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祓い屋リノベーション 10

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祓い屋リノベーション 9

祓い屋リノベーション
9



冷たい朝の空気に脳が覚醒していく。

上半身裸の俺の胸に、チャンミンは寄り添って眠っていた。

腕を回して抱き締めようとしたが、身体中ひどい筋肉痛で身動きが取れない。
指の先だけ動かして、チャンミンの髪に触れた。

柔らかい。
ふんわりとした髪の流れに沿って指を走らせ、耳たぶを弾いた。

「んー。」

チャンミンは口を尖らせて唸り、俺の胸に額をぐりぐりと押し付けた。

可愛い。
可愛すぎる。

「チャンミン。」

俺が甘い声で呼び掛けると、ゆっくりと瞼が開いた。

しばらく目を閉じたり開いたりしていたが、目の前にある俺の胸を認識した瞬間、ばちっと音がしそうなほど瞳を見開いた。

「ひゃっ!」

悲鳴とともに急にチャンミンが起き上がった振動で、今度は俺の全身が悲鳴を上げる。

「いててててて!」

「わっ。ごめんなさい!!」

ぴょんとベッドから飛び降りたチャンミンは、乱れた浴衣の襟を直すこともせず、床に膝をついて俺の手を握った。

ああ、もう、無防備だな。
胸が丸見え。

「大丈夫?」

「ああ。全身痛いけど、元気だよ。チャンミンにムラムラするくらいには。」

ボスッ!

「いてっ」

チャンミンは枕を投げ付けて寝室を出て行った。

しばらくすると、台所からトントンと包丁を刻む音が聞こえ出した。
幸せな音と匂いに、この家が満たされる。


味噌汁と玉子焼きとおにぎりを載せたお盆を運んで来たチャンミンは、ギシギシ痛む俺の身体を抱き起こし、甲斐甲斐しく食べさせる。

「なあ。毎回ああなるのか?幽霊が消える時。」

「子供の頃はここまでじゃなかったけど、年々酷くなって……。昨日は特に酷かった。意識を失うなんて初めてで。ユノが居てくれて良かった。」

「消える時ってどんな感じ?」

「分子や原子に戻る感じ。粉々になって、光になる。」

「チャンミンはどうなるの?」

「その粉々になった光が広がる時に、僕に当たるんだ。身体中に刺さる。」

俺は軋む腕を上げて、チャンミンの頬を撫でた。チャンミンは頬を寄せた。

耐えられないな。
この細い身体が、気絶する程の痛みに曝されるなんて。

「こんな仕事してたら、毎回チャンミンが苦しむことになるじゃないか。」

「でも苦しんでる人たちを放っておけないし、どうせ寄ってきちゃうから。僕にできる仕事なんて他にないし……。」

苦しんでる人たちって、幽霊のことか。
チャンミンには、生きている人も死んでいる人も、同じ。

「シウォンさんは知ってるのか?」

チャンミンはうつむいて首を横に振る。

「身体が弱くてよく寝込むと思ってるんじゃないかな。心配して大変なことになりそうだから言わないで。」

「俺が受け取れば、痛みは楽になるんだな。」

「駄目だよ!もう2度とこんなことしないで。昨日だってどうして戻ってきたの……。」

前にもこんな風に人に痛みを分けたことがあるのか?俺を遠ざけようとしたのは、過去の経験から?

聞きたいが、聞きたくない。

「チャンミンを1人にしたくなかった。まだ出会って数日なのに、変だよな、俺。離れたくないんだ。」

チャンミンは顔を真っ赤にして、唇を色んな形に動かした。

「ぼ、僕も。」

そう言うと、震える指で箸を摘まみ、玉子焼きを食べさせようとする。

「チャンミン、玉子焼きよりも、キスが欲しいな。していい?」

俺の質問にチャンミンは玉子焼きを落としそうになった。返事を待たず、俺はチャンミンに身体を寄せてキスした。

「あ……ユノ……。」

玉子焼きがシーツに転がった。

不思議だ。
チャンミンの唇に触れた瞬間、俺の身体の痛みは消えた。

俺はチャンミンを抱き寄せて貪るように激しく求めた。

「あぁ……ふっ……」

チャンミンの鼻から抜ける吐息が甘い。
昨夜の熱が再燃して、俺はチャンミンをベッドに押し倒した。

「ユノ……身体は……?」

「治った。」

「え?すごい!何それ!なんで!?」

チャンミンは飛び起きてしまった。
折角いいところだったのに……。

「チャンミンとキスしたら治った。」

チャンミンは考え込んで黙った。
ブツブツ小声で呟いていたが、俺の顔をじっと見つめて、首をかしげた。

「ユノは何者?」

「分からないけど、今度はセックスしてみよっか。そしたらすぐ治るかもよ。」

半分冗談で言ったのに、チャンミンは真っ赤な顔で「バカ」と呟いた。顔どころか指先まで赤い。

相当動揺したのだろう。
チャンミンはベッドサイドに座ると、また俺にご飯を食べさせ始めた。

「はい。おにぎり。」

もう大丈夫なのに……。面白い。
味噌汁のお椀を口にあててくれる。

「ご飯もいいんだけど、そろそろ仕事に行く準備しないと……。」

「あ、さっきシウォンに、今日はユノお休みするって連絡しておいたよ。」

「げっ。シウォンさんは何て?」

「ユノがうちに泊まったって言ったら、電話切られちゃった。」

「…………クビ……」

「ん?はい、玉子焼き。」

卵4個分はあろうかと思われる分厚い玉子焼きを半分口に入れられた時、玄関の引き戸が大仰に開かれて振動で襖がカタカタと揺れた。

廊下をバタバタと走る音。

まずい。

チャンミンはちらりと視線を廊下に向けたが、気にもせず俺の口に残りの玉子焼きを入れようとする。

「チャンミン……ちょっと、まずい。」

「えっ。美味しくない?もっと甘いのが良かった?僕、玉子焼きは砂糖あんまり入れない方が好きで。」

「いや、味は最高だよ。」

「なんだ。じゃあ、あーんして。」

「あーん……」

俺が自分でも分かるアホ面で玉子焼きを咥えた瞬間、蹴倒される勢いで寝室の襖が開いた。

ああ、まずい。
レース直後の馬の鼻息。

「ユノー!!!!!!」

「しゃ、社長……もぐもぐ。申し訳ありません。」

血走った目をしたシウォンさんは、チャンミンの手から箸を奪い、俺の眼球に先端を向けた。

「クビだ!今日でお前はクビだ!本当はこれで目刺しにしてやりたいが、クビで我慢してやる!」

チャンミンの顔はみるみる険しくなった。

すくっと立ち上がり、シウォンさんと俺の間に割り込むと、ネクタイを掴んで引き上げた。

「ユノは僕を救ってくれてるのに、どうしてクビなわけ!?」

「男の約束だ。」

シウォンさんは負けじと胸を張った。

「あん?どうせ、ろくでもない約束でしょう。ユノの仕事は完璧だよ!僕の駄目なところを全部カバーしてくれる!」

チャンミンは鬼の形相で詰め寄った。

「ユノに酷いことするシウォンなんて大嫌いだ!お触り禁止だ!2度と僕に触れさせないからな!当然ハグなんてしてやらない!」

「チャンミン……そんな……!」

シウォンさんは、血気盛んなチャンミンに面食らってたじろいだ。

お触り……。
ハグ……。
俺の憧れだったイケメンやり手社長のイメージが崩れていく。

俺は肩を落とした。


「ん?待て。何故ユノが寝込んでる。」

頭から湯気が出そうに沸騰したチャンミンと、ばつの悪い顔でベッドに横になっている俺を見比べ、シウォンさんは額にぽんと手を置いた。

「なんと。逆だったか。そうか……ユノが……。可愛すぎるから勘違いしていた。チャンミン……。さすが親父の血を引いているだけある。」

シウォンさんは慈愛に満ちた表情で俺の肩に手を置いた。
さわさわと撫でられて鳥肌が立った。

「こんな経験は初めてか。」

「はあ、まあ。」

「そうか。今日はゆっくり休め。」

シウォンさんは俺に微笑みかけ、チャンミンの頭をガシガシと撫でて出ていった。


これは一体……。
俺が押し倒された方なら良かったのか?
判断基準が謎だ。

シウォンさんの勘違いのおかげでクビは回避されたが、今後も騙し通せるのだろうか。
先が思いやられる。

「ブラコン社長め……」

俺は盛大なため息を吐いた。




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祓い屋リノベーション 8

祓い屋リノベーション
8



家に帰ってもチャンミンの意識は戻らない。

俺は抱き上げていたチャンミンをソファに寄り掛からせたが、居間の奥に寝室を見つけてベッドに寝かせた。

時折苦しそうな声を上げるチャンミンの手を取って、目覚めてくれと祈り続けた。

「ばあちゃん……。俺はいいからチャンミンを守ってやって。」

ばあちゃんでも、神でも仏でも何でもいいから、チャンミンの苦しみを和らげて欲しかった。


夕方になってやっと、チャンミンは薄目を開けた。

「チャンミン!分かる?大丈夫か?」

苦しそうに片口を歪めながらも、チャンミンは俺の手を引き寄せて胸元でぎゅっと握った。

「チャンミン……。」

崩れ落ちた俺の頭を撫でてくれる。

「ユノ………さん……」

可愛い。
ユノって呼びたいのに遠慮している。

「ユノでいいよ。」

「ユノ……」

俺が微笑むと、チャンミンも荒い息の中で微笑んだ。

「ありがと………うっ……ここまで……運んでくれたの?」

「喋らなくていい。チャンミン軽いから平気。」

「ユノ……着替えたい。服……が…苦しくて……。」

俺が襖の脇にかけられていた浴衣を持ってくると、チャンミンは白いニットをたくし上げようとするが、力が入らない。

「チャンミン、いいから。俺がやる。」

ニットに手をかけた俺は、柔らかい生地の下の細く締まった腰に目を奪われた。

なんて美しい身体。

見るなユノ。
見たら駄目だ。

俺はシーツに視線を移し、チャンミンを無理やり抱き起こした。手早くニットを脱がせ、肩から浴衣をかける。
ジーンズは無理やり引き抜いた。

浴衣の前を合わせて帯を適当に結び、頭を抱えて枕に載せた。

「ありがと……ユ……ノ」

チャンミンは頭に回した俺の腕に顔を預けると、こともあろうに、俺の首に唇を寄せた。

「ちょっ……チャンミン……。」

潤んだ瞳で俺を見つめる。

俺は引き寄せられた。
クビだとしても我慢できない。

チャンミンの顎に手を添えて、可憐な唇にくちづけた。

「うっ。」

瞬間、何かが流れ込んで心臓に痛みが走った。

チャンミンは渾身の力で腕を伸ばし、俺の胸を押しやった。

「駄目!」

遠ざけられて、俺は面喰らった。

「もう帰って。」

「なんで……。」

「今日は、1人にして。」

「無理だよ放っておけるわけないだろ!」

チャンミンは眉を歪めて俺を睨んだ。

「お願いだから……帰って。」

「チャンミン」

「帰れ!」

吐き捨てるような言葉に胸が締め付けられた。
チャンミンの瞳は冷たく、俺を拒絶していた。

今のいままで誘うように甘えていたチャンミンの豹変を理解することができない。

「わかった。ちゃんと鍵かけて寝ろよ。」

俺は乱暴に車のキーを掴み、部屋を後にした。




社に戻っても、チャンミンの様子が気になって何も手につかない。
今日の報告書をあげようとしたが、キーボードに置いた指は動こうとしてくれない。

「ユノくん大丈夫?疲れた顔して。これでも飲んで。」

ハナさんがコーヒーをデスクにトンと置いた。

「ありがとうございます。」

「今朝のお客様、内見の方じゃなかったんでしょ?」

「リノベーション部のお客様で……。無事に用件は終わりました。」

ハナさんは心配そうだ。
俺はコーヒー片手に、少し息抜きしてくると伝えて屋上に出た。



西の空のオレンジ色は、東から迫る闇を食い止めんと足掻くかのように濃かった。

次第にオレンジが灰色に変わり、闇に太陽の光が負ける。

俺はチャンミンの家の方角をフェンスから身を乗り出して見下ろした。

神社の楠の生い茂った葉。
秋の冷たい風に揺れる枝の向こうに、黒い屋根が見え隠れしていた。

チャンミンの家が闇に呑まれる。

1人にしちゃダメだ。

さっき触れ合った唇から俺に流れ込んだ痛みに、チャンミンは全身を襲われているんじゃないのか?


俺はエレベーターを降りた。

デスクの鞄を掴んで、「お疲れ様です!」とオフィスを飛び出した。

「おい!ユノ!合コンの日程だけど……」

ドンヘの叫びは耳に入らなかった。



チャンミンの家まで俺は走った。
楠が秋風にゴゴゴと揺れる。

石畳で滑ってつんのめりながら、引き戸に手をかけた。

鍵はかかっていなかった。

靴を乱雑に脱ぎ散らかして廊下を進む。
板の軋む音だけがキィと鳴った。

家の中は、もう真っ暗だった。

記憶を頼りに居間の家具にぶつからないよう歩き、寝室に続く襖を開けようとした俺の耳に、苦しそうな呻き声が届いた。

「うっ……」

「チャンミン!」

両手で開いた襖の奥の光景に、俺は息を呑んだ。

ベッドサイドのランプが発する生ぬるい橙色の灯りが、浴衣の前をはだけたチャンミンの胸に陰影を作っていた。

膝を曲げた片脚は腰帯の下から完全にさらけ出され、脂肪のついていない大腿のしなやかな筋肉が浮き上がる。

ふくらはぎは緊張し、ぴんと伸びたつま先が痙攣する度に深いすじが入る。

腰と首を大きく仰け反らせ、呻く度に上下する喉仏。


俺はごくりと唾を飲んだ。

理性が暴発して、苦しんでいる彼に欲情した。

枕元から見下ろす俺を視界に捉えたチャンミンは、首を横に振った。

「ユノ……どうして……うっ……」

チャンミンは悶えながらも俺を遠ざけようと腕を伸ばした。

「ダメ……来ないでっ……」

俺は腕を捕まえてシーツに押さえつけ、指を絡めた。

両手をシーツに縛り付けられたチャンミンは、悲痛な顔で俺を見た。

俺は欲情を抑えられず、覆い被さった。

噛み締められた唇を解すように、舌を這わせ、呻いて離れたところを逃すまいと唇を合わせた。

「うあ!」

混ざり合った吐息と共に流れ込んで来た衝撃。

血管を通して心臓に到達した痛みに、俺は思わず唇を離した。
心臓から全身の毛細血管にまで痛みが広がる。

チャンミンの身体の上に倒れた俺を、チャンミンは泣きじゃくって抱き締めた。

「だからダメって!」

俺は朦朧とする頭で考えた。
こんな痛みにチャンミンは耐えていたのか?
俺にできるのなら、楽にしてやりたい。

「大丈夫。俺に寄こせ。」

俺は全神経を顔面に集中させて、微笑んでみせた。

チャンミンはいやいやと首を振った。

顎を合わせて動きを封じ、下唇から舐めとるように唇を合わせた。

「あ……ぐっ…ぁ……」

くちづけの激しさに比例した痛みは、さっきの比ではなかった。
それでも俺は、チャンミンの頭を抱えてくちづけを深めた。

チャンミンの強ばって仰け反っていた身体から、少しずつ力が抜けていく。

柔らかくなった唇を、自ら合わせてくる。

痛みで震える手で頬を撫でて見つめたチャンミンの表情は、恍惚としていた。

俺たちは唇を重ね続けた。

はだけた胸元に手を置き、脚を絡めた。

チャンミンは俺のシャツのボタンを外そうとするが、手に力が入らず、ぱたりと腕を落とす。それでも何度も腕を上げて外そうとする。

俺の身体の痛みは痺れに変わり、指先の自由がきかない。とても代わりに外してやれない。

俺は大きな呻き声をあげて身体を起こすと、襟元を掴んでシャツを引きちぎった。

ボタンが飛んで床に転がった。

露になった俺の胸元に指を這わせて、チャンミンは妖艶に微笑んだ。

お互いに上半身の肌を擦り合わせ、また唇を重ねた。

「ん……ユノ…………はぁ……」

リップ音とチャンミンの吐息が混ざる。
チャンミンは何かに憑かれたように俺が差し入れた舌を吸った。

でも、淡いライトの光の中でも分かるほどチャンミンの耳は真っ赤で、彼に正常な意識があるのは明らかだった。

恥じらいを隠して必死で俺を求める姿が堪らなかった。


抱きたかった。
チャンミンとひとつになりたかった。

でも俺の体は爪の先まで痺れていて、唇を重ねるのが精一杯になっていた。

脳の周辺からじわじわと白い光が広がり、視界が奪われる。

あと少し、もう少し、チャンミンの唇を味わいたい。妖艶なチャンミンを見ていたい。

頼むから……。
おい、ユノ……。
しっかりしろ……。


「チャンミン……」

そう呟いたのを最後に、俺は意識を失った。





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祓い屋リノベーション 7

祓い屋リノベーション
7
(注:6話を朝更新しました。)



アパートのエレベーターホールで、俺たちは立ち尽くしていた。

「チャンミン、先に部屋に入ってて。」

俺が鍵を渡すと、チャンミンは少しだけ俺のスーツの袖口を握ったが、無言でエレベーターに入って行った。

急ぐ必要はない。

気持ちを落ち着けて、カスミちゃんに会いたくなるように。シンヤさんのタイミングを尊重したい。

「シンヤさん。お名前の由来は何ですか。」

俺の突然の質問に、シンヤさんは困った顔をした。

「深夜に生まれたから……単純です。」

「はは。確かにそのままですね。じゃあ……カスミさんは?」

「霞がかった春の日の朝に。年の離れた妹でした。生まれた日のことを、よく覚えています。」

「朝霞ですか。美しい名前ですね。」

今シンヤさんはカスミちゃんのことを思っている。いや。もっとずっと。この1年、思い続けている。

カスミちゃんに会いたいと願っているのは、他でもない、シンヤさんだ。俺はその気持ちをそっと後押ししてあげればいい。

「深夜から、朝の霞へ。お2人は、繋がった時の名前を授かって生まれたんですね。」

シンヤさんは、顔を覆った。
溢れそうになる嗚咽を必死で堪えた。

「カスミさんは先に逝ってしまったけど、きっと貴方の夜明けを待っています。」

堪えきれず、嗚咽が漏れた。

なんて悲しい叫び。

俺は長い時間、シンヤさんが泣き止むのを待った。シンヤさんの抱えた悲しみの時間に比べたら、一瞬のことだろうと思った。

「行きませんか。あの部屋は、カスミさんが貴方を待っていた場所です。」

シンヤさんは無言だった。

俺はそれを肯定の返事だと受け取り、エレベーターのボタンを押した。


部屋の中は、異様なほど静かだった。

チャンミンは窓際で床に座り、右手を柔らかく握っていた。
カスミちゃんの手がそこにあるんだな。

俺はシンヤさんをその隣に座らせ、ロフトに目が行かないように、窓の方を向かせた。

「カスミちゃん、泣かないで。」

チャンミンの声に、シンヤさんは眉をしかめた。

「貴方はまだそんなことを……。」

「シンヤさん。目に見えるものだけが真実とは限りません。彼には、カスミちゃんが見えるんです。」

彼は首を横に振った。

「あり得ない。」

「そうでしょうか……。研究室に写真がたくさんありましたけど、シンヤさんは蜂の研究をされてるんですか?」

「ええ。」

「この前テレビでやってて。蜂は紫外線を見ることが出来るんですってね。私たちには見えないものが、見える。熱を見ることのできる生物もいる。この世界には、不思議な能力を持った生き物がたくさん居ます。」

「それとこれとは話が……。」

チャンミンはシンヤさんの反応に少しイラついた顔をしたが、カスミちゃんに窘められたようだ。
今度はカスミちゃんに向かって口を尖らせた。


「え?白神山地?」

チャンミンが話し出した。

「リンドウの苗を買って帰ったの?うん。それで?」

「お兄ちゃんが庭に植えてくれたんだね。うふふ。枯れちゃって泣いてたら、こっそり買いに行って植え直してくれたんだ。優しいんだね。」

チャンミンはカスミちゃんの方を見つめ、うんうんと頷いて話を聞いた。

瞳から大粒の涙が落ちた。

「お兄ちゃん。ごめんなさいって。大好きでごめんなさいって。お兄ちゃんが冷たくするのは、自分の気持ちがバレたからだって分かってた。」

俺は、泣きながらカスミちゃんの気持ちを言葉にするチャンミンの震える背中に手をあてた。

シンヤさんは呆然とチャンミンと、チャンミンが視線を向ける方を眺めていた。

「無理に冷たくしようとするお兄ちゃんを見るのが辛かった。でも自殺したのは、お兄ちゃんのせいじゃないよ。」

チャンミンは懸命にカスミちゃんの言葉を紡ぐ。
シンヤさんの目を見て、伝えようと必死だ。

「大学で1人ぼっちになって、家に帰りたかった。でもお父さんとお母さんの反対を押し切って東京に出て来たのに、今更帰れなかったの。」

「私は逃げてしまっただけ。だから、お兄ちゃんは、自分を責めないで!!」

目を真っ赤にして吐き出すように言葉を続けるチャンミンを、見ていられなかった。

「もういいよチャンミン!もう分かった!」

抱き寄せようとする俺の手を逃れ、チャンミンは右手で左手の親指を握った。

「カスミちゃんは今、こうして、泣いてる……。」

チャンミンが腕を伸ばしてカスミちゃんの髪を撫でる。肩を越えるあたりまで撫でると、チャンミンは上体をがくんと揺らした。

俺はチャンミンの身体を支えて抱き寄せた。



「それは……カスミの癖。泣く時の……。」

シンヤさんが呟いた。


「もしカスミが……。そこに居るなら……。」

俺はシンヤさんの言葉を促すように、頷いた。

「俺の……独り言を聞いて。」

チャンミンは俺に寄りかかった顔をシンヤさんに向けた。それからシンヤさんの手を取って、自分がさっき手を置いていた場所に持っていった。

「カスミ……。」

シンヤさんは、置かれた手をそっと握った。

「カスミのこと……大好きだよ。ずっと好きだった。好き過ぎて、結婚もダメになった。」

シンヤさんはカスミちゃんの手を両手で握った。

「バカだよな。伝えれば良かった。妹だけど、好きなんだったらずっとそばに居れば良かった。抱き締めて離さなければ良かった!」

床に身を屈め、両手に額を擦り付けて泣くシンヤさんに、胸が締め付けられる。

涙が床に水溜まりを作って揺れた。

俺には、そこに映る女の子が見えた。

髪の長い、シンヤさんに似て肌が白く、ピンクの唇をした、綺麗な女の子だった。


シンヤさんは身体を起こした。

「俺はカスミを許さないからな。自殺なんて絶対に許さない。お前のせいで、俺は死ぬまで後悔するんだ。」

俺は震えるチャンミンを抱き締めていた。
何も感じなくていいように。
出来る限りの力で。強く。

「でも……死ぬほど愛してくれてありがとう。俺も、死ぬまでカスミを愛してるよ。」



「う……あっ。」

突然、チャンミンが身体をこわばらせて仰け反った。

「チャンミン!」

チャンミンは俺の膝に倒れ込んで、細かく痙攣し、意識を失った。

「チャンミン!おい!チャンミン!!」


締め切られた部屋の中で、一瞬風が吹いた。

静寂に包まれた部屋に、俺がチャンミンを呼ぶ声だけが響いた。


「カスミは、行ってしまったんですね。」

シンヤさんは、窓の外を見ていた。


突然、車のクラクションの音が聞こえた。
それを合図に、微かな街の息遣いが部屋の中まで届き始めた。


この部屋は、普通の部屋に戻った。


シンヤさんは立ち上がって俺の横に座ると、チャンミンの脈をとった。

「大丈夫だと思います。少し早いけど、安定しています。」

チャンミンの呼吸の温かさが、膝に伝わってきた。

俺たちはチャンミンが目覚めるのを待ったが、彼は一向に起きなかった。

「チャンミンを家に連れて帰ります。」

「分かりました。私は電車で帰りますから、お気遣いなく。」


チャンミンを抱き上げて車まで運び、助手席に横たえた。

シンヤさんが持ってくれた荷物を後部座席に置き、俺はシンヤさんと向き合った。

「今日はわざわざ来ていただいて有難うございました。」

「いえ。私の方こそ。人生を変える経験をしました。」

「お部屋をお探しの際は、是非東方不動産にお声掛けください。」

「貴方がたは一体……。」

「東方不動産のリノベーション部の者です。お部屋のリノベーションをしています。」

シンヤさんはパチパチと瞬きをして、ふっと笑った。

「リノベーション、ね。」


シンヤさんはアパートを見上げ、右手で左手の親指を握った。それから、外苑前駅の方向に歩いて行った。

俺はシンヤさんの後ろ姿が見えなくなるまで見送った。

彼は、1度も振り返らなかった。





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祓い屋リノベーション 6

祓い屋リノベーション
6



次の日出社すると、ハナさんが俺を引っ張って給湯室に押し込んだ。

「ちょっとユノくん。社長から名刺を作り直せって言われたけどどういうこと?」

「え?作り直し?」

「営業部とリノベーション部の併記にしろって。」

そう来たか。
でも営業部の記載も残ることには一安心。

俺は社長室の扉をノックした。

「どうぞ。」

部屋に入ると、シウォンさんは指を組んで待っていた。

「来ると思ったよ。リノベーション部との兼務、受けてくれるな?」

「営業との仕事の分担はどうすればいいですか?」

「リノベーション部の仕事がある時はそちら優先。無い時は営業部として今まで通りでいい。リノベーション部の仕事についての報告書は俺に直接上げてくれ。」

俺が承諾すると、シウォンさんは微笑んだ。

「早速だが、チャンミンから昼に来るようにと伝言だ。」

「ちなみに、チャンミンは俺の上司になるんでしょうか。」

「組織図上は俺だが、実質はチャンミンの指示に従ってくれ。」

「……分かりました。」

所詮新入社員だ。
チャンミン先輩に従おう。

社長室の外では、みんなが俺の様子を窺っていた。ドンヘは、俺を屋上に連れ出した。

「聞いたぞ。リノベーション部兼務だって?おかしな展開になったな。」

「んー。俺も未だによく分からん。詳しくも言えないんだ。社長命令でさ。」

「気になるな。いずれこっそり教えろよ!」

「それよりドンヘ、合コンとかない?」

チャンミンの甘え攻撃を回避してクビの危機を免れるには、女性との恋が1番。

ドンヘは天高く万歳した。

「遂に行く気になったか!よし。セッティングするから期待しとけ!昨日のお客様の契約のお礼に、最高の女子を集めるからな!」

くそ。契約上手くいったんだな。



オフィスに戻ると、来客が俺を待っていた。
個室で俺を待つ人の横顔をガラス越しに覗いて、息を呑んだ。

カスミちゃんのお兄さんが、俯いて座っていた。

俺が部屋に入ると、お兄さんは立ち上がって会釈した。

「昨日は気が動転して、申し訳ありませんでした。カスミの兄の、シンヤです。」

「こちらこそ。突然お邪魔して混乱させてしまって。申し訳ありません。」

ハナさんがお茶を運んできた。シンヤさんは暫く口をつぐんでいた。

「今日は電車で?秋の日差しが柔らかくていい日ですね。」

俺が話を一旦逸らすと、表情が和らいだ。

「ええ。故郷の秋を思い出します。カスミは、秋が大好きでした。家族で白神山地を散策したことを思い出します。道の駅で買ったリンドウの花が美しかった。」

「リンドウは、思い出の花だったんですね。」

「昨日の彼は、何故カスミがリンドウを選んだと知っていたんですか。東京に友達も居なかったカスミが、誰かに相談していたのでしょうか?それが気になって……。」

俺はシンヤさんの様子をじっくり観察した。

今日は落ち着いている。
カスミちゃんのことを、純粋に知りたくてここまで来たんだ。

単刀直入にいってみるか。

「カスミさんは、貴方のことが大好きだった。もしかして、兄としてではなく。違いますか?」

彼は苦しそうに顔を歪めた。
お茶を勧めると、一気に飲んだ。

俺は席を立って、お代わりを用意し、ゆっくりと時間をかけて部屋に戻った。

再び席につき、俺は彼が話すのを待った。

「カスミの気持ちに気づいていました。ずっと昔から。」

また沈黙が流れた。
彼が落ち着けるように、俺はガラスにロールカーテンを下ろし、味わってお茶を飲んだ。

「東京まで出てきたカスミに、冷たくしました。結婚を焦って決めて、カスミを遠ざけようと……。」

指先が震えている。俺はシンヤさんに、まだ温かい湯飲みを差し出した。

「指が温まりますよ。」

湯飲みを両手で握りしめた彼は、俺を見つめた。

「彼、シムさんは、今日はいらっしゃいますか?昨日傷付けてしまって、謝りたい。」

まだお昼には早かったが、俺はシンヤさんを連れてチャンミンの元へ向かった。




椿と山茶花の前で、彼は立ち止まった。

「ここ、入っていいんですか?」

「え?」

「何だか、入ってはいけない気が……。」

普通の人は入って来ない。
チャンミンの言葉が頭に浮かんだ。

「少し、待っていてください。」

引き戸に手をかけると、案の定鍵は開いていた。

「チャンミン?」

チャンミンはすぐ走ってきた。

「ユノさん!随分早いですね!仕事はいいの?もう一緒に居られる!?」

可愛すぎる。敬語と甘えた話し方が混ざってしまっている。

玄関を上がろうとしない俺に首をかしげて近寄ってきたチャンミンの頬の傷を撫でた。

「カスミちゃんのお兄さんが会いに来てる。家に上げていい?」

チャンミンはびくっと震えた。

「大丈夫だよ。今日は落ち着いてるから。俺が話すから、チャンミンは必要なことだけしか喋らないで。いい?」

不安そうに俺の手を握ったチャンミンの潤んだ瞳をしっかりと見つめた。

「居間で待ってて。」

チャンミンは頷いた。


入り口に戻ると、彼は山茶花の白い花を眺めていた。

「東京にもこんな古風な家が残っているんですね。素晴らしい庭だ。」

「どうぞ。入ってください。」

今度は躊躇うことなく歩を進めた。
居間に入ると、チャンミンはお茶を並べていた。

「こんにちは。昨日は失礼しました。」

挨拶したシンヤさんに、チャンミンは会釈だけ返した。
まったく……子供みたいだ。

ソファに座ると、チャンミンは俺の隣にぴったりとくっついた。恥ずかし過ぎる。

「シンヤさんは、カスミちゃんの気持ちに気づいていたそうだよ。」

チャンミンは驚いて俺のスーツの背中に手をあてた。

「えっ。僕ユノさんに話したっけ?カスミちゃんのほんとの気持ち。」

「なんとなく分かるよ……。」

「じゃあ、どうしてシンヤさんはカスミちゃんに冷たくしたの?自殺したのはそのせいかもしれないのに!」

また直球だ。しかも豪速球のデッドボール。
俺はチャンミンの手を握って首を振った。

「あ。ごめんなさい。」

気まずい空気が流れた。

「シンヤさん。ご結婚は?」

俺は指輪の嵌められていない彼の手を見つめた。

「破談になりました。カスミのことで塞ぎ混んだ私に、嫌気が差したんでしょう。元々、焦って決めてしまったから、愛情が薄れるのが早かったんです。」

「カスミさんのこと、貴方も大好きだったんですね。」

「大切な妹ですからね。」

「もしカスミさんに会えたら、伝えたいことはありますか。」

シンヤさんはふっと笑った。

「2度と会えないのに、考えても無駄です。」

「そうですね。2度と会えない。」

チャンミンは物言いたそうに唇を尖らせていたが、俺が握った手を見て我慢した。

「シンヤさん、カスミさんの部屋に一緒に行っていただけませんか。他の人が契約してしまう前に、彼女のことで、どうしても伝えたいことがあります。」

彼は視線をさ迷わせた。
嫌だよな。
大切な妹が無惨な姿で発見された場所だ。

「彼女が何を思っていたか、知って欲しいんです。」

「貴方がたは……。」

「友達です。カスミさんの。」

「カスミに、友達が……。」

チャンミンが口を開いた。

「はい。友達です。何でも話してくれました。」

いい子だ。チャンミン。

「車を用意します。お辛ければ、外からでも結構です。」

シンヤさんは、大きく深呼吸した。

「分かりました。行きましょう。」




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突然の朝更新申し訳ありません!
この回、長くて2つに分けましたが、私の脳内では1話分にあたるため、2回更新します。

続きは予定通り20時です。

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祓い屋リノベーション 5

祓い屋リノベーション
5



「まさか2日目にして大切な弟がここまで手懐けられるとはねぇ。」

駐車場からチャンミンの家に連行された俺は、居間の絨毯の上に正座させられていた。

シウォンさんはソファで腰を屈めて頬杖をついている。余裕のある態度に見えるが、小指がせわしくなく動く。

「弟さん?でも名字が……」

「腹違いのね。チャンミンは親父の愛人の子供。父の名誉と母のご機嫌を損ねないよう、社内では内密にしろ。」

コーヒーを載せたトレイを持ってきたチャンミンは、正座している俺を見てぎょっとした。

「シウォン何してるの!ユノさんが何したって言うの!」

「可愛いチャンミンの心を持ってった。」

チャンミンは耳まで真っ赤にして俺を立たせ、自分の隣に座らせた。

心を持ってった件は否定しないのか?

「ユノさんは僕の助けになってくれてるよ!シウォンが望んだことでしょ!」

「そ、それはそうだが、抱き締めてキスまでは望んでない。」

天下の東方不動産社長が、チャンミンの前ではタジタジだ。
脚は痺れて痛むが、チャンミンが愛人でないと分かって俺はすこぶる気分がいい。

「き、キスなんてしてない!」

「どうだか。」

シウォンさんは俺をジロリと睨んだ。

「コーヒーいただきます……。」

俺は社長の視線から逃げた。


チャンミンの淹れたコーヒーは美味しい。
甘味と苦味が絶妙で、酸味はほのか。
コーヒーの横には梅昆布茶も並んでいて、その優しさに頬がゆるんだ。

「ありがとう。」

唇を内側に入れてはにかんだチャンミンの頬の傷が痛々しい。

「痛くない?」

「うん。大丈夫。」

頬に手を添えようとしたところで、シウォンさんが叫んだ。

「ストーーーープ!!!」

俺は急いで上げた手を下ろした。

「ユノ。話がある。ディナーに付き合え。」

俺はまた連行された。



目黒の住宅街にひっそりと佇むイタリアンレストランで、親しげに店員にオーダーすると、シウォンさんは腕組みして背もたれに寄りかかった。

「ユノ。チャンミンは可愛いだろ。」

「はい。まあ。」

「可愛いが、危うい。」

運ばれて来たワインをテイスティングし、「これでいい」と店員に伝えた彼は、真剣な顔で上半身を乗り出した。

「これから話すことは、他言無用だ。いいな?」

「はい。」

シウォンさんは俺の顔を見つめたまま、水を飲んだ。

それから、俺の手元の炭酸水からぷつぷつと立ち上がる気泡に視線を移すと、話し出した。


「チャンミンの母親は神社の巫女でね。あまりの美貌に親父が手籠めにしてチャンミンが生まれた。チャンミンがまだ小学生のときに母親が亡くなって、親父はチャンミンをうちに引き取った。」

シウォンさんは水をワイングラスに持ちかえた。グラスを回しながら、遠い目をして話を続けた。

「母は、最初は可愛がろうと努力したんだ。だが、日増しに愛人そっくりに成長していくチャンミンにきつく当たるようになって……。美貌だけじゃなく、チャンミンが母親から引き継いだ才能を忌み嫌ったんだ。」

「幽霊が見えることですか?」

「見えるだけじゃない。意思の疎通ができる。小さな頃から、至るところで誰かと会話していた。」

小さな頃からそうだったのか。

「学校でもそんな調子のチャンミンをクラスメイトは怖がり、家では母に冷たくされ、高校を卒業すると同時にあいつは家を飛び出した。」

彼の人とのコミュニケーションには問題がある。

相手の気持ちを考えずに突っ走るところがある。今日がそうだった。

幽霊とは仲良くなれるのに、人とのやり取りは不器用。
人と接する機会が足りていないのか。

「幽霊を否定したりされるのがツラいんだろうな。友達は幽霊だった。でも誰にも分かって貰えない。
俺はそんなチャンミンに社会に馴染んで欲しくて、家と仕事を与えたんだ。」

「リノベーション部……ですか。」

「そう。こんな家業だ。事故物件に出会うことは多い。信じなくても、人間は第六感が働くらしい。敬遠される物件を、チャンミンに綺麗にして貰って再活用したい。」

「チャンミンはお祓いができるんですか?」

「俺にもよく分からないがな。友達が消えてしまったと、よく泣いて寝込んでた。」

チャンミンは言っていた。

『もういいと本人が思ってくれるまで、出来ることをします。』

幽霊が満足して消える。
それがお祓いみたいなものだろうか。

「チャンミンを理解して、不足する部分を補ってくれる人を探していた。何人も失敗したが……。ユノ。どうやら君がそうらしい。」

「俺はもともとそのために?」

シウォンさんは頷いた。
俺を引き抜いたのはチャンミンのためだった。

「明るくて、仕事ができて、空気が読めて、真面目で、人に好かれて、でも幽霊話を受け入れる程度には鈍感なやつ。チョン・ユンホ。」


拍子抜けだ。
トップセールスになろうと意気込んでいたのに。

でも、魅力的なチャンミンのそばに居られるのは嬉しいかもな。

シウォンさんは、ふやけた俺の顔に何かを察し、血の滴るヒレ肉を突き刺したフォークを俺に向けた。

「だが!チャンミンを好きになるなよ!どんなに美しくても、押し倒したらクビだからな!」

「チャンミンは男ですよ。さすがにそれは。」

浴衣を着たチャンミンの胸元を思い出した。

「ない…………と思います。」

シウォンさんは不信感満載だ。
首にキスしたのを見られているしな……。

「これは例えばの話ですが、押し倒さずにキスだけってのも……。」

シウォンさんの目から殺意を感じた。
まずい。
今の発言は大失敗だった。

「クビだ!」



シウォンさんを乗せたタクシーを見送り、俺はレストランから駅までの道をとぼとぼと歩いた。

人生がおかしな方角に向いてしまった。

見えもしない幽霊のお祓いを手伝う?
意味が分からない。俺は何を目指せばいいんだ?

気づいたら、会社の前に立っていた。
ガラス張りの社屋。
憧れていた東方不動産。

時計の針は23時を指していた。
チャンミンはもう寝たかな。

会社の裏手の路地を下り、薄暗い神社の横を抜けて、階段を上がる。

この辺りはアップダウンが多い。
今週の俺の気持ちみたいだ。

椿の木の脇に立って、趣のある平屋を眺めた。
表の電気は消えていて、月明かりが庭石を艶かしく黒光りさせていた。

もう帰ろう。
踵を返した時、突然ガラリと引き戸が開いた。

「ユノさん!」

浴衣のチャンミンが裸足で石畳を駆けてくる。
そのまま、俺の胸に飛び込んだ。

「大丈夫でした?シウォンに嫌なことされませんでした?」

濡れた前髪からシャンプーの香りがして、俺は堪らず腰に手を回した。

「いや。美味しいディナーをご馳走になっただけだよ。それより、裸足で飛び出すなよ。」

「だって。ユノさんが居たから……わっ!」

俺はチャンミンを抱き上げて石畳を歩いた。首にしがみついたチャンミンの濡れた髪が頬に当たってくすぐったい。

玄関で降ろしたが、チャンミンは真っ赤な顔で俺の襟を掴んで離さない。

「もう遅いし泊まって行ったらいいのに。」

なんて甘い誘惑。

「まだ電車あるから大丈夫だよ。」

「どうせ明日も来るのに。帰る意味ないでしょう?」

寂しそうな顔で俺を見上げないでくれ。
俺は無理して明るく笑い、頭を撫でた。

「ちゃんと鍵かけろよ。じゃな。おやすみ。」

「……おやすみなさい。」

引き戸の外で鍵がかかるのを確認し、俺は早足で駅に向かった。


心臓が早鐘を打っていた。

まずい。

早くもクビの危機。

「ばあちゃん、女紹介して……。」

俺の呟きに、ばあちゃんが呆れてため息をついた気がした。




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祓い屋リノベーション 4

祓い屋リノベーション
4



アパートの鍵を開けると、チャンミンは先にたって部屋に入った。

真っ直ぐに窓際に向かい、床にとんとリュックを置くと、その横に自分も座った。

「ユノさんもどうぞ。」

入り口で行き場に戸惑っていた俺に声をかける。

「どこに座ったらいい?」

幽霊の上には座りたくない。
チャンミンがとんとんと床を叩いたので、彼の右側に静かに胡座をかいた。

チャンミンは正面に顔を向けている。俺もそちらを見たが、どう頑張っても白い壁しか見えない。

「首、もう大丈夫だね。良かった。1人で寂しくなかった?」

チャンミンの語りかけにもちろん返事は聞こえないが、彼はしばらくうんうんと頷きながら、ノートにペンを走らせていた。

「そっか。じゃあ、カスミちゃんのお兄さんもこっちに。」

「え?この人は、ユノさん。不動産会社の人だよ。」

正面を向いていたチャンミンの視線が俺の右腕に移る。

まさか。
いや……まさか。
俺にはばあちゃんが居るから大丈夫だろ?

固まった俺にクスクス笑いながら、チャンミンはメモを取った。

「分かった。話してくれてありがとう。」

「え……それは……困ったなあ。」

眉を下げて俺の右腕を見つめて、指を唇にあてたチャンミンに嫌な予感がする。

「カスミちゃんがユノさんのそばに居たいって。」

俺は左肩を睨んだ。
ばあちゃんの馬鹿!
ちゃんと俺を守れよ!

本人の前で嫌とも言えない。
俺は左手を右腕の上に伸ばした。

この辺かな。

「ごめんね。またすぐ会いに来るから、待っててくれる?」

頭を撫でて、顔を覗き込むつもりで話しかけた。

反応が分からなくてチャンミンの顔を窺うと、口を開けて、ぱちぱちと瞬きしている。

「ユノさん、見えるの?」

チャンミンは、首を横に振った俺を幽霊でも見たような顔で見つめたが、すぐ視線を逸らした。

「分かってくれてありがとう。うん。また来る。」



部屋を出ると、俺は右腕を前に突き出してチャンミンに詰め寄った。

「こ、ここに居たのか?」

「ええ。寄り添って。」

天を仰いだ俺を、チャンミンは真剣な顔で見ていた。

「ほんとに不思議な人ですね。幽霊にまで好かれてる。」

幽霊にまでってなんだ。他にも好かれてるのか。
え、もしかしてチャンミン……。

手料理はアプローチか?
歯ブラシは泊まって行って欲しいの合図だった?
いや、駄目だろ!社長の愛人が社員と浮気したら!

「この大学に行ってみましょう。」

目の前にノートを広げられ、俺の妄想は断ち切られた。

「港理科大学?横浜の大学か?」

「はい。カスミちゃんのお兄さんが准教授をしているそうです。」



港からの潮風が吹き抜ける芝生を抜けて、俺達は大学の研究棟に入った。

車の中で、チャンミンはカスミちゃんから聞いた話を伝えてくれた。

「東北の田舎から東京に出てきて、女子大に通っていたそうです。周囲はお洒落な女の子ばかりで、訛りをバカにされて、無視されて、ずっと1人ぼっちだったって……。」

「田舎からいきなり南青山か。環境にも馴染めないよな。」

「小さな頃からずっと、頭の良いお兄さんに憧れて、お兄さんだけが心の拠り所だった。でも、お兄さんの結婚が決まって、会うこともままならず……」

「自殺?」

「そんなつもりなかったのに、気づいたら。縛り方が分からなくて無我夢中で結んだロープの記憶に縛られて、ずっと逃れられなかったみたいです。」

俺はカスミちゃんが可哀想で、ハンドルを握りしめた。

「1ヵ月後に結婚を控えていたお兄さんが幸せになったか知りたいと。自分のせいで、水を差したんじゃないかと心配してました。」

歳の離れたお兄さんは30歳。
若くして准教授になれるのだから、余程優秀なのだろう。
年の近い俺に、お兄さんを重ねたんだろうか。

大好きなお兄さんに会えないまま……。
会いたいよな。

カスミちゃんの頭を撫でてやりたくなった。



エレベーターの機械的なアナウンスが到着を告げた。

理工学部の研究室が並ぶ廊下を進み、チャンミンは迷わず左奥の研究室のドアをノックした。

突然の来訪者に、お兄さんは怪訝な表情をした。
たくさんの本が散らばった研究室。大きな蜂の写真が何枚も貼られていた。

「東方不動産から来ました。シムと申します。」

チャンミンがそれだけで挨拶を済ませたので、俺は急いで名刺を取り出した。

「東方不動産?」

「妹さんが住まわれていたアパートの管理をしています。」

お兄さんは悲痛な顔になった。

「カスミの……。」

「妹さんから伝言を預かっています。」

「え?亡くなって1年経って、今更?」

「ええ。昨日初めてお会いしたので。」

おいおい!いきなりなんてこと言うんだ。
初対面の人に幽霊と会った話なんて信じて貰えるわけないだろ!

「バカにしてます?」

案の定だ。俺は助け船を出した。

「申し訳ありません。言葉のあやで。カスミさんの部屋からメッセージが見つかりまして。」

「メッセージ?遺書も何も無かったんですよ?」

お兄さんは不信感をあらわにしている。
参ったな。チャンミンに言われるがままに来たから、こんな話になるなんて心の準備が出来ていなかった。

「カスミさんの魂はお兄さんが心配でこの世に残ったままです。会ってあげて貰えませんか。」

やめてくれチャンミン……。
俺はチャンミンの手首を掴んだが、彼は止まらない。

「首を縛りすぎてロープを解くのに時間がかかったんです。結婚式の直前に自殺なんかして、ご両親に渡す花を選んでくれって頼まれていたのに、約束を守れなくてごめんなさいって。」

お兄さんはチャンミンを睨んだ。
白い肌は上気して赤くなり、唇が震えていた。

「リンドウの花束はどうかって伝えようと思ってたのに……。」

チャンミンは言葉を繋げなくなった。
お兄さんが投げた分厚いファイルが、チャンミンの頬に当たったから。

「ふざけるな!頭おかしいのか!まだ傷が癒えてないのに!」

チャンミンは床に落ちたファイルを拾ってデスクに置いた。

「出ていけ………。今すぐ出てけ!!!」



俺はチャンミンを引っ張って研究室を出た。

ファイルの角が当たったのか、チャンミンの頬からうっすらと血が滲んでいた。

「バカ。急にあんな話するなんて。信じて貰えるわけないだろ!」

チャンミンは口を固く結んで涙を堪えていた。
車に乗り込んでも、何も言わない。

首都高は羽田周辺で渋滞して、なかなか進まなかった。
うつ向いたままのチャンミンの頬に残る傷に血が固まっていて、俺は唾液で湿らせたティッシュでそれを拭いた。



会社の駐車場に車を停めても、チャンミンは動かない。助手席のドアを開けて肩に手を置くと、やっとこちらを向いた。

潤んだ瞳で俺を見上げる。

「だって本当のことなんだ。説明のしようがない。どうして嘘つかなきゃいけないの?」

子供みたいな口ぶり。

「見えないことを、急に信じろって方が無理だよ。」

「ユノさんは信じてくれたじゃない!」

チャンミンは俺の手を握って眉を下げている。
悲しい顔をさせたくないと思った。

「分かって貰えるように、伝え方を考えよう?チャンミンの助けになれるように、俺が一緒に考えるから。」

チャンミンの瞳からぽろぽろと涙が溢れた。

「ユノさん!」

突然叫ぶと、チャンミンは俺の胸に飛びついた。

「おわっ……」

「ユノさん!ユノさん!」

俺の胸に顔を埋め、スーツの襟にしがみつく彼がいとおしくて、俺は細い腰と頭に手をやって抱き締めた。

タートルネックの奥から体温にのった甘い花の香りが鼻を抜けて脳に入り込む。
理性が弾け飛んで、俺は首筋に唇を寄せた。

柔らかな髪を撫でて視線を上げると、駐車場の入り口の壁にもたれて腕組みしたシウォン社長と目があった。

「げっ……」


ばあちゃん。まずい……。

俺クビかも。

社長の愛人に手を出してしまいました……。




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祓い屋リノベーション 3

祓い屋リノベーション
3



「遅いよユノ。明日のお客様の詳細教えて!」

社に戻ると、ドンヘが俺の帰りを待っていた。
シウォンさんと話したかったが、ハナさん曰く、会合に出掛けたとかで退社した後だった。

仕事の話を終えると、俺は茶封筒の中の資料を確認した。

「まだ19才の女の子じゃないか……。」

大学生になって独り暮らしを始めたばかりの女の子が、あの部屋で命を絶って、ずっと取り残されていたなんて。

孤独だっただろうな。
今も1人で寂しくないかな。

幽霊に同情している自分に気づいて、苦笑いした。今日は変な出来事ばかりで頭がおかしくなっている。

「ユノ。今日で入社3ヶ月だろ。夕飯付き合えよ。奢ってやる。」

ドンヘの明るい声に、現実に戻されて安心した。



会社から目黒駅までは徒歩5分ほど。駅の手前で、ドンヘに促されるまま小さな焼き鳥屋に入った。黒を基調とした店内に、間接照明のオレンジの光が心地いい。

カウンターの上だけはスポットライトで照らされ、料理が浮き立って見える。

「さすが目黒。洒落た店だなあ。料理も品があるし。」

ささみと銀杏をつまみながら感嘆すると、ドンヘは前髪をかき上げながら笑った。

「ユノは前は池袋だっけ。この辺は落ち着いた店が多いから、デートに使えるぞ。」

最近ドンヘが出会った美人客の話で盛り上がった後、俺は質問を投げ掛けた。

「リノベーション部って、チャンミン1人なのか?」

「そうだけど、チャンミンてお前、下の名前で呼んでるの?今日会ったばかりなのにすごいな。」

ドンヘはイケメンをアホ面に変えて驚いた。

「チャンミンがそう呼んでって……」

「馴れ馴れしくする社員は毛嫌いするのに。相当気に入られたみたいだな。」

「さあ。俺にも分からん。最初は壁があったけど、気遣いがあって優しいし、笑うと可愛いぞ。」

鶏皮の串にかぶり付いたまま、ドンヘは俺に鋭い視線を投げた。

「あんまりのめり込むなよ。俺、前に1度見ちゃったんだ。」

「何を。」

串を竹筒に投げ入れ、ごくりと鶏皮を飲み込むと、ドンヘは上半身を寄せて耳元で囁いた。

「社長室で、社長とシムくんが抱き合ってるとこ。」

チャンミンの幻想的な美しさと愛らしい一面に浮かれていた俺の心は、引き波にさらわれた。

「あの家も、社長が会社の金で買い与えたってもっぱらの噂。一応リノベーション部って体裁だけどさ。」

なんだ。あの2人、できてるのか。
だったら俺と一緒に仕事なんてさせなくていいのに。

「リノベーション部って何してる部署なんだ?」

「それが謎なんだよ。社長が連れてきた新入社員と何回か出掛けたのは見たことあるけど、みんな怯えて帰って来て、すぐ退職してった。」

他の人達も、幽霊に会いに行かされたってことか。怯えるのも無理ないな。

「俺も退職になるのかな。」

「お前は他の人と違って、気に入られたみたいだからすごいんだよ。シムくんはその人達とは会話すら拒否してた。」

社長が直接連れてきた新入社員達。
俺もその1人か。

俺は何のために東方不動産に引き抜かれたんだ?売上を伸ばすためじゃないのか?

「君に俺の夢を叶えて欲しい。」

そう言って熱い眼差しで誘ってくれたシウォンさんの言葉。

社長と話をしたい。シウォンさんが俺に何を求めているのか、分からなくなった。



次の日、俺は12時少し前にリノベーション部の石畳に立った。

呼び鈴くらい付けて欲しい。
どうやって入るべきか悩む。

引き戸に手をかけると、鍵は開いていた。

「失礼しまーす!」

「早かったですね。」

カラカラと引き戸を開けたところで、後ろから声がした。

細身のジーンズに薄手の黒いタートルネックを着たチャンミンが、スーパーの袋を下げて立っていた。

下ろした前髪から覗く瞳と、服の上からでも鮮明に分かる細い身体のラインに、彼がシウォンさんに後ろから激しく攻められている光景が浮かんでしまい、俺は頭を叩いた。

ばあちゃん!ごめん!
今のは無かったことに!

怪訝な顔で俺を一瞥すると、チャンミンは開けられた引き戸をくぐって靴を揃え、上目遣いで俺に入るよう促した。

「お昼食べちゃいました?」

「あ、まだ。」

昼に来いと言われたが、何時か分からなくて取り敢えず来てしまった。
チャンミンは台所に立って料理を始めた。

「好き嫌いないですか?」

「特には。」

なんだこれ。
社長の愛人に手料理をご馳走になっていいんだろうか。後で怒られそうだな。

「なあ。鍵開けたままで出掛けるの良くないよ。泥棒が入ったらどうするの。独り暮らしなのに無用心だろ。」

「普通の人は入って来ません。」

チャンミンは振り返りもせず料理を続けた。
手際よく調理を終えると、綺麗に盛り付けられたカルボナーラと野菜のスープが俺の前に出された。

「わ……うまそ。」

チャンミンははにかんで唇を噛むと、冷蔵庫から水のボトルを取り出した。
自分の前には特大の皿に山盛りにされたカルボナーラを置く。

「え、それ何人前?」

「朝御飯食べてなかったので。」

細い指でフォークを回し、パスタをくるくると絡め取り、大きな口を開けてぱくっと食らいつく。幸せそうに目を閉じて咀嚼。

「いただきます……。」

見とれてしまったことに焦って俺もフォークを握った。

「わ。うまい!今まで食べたパスタで1番うまい!」

俺の言葉に頬を染めた彼にまた見とれてしまった。

片付けを申し出た俺の横で、チャンミンは心配そうにシンクを覗き込んでいる。
落ち着かない。

「お皿とカップ洗うくらいできるよ。仕事の準備してて。」

「……歯磨きしてきます。」

口を尖らせた彼が離れて、俺はほっとした。
同棲カップルみたいな時間を過ごしてチャンミンにおかしな感情が芽生えそうになってしまった。

前の彼女と別れて1年。仕事のバタバタで恋をする時間が無かった。

「彼女つくろ……。」

布巾で手を拭いていると、チャンミンがブルーの歯ブラシを手に戻ってきた。

「はい。ユノさんの。洗面はあちらです。コップ置いといたから。青いのを使ってください。」

「あ?」

廊下の奥を指差す。

「仕事に行くんだから、歯磨きくらいしてください。」

洗面に行くと、白い歯ブラシが差された透明なグラスの横に、濃いブルーのグラスが並べられていた。

まじか。
これじゃほんとに同棲カップルみたいじゃないか。
歯みがき粉は共有か?

社長に抹殺される危険を感じつつ、俺は簡単に歯磨きを済ませた。新品の歯ブラシを捨てるわけにもいかず、青いグラスに差した。


台所の横の居間で、チャンミンはソファに腰かけて待っていた。
抱えたリュックに顎をのせた彼の上目遣いにたじろいだ。

「車で行きます?」

「ああ。鍵持ってきたから、直接駐車場に行こう。」


自社ビルの地下には駐車場があって、内見で訪れるお客様をすぐに案内できる。

東京の一等地にビルを構えるシウォン社長はやり手で有名。父親から引き継いだ会社を、この10年で東京随一の規模に拡大させた。

自社の管理物件が多いことは、不動産の強み。オーナーの信頼を得て物件数を増やしたのは、社長の営業力によるところが大きいと聞く。

敵に回したら怖い人。
自分の置かれた状況を勘違いされては困る。

ばあちゃん助けて……。
クビになったらどうしよ……。


俺は歯ブラシと、抑えても抑えても止まってくれない胸の高鳴りの言い訳を考えながら、昨日の幽霊の元へと車を走らせた。




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祓い屋リノベーション 2

祓い屋リノベーション
2



車に乗り込むと、俺は我慢していた文句を吐き出した。

「幽霊が居るなら最初に言ってくださいよ!」

「それはシウォンが言うべきこと。」

「シムさんはその、見えて、会話もできるんですか?」

「ええ。チョンさんはさっぱりなようですね。」

自慢じゃないが、俺は霊感ゼロの男。
幽霊だか霊魂だか、神だか怨霊だか知らないが、見えも感じもしないものを想像しようがない。

「その、呪われたりしないんですか?テレビでよくやってるじゃないですか。急に肩が重くなるとか、頭痛くなるとか。」

「今日の方は朦朧とされていたから、明確な感情を読み取れていませんけど、悪いことをする人のようには感じませんでした。
ずっとぶら下がったままで首が伸びしまったから、そればかり気にしてました。」

「首が伸びる……」

自分の首が心配になって手をあてた俺を、シムさんは助手席で何だか楽しそうに見ていた。

さっき初めて会った時の凛とした佇まいからは想像もつかない、あどけない笑顔だった。



会社に戻ると、シムさんは社長室に入って暫く出て来なかった。

明日も行くような口ぶりだったけど、俺はもういいよな?
社長に頼まれた仕事は茶封筒を届けることだけだったはずだろ。

理解の範囲を超えた展開に失念していたが、明日は大切な仕事がある。

中堅の不動産屋でトップセールスを叩き出していた俺は、大手の東方不動産社長から直々に誘いの話をもらって心踊った。

入社してからの3ヶ月、東方不動産でもトップになってやると闘志を燃やして仕事に励み、成績は右肩上がり。会社のみんなとも打ち解けたところだ。

1日1日が大切。
幽霊との対話に付き合っている場合じゃない。

同僚のドンヘが寄ってきた。

「ユノ、謎の男シムくんとの同行どうだった?」

新入社員の俺の指導係を買ってでてくれた先輩だが、同い年でからっとした性格のドンヘと俺はすぐに仲良くなった。

「どうもこうも。俺にはさっぱり意味が分からん。シムさんて普段は何してる人?」

「それが分からないから謎の男なんだって。リノベーション部は社長の特命でしか動かない。会社に来るのは数ヶ月ぶりじゃないか。シムくんは社長の親戚とか、愛人なんて話も……。」

「あ、愛人!?」

ベテラン事務員のハナさんが寄ってきた。

「シムくん超美形で眺めてる分にはいいんだけど。ちょっと怖いでしょ。」

怖い?そりゃ最初は人を寄せ付けない感じはあったけど……。

「怖くはないですよ。むしろ、可愛い。」

「ええ~!」

ドンヘとハナさんが合唱した。

「さすがユノ。人たらしな上に、誰でもいい人と信じてるだろ。でもシムくんはなぁ……社長以外には心開かないぞ。」

ドンヘが俺の肩に手を回したところで、シウォンさんとシムさんが出て来た。
シムさんの腰に添えられた社長の手に少しイラっとした。

「ユノ!明日もチャンミンと同行よろしくな!」

「えっ!無理です。勘弁してくださいよ!明日は内見の予約が入ってるんです!」

シムさんがうつ向いて、俺の心にちくりと刺すような痛みが走る。勘弁してくださいなんて、失礼なこと言ってしまった。

ドンヘが肩に置いた手をぽんと叩いた。

「大丈夫ですよ社長!ユノのお客様は俺が対応しますから。」

「おいっ!汐留の高級物件なのに!」

ドンヘは「毎度ありー。」と手を振ってデスクに戻った。

シムさんは俺の横をすり抜けてオフィスを出て行った。

ああ、もう……。



「シムさん!」

会社を出たところでシムさんを呼び止めた。俺の声を無かったことにして、長い脚でスタスタと去っていく。

「無視しないでくださいよ。」

追い付いて顔を覗くと、口をきゅっと結んで下を向く。

「明日も宜しくお願いしますね。」

少しだけ、シムさんの歩幅が小さくなった。

「大きい契約のチャンス逃したんだから、代わりにシムさんのこと、もっと教えてください。」

下を向いて歩き続けながら、シムさんはやっと小さな声を発した。

「僕、年下です。」

「ん?」

「僕、21歳です。」

「若!俺、29。ここに入る前は、他の不動産屋で働いてたから。シムさんはいつから?」

「数年前から。あの、チャンミンでいいです。」

「じゃあチャンミン。俺のこともユノでいいよ。みんなそう呼んでる。」

「ユノさん……」

気恥ずかしい会話だった。

会社の裏手にあるリノベーション部とは名ばかりのチャンミン宅にすぐ着いてしまった。俺が連絡先だけ渡して戻ろうとすると、チャンミンがちょいと俺のスーツの裾を摘まんだ。

「今日のお礼にお茶でも。」

何だよ、可愛い上に甘えん坊じゃないか。
最初とは別人のように潤んで、くりくりと動く瞳。

タイミング良く、俺のお腹がぐうっと音をたてた。そう言えばランチを食べないままここに来たんだった。朝からもう8時間以上何も食べていない。

「何か軽く食べて行かれます?」

小首をかしげたチャンミンに見とれたまま、俺は2回頷いた。



通された台所は、先程の部屋と違って簡素で、小綺麗なキッチンが壁側に、2人がけの四角いテーブルが中央に置かれていた。

俺に椅子を勧めると、チャンミンはまた梅昆布茶を入れた。

「おばあ様、好きだって仰るから。」

「おばあ様ってチャンミンの?」

「やだな。ユノさんの。そこにいらっしゃいます。」

俺は左肩を振り返った。

「驚かすなよ。ばあちゃんは7年前に亡くなった。」

「笑ってそばに居ます。ユノさんのことが大好きだから、守ってくれてます。今日はちょっと心配させてしまいましたね。」

チャンミンは部屋を出ていった。

自分でもよく分からない。
俺は、彼の信じがたい話を全て受け入れていた。とても自然なことのように話すから。

ばあちゃんと2人でお茶を啜っている気がした。

日の当たらない肌寒い台所に居ながら、ばあちゃんと並んだ縁側に差す、昼下がりの太陽の温もりを感じた。


戻ってきたチャンミンは和装に着替えていた。灰色の浴衣に黒い羽織。胸元から見える肌に妙な色気を感じて目を逸らす。

おいおいユノ。
チャンミンは男だぞ。
ばあちゃんが見てるのにしっかりしろ。

チャンミンが出してくれたお茶漬けと漬物を掻き込みながら、俺は彼が明日どうするのか聞いた。

「行ってみないと分かりません。彼女が落ち着いていればいいですけど、お話ができるかどうか。」

「女性なのか。」

「1年前にあの部屋に住んでいた人です。資料に入居者の情報があったでしょう。」

「話してどうするの。」

「もういいと本人が思ってくれるまで、出来ることをします。」

さっぱり分からん。

ドンヘにおいしい仕事を取られたのは悔しいが、俺はチャンミンの仕事を詳しく知りたくなっていた。チャンミン自身のことも。

年齢とは不相応な雰囲気と家。
友人にも知人にも居ないタイプ。

俺がじっと見つめると、チャンミンは唇を噛んで視線をそらし、お茶漬けの茶碗を片付け始めた。

「ありがとう。腹ペコだったから助かったよ。ごちそうさまでした。」


明日の昼にまた来てくれと言われ、俺は会社に戻った。

辺りはもう暗くなり始めていて、肌寒い木造平屋に1人で暮らしているらしいチャンミンを残して行くことが、少し切なかった。




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祓い屋リノベーション 1

祓い屋リノベーション
1



神社の脇の細い路地を通って階段を登りきると、アスファルトは椿と山茶花に挟まれた石畳に変わる。

年月を重ねた木戸を抜け、苔むした森の匂いと黒緑がかった庭石の先に焦げ茶色の引き戸が見えたら、そこが目的地。

東方不動産に就職して3ヶ月。
社長のシウォンさんに薄い封筒を渡された俺は、リノベーション部門があると言う別棟へと初めて足を踏み入れた。

大都会東京の中で、切り取られたような静寂と冷えた空気。引き戸の横に申し訳程度に掛けられた「東方不動産」の表札。

チャイムが見当たらず、すりガラスの向こうの気配を探った俺は、木の枝を踏む音にびくりとして振り返った。


その人は、紅葉を始めた楓の木を背に、紺の着物に浅黄色の帯を結び、白い山茶花の枝を持った指先を腰骨に置いて立っていた。

多様な色彩が完璧に配置され、1枚の日本画の世界に迷い混んだ錯覚。その画の中に凛と立つ中性的な男。

俺は一瞬呼吸を忘れた。


「新入社員さん?」

返事をしない俺に彼は首を少し傾けた。

「シウォンに言われて来たんでしょう?」

「あっ。はい!」

社長の名前に、我に返った。

「これを預かって来ました。」

その人は俺が差し出した茶封筒を受け取ることなく山茶花の枝に視線を落とすと、音もなく歩を進めて引き戸をカラカラと開け、振り返った。

「どうぞ。」


木造平屋のキィキィと軋む廊下を抜けて案内された書斎は、建物の外観からは想像もつかない西洋のアンティーク家具が並び、床は密度の高い絨毯で覆われていた。

「どうぞ。」

彼が目線で示したマホガニー材の丸テーブルに添えられた椅子は、ブルーの布に金色の刺繍が施されていた。

自己紹介を前に、着座するのはためらわれる。

彼が無言で部屋を出ていったので、俺は室内を見渡した。

両側の本棚はガラス扉がきっちりと閉められ、ハードカバーの分厚い本が隙間なく並ぶ。人体や脳科学の本、宗教本、歴史本。ノンフィクションばかり。

正面のデスクには真鍮のデスクランプとノートPC。

天井から吊り下げられた白いガラスのライトが丸テーブルを照らし、濃い木目を鮮明にする。

1つだけある窓から、神社の楠の葉が見えた。
樹齢2000年とも言われる大木は、秋風に見事な緑葉を揺らしている。

俺がやっと椅子に腰かけた時、彼が一輪挿しに生けた山茶花とコーヒーとお茶を載せたシルバーのトレイを持って戻ってきた。

「どうぞ。」

コーヒーにたっぷりのミルクと砂糖を添えてテーブルに並べると、その横にお茶を置き、彼もテーブルについた。

手の平を出されてきょとんとした俺は、くいくいと動かされた人差し指の先にあった茶封筒を急いで差し出した。

中の資料をちらっと見ただけで、彼はまた資料を封筒に戻して俺を見た。

射るように鋭い視線。

「コーヒー嫌いでした?」

「あ、いただきます。」

ミルクと砂糖をどばどばと入れてスプーンでかき混ぜると、彼はふっと微笑んだ。

妖艶な微笑みに、スプーンを持つ指先が痺れた。

俺は無性に喉が乾いて、カフェオレになったコーヒーを数口で飲み干した。

「良かったらお茶もどうぞ。」

ばあちゃんの大好きだった梅昆布茶。

「遠慮なく。」

お茶をすすった俺を探るように見ていた彼は、俺に視線を向けたまま、指先で茶封筒に触れた。

「今からここ行けますか。」

封筒の中身を知らなかった俺は、資料の一枚目にあった間取り図の住所を確認した。

「うちの管理物件ですね。大丈夫です。」

彼はまた部屋を出ていった。


戻ってきた彼は、ジーンズに白いニットのラフなスタイルに着替えていて、先程とはうって変わって大学生のように若く見えた。

「ごちそう様でした。」

コーヒーカップをトレイに片付けようとした俺に、彼は手を差し出した。

「シム・チャンミンです。」

「ご挨拶もせずに申し訳ありません。チョン・ユンホです。」

握った手は、驚くほど冷たかった。



鍵と車を用意しに、シムさんと会社に入ると、スタッフ全員が俺を凝視した。

社長室から出てきたシウォンさんがにこっと笑って近づいてきた。

「へぇ。ユノ、第一関門突破か。」

「はい?」

「いや、今日はもうこっちの仕事はいいから、チャンミンに同行して。よろしく。」

「シウォン、チョンさんに何も言ってないでしょう。」

ははっと笑ったシウォンさんに、シムさんはため息をついた。



目黒駅に程近い会社からアパートのある南青山までは、車で15分とかからなかった。

築5年とまだ新しい鉄筋コンクリートのお洒落な外観。
外苑前と表参道の中間に位置する好立地、バストイレセパレート、ロフト付き。小さいながらベランダもある。

悪くない条件なのに、1年近く契約に至っていない物件だった。

ロフトの柱に肩を寄せて、俺は部屋の真ん中で方々に視線を送っているシムさんを見守った。

リノベーション部がこの部屋で何をすると言うのか。部屋は小綺麗でリノベーションの必要など全く感じない。

シムさんは俺を物珍しそうに見つめた。

「チョンさん、平気?」

「何がでしょう……。」

「いや、平気ならいいんです。」

男らしいキリリとした眉の下の二重瞼。長く高い鼻と、大きな口。赤みがかった唇は結ばれていることが多いが、たまに半開きにされると色気が漂う。

シムさんはこちらに歩いて来ると、ロフトに続く梯子に登った。
長い脚だな。
膝から下が長い。梯子三段分はある。

薄いニットが重力を受けて、腰のラインを鮮明にした。
腰の位置の高さが人間離れしている。その細さときたら。抱き締めたら折れそう。

「……ここに来た目的は何ですか?」

俺はあらぬ妄想を描きかけた頭を軽く振って質問を投げかけた。

シムさんは梯子板に膝をかけて俺を見下ろした。
山茶花の枝のように細長い指で俺を指差す。

「そこに首吊り自殺した方がぶら下がっているので、お話を聞きに来ました。」

俺は寄りかかっていた柱から身体を離した。

え?

「えええー!!!!!」

飛び退いた俺を見て、シムさんは唇をひくりと動かして笑いを堪えた。

「霊感のない人でも何かを察して契約しない程なのに、隣り合ってずっと立ってるなんて、チョンさんは相当鈍感ですね。」

「な、なんか、すみませんでした。」

柱にお辞儀した俺に、シムさんは大きな瞳をさらに大きく見開いた。


ロフトの柱の上で膝立ちしてごそごそ動いていたシムさんは、膝を手で払うと梯子を降りた。

柱に向かって、「もう動けますよ。」と声をかける。

それから、窓の横に逃げて呆然と突っ立っていた俺を振り返ると、喉仏を指でさすりながら首を傾けた。

全身をくまなく眺められて、俺は鞄を抱き締めた。

「おばあ様がすごい方なのかな……」

「はい?」

「チョンさんは不思議な人ですね。」

「はあ。」

不思議なのは貴方の方でしょう。


シムさんは部屋の四隅で何かブツブツと唱え、動けないままでいた俺に振り返った。

「今日のところは帰ります。」

「あ、はい。じゃあ、失礼します!」

柱にお辞儀した俺に、シムさんは今度は堪えずに笑った。

「うふふっ。今はあなたの横です。窓をご覧になってます。」

また俺は飛び退いた。

「一晩ゆっくりしてください。」

俺に言ったのかと思ったが、シムさんの視線は俺より左に向けられていた。




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東方神起 ユノとチャンミンが大好き。
脳内妄想をこっそり綴っています。
ホミンのみ。

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