の体型にぴったりフィットする。

服をまとった僕を見て、ウニョクさんは泣いた。

止まらない涙をそのままに、髪を上げてセットし、薄くメイクを施す。


2階から会場に入ると、柱の影に立たせ、
「ちょっと待っててね。」
と階段を下りていく。


1階はたくさんの花と人で溢れている。

パーティーは終わりに近づき、白いスーツを纏ったユノが、挨拶しようとしていた。

ウニョクさんはステージに上がり、ユノからマイクを奪う。

「ウニョク、お前っ…」

ユノは口をあんぐり開け、その隣でドンヘさんがワクワクした顔をしている。


ウニョクさんはステージの真ん中に立った。


「最後にもう1着。私たちの10年の集大成をご覧下さい。今までのD&Eのラストルックであり、これから世界に羽ばたくD&Eのファーストルック。」


階段の下まで歩を進めると、ウニョクさんは僕に微笑んで、頷いた。



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次回、最終回です。

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その探偵、恋は専門外につき 33

その探偵、恋は専門外につき
-ミモザの音色-
33



キルスの視線は、ユノが抱えるベースに向けられていた。

「ルイは?」

ユノは沈黙した。

「ルイのベースを何故君が持ってる。」

ユノはベースを僕に持たせ、横に座った。

「ルイさんは、亡くなりました。」

今度はキルスが沈黙した。
どれくらいの沈黙が続いただろう。

溶けた氷の崩れる音。
僕はベースをぎゅっと抱き締めた。


「病気が、悪化して……?」

「自殺だったそうです。」



ドンヘさんが運んできたバーボンのロックを、キルスは一気にあおった。


「はっ。ルイらしい。あいつはいつだって、自分のことを大切にしない。人のことばっかりで!ほんとに馬鹿だ!大馬鹿ヤローだ。なんて……馬鹿な……」


キルスの大粒の涙が頬を濡らす。

それを拭おうともせず、キルスはベースを見つめて涙を流し続けた。



ユノは、自分たちが何故ルイさんのベースを持っているのか、包み隠さす話した。

依頼者の名前も、依頼内容も。

「あいつのベースを、旦那さんにも聴かせてやりたかったよ。ルイは、天才だった。」


キルスは、ぽつぽつと、昔の話を聞かせてくれた。


大学4年の時、レコード会社から声がかかった。誰もが知る、業界最大手。


デビューには条件があった。
ベースを女性にすること。

当時からギターの天才と評判だったキルスと、同じく天才と呼ばれたルイさん。

2人の男女がフロントに立つ、世界一のロックバンド。

それが会社の描いたFUELだった。


「ルイは、ケイと付き合っていた。ケイがルイにベースを教えることで、ルイは上達していったんだ。いつしかケイを越える腕前になっても、ケイはルイの憧れだった。」


憧れの人……。
僕にとってのユノみたいな?

僕だったら……。
僕も、同じことをするかもしれない。

ケイを蹴落とすことなんて、ルイさんにできるはずなかったんだ。


「会社の要求は、ルイにとって破滅の要求だった。」

ああ、僕にはルイさんの気持ちが痛いほど分かる。

「ルイはベースをやめた。その理由を、ケイには言わずに。」


僕はベースを抱き締めた。
苦しくて。
ルイさんの心が、流れ込んでくる。


「俺とルイだけの秘密だよ。そのベースは、俺がずっと持っていた。」


ユノはキルスに水を差し出した。

「あなたは、ルイさんの病気を知ってたんですね。」

「知り合いを見舞った帰りに、診療室から出てきたルイと鉢合わせてね。ガン専門のセンターだったから、問い詰めて全部話させた。」

「何でもできることはするから、望みがあったら言ってくれと頼んだら、ルイは、もう一度ベースを弾きたいと……。」


どうしよう。
涙が止まらない。
ユノは、僕の涙を指先でそっと拭った。
指先は、少し震えていた。


「ライブハウスの倉庫にベースをおいたのは、ルイさんの指示ですか?」

キルスはユノをじっと見た。

「君は一体どこまで知ってるんだ。」

「すみません。実はさっき、倉庫に忍び込んで、あなたを見ました。だから、出待ちして声を掛けたんです。」

びっくりしている僕の方を向くと、ばつが悪そうに唇を舐めた。

「大した探偵だな。そう。全てルイの指示通りにしたよ。」

ルイさんは、ラブホテルのあの部屋から、通気孔を通してbigeastの倉庫に手が届くことを知っていた。

どうやって知ったのかは、キルスも分からないと言った。

ただ、通気孔のネジを外し、そこに置いてくれたら大丈夫だからと。

「ルイは肝心なことは何も言わないんだ。今夜は、ケイがライブに出るのを言い訳に、ベースを確認してみたくて来たんだ。ないから、おかしいと思ったよ。ルイが弾きに来る時間にしてはまだ早かったし、持って帰ったのかと思ったが……まさかこんな結果とはね。」


キルスは氷を見つめた。
不純物のない、透明な氷。
骨ばったギタリストらしい指で、氷を転がした。

声をかけるのを躊躇っていたドンヘさんが、おかわりを持ってくる。


「ケイは、ルイが亡くなったことを?」

「俺には分かりませんが。ご存じないと思います。」

「そうだな……」



キルスは僕を見つめた。多分、ベースを抱える僕を通してルイさんを見ていたんだと思う。


「ルイさんが亡くなった晩、このバーでケイさんを見ました。誰かを待っている様子でした。」

「ケイが?分からないな。俺は、ケイには何も言ってない。」




キルスが僕に話しかける。

「そのベース、少し触らせてくれる?」

「あ、すみません。そもそも僕らのものじゃないのに。返します。」

僕は、ケースからベースを取り出して渡した。

キルスは軽くチューニングすると、ベースを奏でた。
ギターの神様が奏でるベースは、僕が今まで聴いたどんなベースより、悲しい音がした。


「綺麗に手入れしてくれているんだね。弦、張り替えた?」

「え、いえ、磨いてるだけです。」

「ありがとう。それより、ケイにルイのことを伝えないとな……」


キルスはベースを離しがたいみたいだったけど、僕に返してきた。

「預かってただけで、これは俺のものじゃない。旦那さんに渡してくれないか。」

「それは違うと思います。」

ユノが口を挟む。

「ルイさんは、旦那さんにベースの話を一切していませんでした。新しい人生を歩まれていたんじゃないでしょうか。過去と現在を、完全に分けていたのだと思います。」


キルスはグラスを空けると、今夜は帰ると言った。

ケイがまだbigeastに居るかもと思ったけど、ユノも、もう帰ろうと言った。


全員が、次に進むことをためらっていた。



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テーマ : 自作BL連載小説
ジャンル : 小説・文学

運命の人 -十六夜月 前編

運命の人
- 十六夜月 前編



誰かの笑い声で目が覚めた。
隣のリビングが、小学校さながらの騒がしさ。

身体に力が入らず起き上がれない。


バタンとドアが開いて、雑誌でしか見たことのなかった綺麗な男性2人がひょこっと顔を出す。

「おいっ!入るなって!」

ユノの制止を無視し、D&Eこと、ドンヘさんとウニョクさんが飛び込んできた。

シーツ1枚しか隠れるものがなくて、僕はあたふたとしたが、バスローブを手に持ったユノが走って来て、僕にかけた。

「ユノ!すごいよ!イメージ通り!」

「かわいい!かっこいい!香り立つ!」

騒ぐ2人を部屋から押し出し、ユノは申し訳なさそうに枕元に腰掛け、キスした。

「ごめん。あいつら勝手に部屋に押し掛けてきてさ。」

ポカンとしたままの僕。

「身体大丈夫?立てそう?」

ユノに支えられてリビングに行くと、ドンヘさんとウニョクさんは目をキラキラさせていた。

ウニョクさんが美しいジャケットを僕の前で広げた。

「わぁ…」思わず感嘆。

「今夜のオープニングパーティーを飾る大切な服なんだ。D&Eの理想を形にした。」

ドンヘさんが誇らしそうに言い、ウニョクさんが僕の肩にジャケットをかけた。

「あの。え?」

「これをチャンミンさんに着て欲しいんです。」

僕には状況が全く理解できない。

「パリに来るまでにこの服に相応しいモデルが見つからなくて、拗ねてたんだよこいつら。」

ユノが補足説明した。

「そしたらユノがミューズを見つけたって言うからさ。写真見て、ウニョク引っ張り出して飛んできたよ。」

「うん。ほんとに部屋から引っ張り出された。」

笑い合う2人。
僕の意思を無視して進む会話。

「写真では色気が物足りないかなーと思ったけど、さすがユノだね。でもさ、やり過ぎでしょ。チャンミンさんに何かあったらどうすんだよ!」

ドンヘさんの言葉に、昨夜のユノが浮かぶ。

『大切にしないといけない』
『チャンミンの身体が壊れたら困る』

そういうこと?

モデル探し?

『俺のもの』って、そういう意味?

色気が足りないから抱いたってわけ?


幸せに浸った自分が情けない。
所詮落ちこぼれのモデルの卵。

こんな大人が、本気で惚れるわけないか。

「僕なんかには無理です。」

「チャンミン……」

「ユノさん、僕の服はどこですか?」


ドンヘさんとウニョクさんはあからさまに「ガーン」と言う顔をして項垂れた。

ユノは僕を見つめ、そして視線を逸らす。

「チャンミン、突然のことで驚いたとは思うけど、こいつらの願い、叶えてやってもらえないかな。何ヵ月もかけて仕立てたんだ。」

パーティーのために、ね。

勘違いして浮かれていた自分が哀れだ。

羞恥から、涙が溢れた。

「返せ……早く僕の服を返せ!!」

ユノは、僕の腰に添えていた手を離した。


クリーニングに出してしまったからと、ユノはD&Eの白いシャツとオレンジに染められたジーンズを出した。

着替えた僕を見て、ウニョクさんは涙を溜めてドンヘさんにしがみついた。

僕はユノに手首を掴まれて部屋を出た。


「やっぱり彼だよ!彼が僕らの……」

ウニョクさんの叫び声が聞こえたけど、ドアが閉まって何を言っているかは分からない。

タクシーで帰ると言う僕を引っ張って、車に乗せたユノ。
沈黙の中、車はパリを行く。

パリは今日も美しい。
アジアの都市とは違う、派手な色のない街並みは、灰色に染まった僕の心に馴染む。


セーヌ川クルーズの船場で、ユノは車を停めた。

「少しだけ俺の話を聞いて。」

そう告げておりていく。

セーヌ川を渡る風は冷たくて、ユノは着ていたコートを僕にかけた。

「あいつらと俺は10代の頃からの馴染みでね。世界一のブランドになってやるって、今日まで走ってきた。二人はデザイナー、俺はMD(マーチャンダイザー)として、D&Eのブランドを築いてきたんだ。」

空を見上げるユノの横顔が美しくて、僕は目を背けた。

「今夜は十六夜月だよ。ねぇチャンミン、なんで "いざよい"って言うか知ってる?」

突然の質問に首を横に振る。

「満月の次の日、十六夜月は前日より1時間近く遅れて出てくる。その様子を、月がためらっていると見立てて、なかなか前に進まないことを表す "いざよい" って読むんだって。」

ユノは、欄干に置かれた僕の右手を握ろうとしたが、触れるか触れないかの距離に左手を置いた。

「十六夜月は、満月と変わらずに美しい。ためらう必要なんてないんだ。悩んで前に進めずにいる人が、僕らの服で一歩進める、前向きになれる。そんな服を作ることが、D&Eの夢なんだ。」

ボートが通り、水面にさざ波が寄せる。

「D&Eには専属モデルが居ない。理想とする十六夜月のイメージにぴったりなミューズが見つからなかった。ブランドを立ち上げて10年、ずっと探し続けてた。」

ユノが僕を見つめている。
僕はユノを見ることができず、ただ揺れる水面だけを見ていた。

「パリへの出店が決まって、世界一になるための足掛かりができた時、今度こそ理想のモデルを探し出すって豪語したんだけど。全く見つからなくて……」

ユノは躊躇っていた左手を、僕の右手にのせた。逃げようとするのを許さず、ぐっと力を入れる。

「あの日飛行機に乗ってチャンミンを見た時、運命だと思ったよ。

可愛くてキラキラ輝きを放っているのに儚げで、窓から月を見つめてたお前の笑顔は女神みたいに美しいのに、瞳は自信なさそうに潤んでた。」

ユノは泣きそうな顔で僕の頬に触れた。



「俺は、十六夜月を見つけたんだ。」



ノートルダムの鐘の音が聴こえる。複数の鐘が幾重にも重なり、パリの街に広がっていく。

「チャンミン。今夜のパーティーには来なくてもいい。あの服は、チャンミンが着ないなら誰にも着せない。」

ユノは突然、ふふっと笑った。

「でも覚悟して。俺は絶対にお前を捕まえる。どこに逃げても、隠れても。」


心臓が、身体中が軋む。

僕はユノから逃げた。




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テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

その探偵、恋は専門外につき 32

その探偵、恋は専門外につき
-ミモザの音色-
32



ライブが終わって人の波の中を歩く。

ユノは僕がはぐれないよう、手を握っていてくれた。出口まで来ると一瞬ぎゅっと力をこめ、にっこり笑って

「ありがとう。楽しかった。」

と言い、手を離した。


ユノの体温を失った右手がやけに寂しい。

ありがとうを言いたいのは僕なのに。
ライブに付き合ってくれて、デートみたいで幸せだった。


預かって貰っていたベースをバーで受け取り、ユノは僕を1人テーブル席に座らせて出ていった。bigeastの裏口で張り込みしておくのだと。

そんなにすぐ出てくるわけないと止めたけど、聞き入れてくれなかった。

「チャンミンさん、どんなお酒にします?」

ドンへさんはユノと仲が良く、同年代だと自己紹介した。

僕より年上であることは明白。チャンミンと呼んで欲しいとお願いする。

「じゃあ、他のお客様が居ない時だけね。チャンミン♪」

ウィンクしてドンへさんがカウンターに戻ったのをきっかけに、僕は思考の世界に入った。



ユノはおかしかった。

酷い言葉で傷付けた僕を、羽交い締めにして眠ったあの日から、僕を避けていたように思う。

どんなに仕事が忙しくても、何日も顔を合わせないなんて、今までなかった。

僕がトーストを焼いたら、部屋からぼけーっと出てきて、ちょっかい出すのが常だったのに。

わざと大きな音をたててみても、部屋に籠ったきり、出てこようとしなかった。


ユノの帰宅を告げる鍵の音で、僕はいつも目が覚める。シャワーを浴びて、ぶつぶつ独り言をいいながらリビングで過ごし、自分の部屋に入る。

ユノが発する生活音を浅い眠りの中で確認して安心し、もう1度深く眠る。

それは僕のルーティーンになっていた。


昨日ユノが帰って来た時、思いきって話しかけて良かった。

ちゃんと食べてるのか心配で仕方なかったけど、少し痩せてしまった頬と顎のラインがユノのかっこ良さを増長させていた。

ケイに突撃してみたいと言う僕を見つめたユノが、思いがけず一緒にライブに行くと言い出して、天にも昇る気分。

今日は1日にやにやが止まらず、カイに気持ち悪がられた。



bigeastでのユノを思い出すと顔から頭から湯気が出そう。

いくら暗がりだからって、あんなに人がたくさん居るところで見つめ合ったり、抱き寄せたり。ここ暫くのユノとは人が変わったような甘やかしぶり。

懸命にステージに集中しようとしたけど、僕の全神経は背中に移動して、ユノの動き、息づかい、心臓の鼓動、体温を感じ取ろうと必死だった。



最後の曲で僕を引き寄せた時、何か呟いたよね。

歓声と爆音の中だって、僕はユノの声がしたら分かる。

何て言ったの?

何故聞こえないくらいの声で呟いたの?


「愛してる。」


そう聞こえた気がしたのは、僕の願望?


あれは僕に言ったの?


そうであって欲しい。


いや、そんなはずないか。





「おーい。」

思考の世界から引き戻される。

ドンへさんが向かい側に座っていることに気づかなかった。テーブルに両肘をつき、クロスさせた手に顎をのせて微笑んでいる。

「せっかくお兄さんが作ったカクテル飲んでよ。」

「す、すみません!」

氷が溶け始めている。相当ぼーっとしていたんだろな。恥ずかしい。

ニコニコしているドンへさん。ユノには負けるけど、相当なイケメン。都会にはたくさんイケメンが居るものだと感心する。


「チャンミンは完璧なんだってユノから聞いてたけど、ちょっと印象が違うね。」

「完璧って……。僕はダメ人間を絵に描いたようなやつですよ。」

ドンヘさんの笑顔は、人の心を柔らかくする。魔法にかけられて、つい饒舌になる。

「弱いし、妄想ばっかりしてるし、すぐイライラしちゃうし、何にもないところでつまずくし、嘘つくし、暑いとバテるし、撫で肩でバッグはずり落ちるし。」

ふふふと笑うドンヘさん。

「情けないから放っておけないんでしょうね。ユノに助けられて育ったんです。なのに、ユノにキツい言葉を浴びせてばかりで、薄情なもんです。」

「それでもユノは可愛くて仕方ないみたいだけど。」

「ペットとか子供への愛情みたいなもんじゃないでしょうか。何やらかしても可愛い、みたいな。自分より弱い存在への慈愛とでも言うか。」

「あー。チャンミンは自己評価が低すぎだよ。ユノの過保護が原因かな。罪深いねぇ、あいつ。」


扉の開く音がして、ドンヘさんはすっと立ち上がった。

ベースを抱えたユノ。

ドンヘさんが「なんだお前か」とカウンターに戻ろうとする。

ユノはまだ扉を開けて立ったまま、僕を見た。

開いた扉から入ってきた人の姿に、僕は固まった。


FUELの天才ギタリスト。
孤高の音を生み出す、僕の神様。

キルス。


神様は、ユノに導かれてゆっくりと歩を進め、僕の前に座った。




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テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

運命の人 -満月

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コールドブリュー

Author:コールドブリュー
東方神起 ユノとチャンミンが大好き。
脳内妄想をこっそり綴っています。
ホミンのみ。

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