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釉薬のさえずり 19

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釉薬のさえずり
~土と焔の森 番外編~
19



「くしゅん!」

キスの終わりにチャンミンが小さなくしゃみをした。

「大丈夫か?シャツ濡れて冷えちゃったかな。」

「寒いのはユノのキザな発言だけ。」

「む……。」

「て言うか、ユノがびしょ濡れのスーツで抱き締めるから濡れたんでしょ!」

チャンミンが呆れ顔で俺のジャケットをめくる。
中のシャツまで雨が染みているし、足元の裾には泥が跳ねている。

「まずいな。」

着替えがない。
荷物は東京のホテルだ。


ずぶ濡れで帰って来た俺にお母さんは驚き、お父さんは目をそらした。

俺は、チャンミンが押し入れから引っ張り出した白いニットに、青いだぼだぼのスウェットパンツと言うあまりにも緊張感に欠ける格好でご挨拶する羽目になった。


ご両親への挨拶は、仕事のようには上手くいかなかった。

敵は手強い。
そんなに簡単に承諾が得られるわけがない。

お父さんはずっと無言で、厳しい顔をしていた。

チャンミンが愛しくてたまらない俺の気持ちをさらけ出し、それが何年も変わらないことを証明して行くしか、俺にできることなんてない。

俺の独白が終わって、言えることがなくなって、掛け時計の針の音だけが時の経過を告げていた。

チャンミンが口を開いた。

「ごめんなさい。でも、これが本当の僕なんだ。死ぬまで自分を偽って生きようと思っていた僕に、ユノが世界を拓いてくれた。僕はユノと共に生きる。」

チャンミンに顔を向けたお父さんは、ため息を漏らしながら首を横に振った。

「だからって、ドイツ人になる必要なんてないだろ。」

「そうだね。ユノはどうかしてると思う。でも、愛する人と結婚する権利すらないこの国も、僕はどうかしてると思う。」

胸が苦しい。

チャンミンが男性が好きだと自覚したのは幼い頃。それからずっと、どんな葛藤を抱えて生きてきたのか、俺にだって想像もつかない。

「チャンミン……。」

涙が溢れて、止まらなかった。
俺の背中に、チャンミンは微笑んでそっと手を添えた。

お母さんは、駅まで俺達を見送ってくれた。

「お父さんの気持ちも分かってあげて。私も、心から分かってあげられるには、まだ時間がかかると思う。」

お母さんは俺の手を握った。
冷たくて細い指を、俺は見つめた。

「でも、テレビでチャンミンの生活を見て、誇らしかったわ。周囲に認められて、夢を語る姿が前向きで。」

「私も、誇りに思っています。」

「ふふ。お父さんはね、ユノさんを追いかけてドイツまで行くなんて、情けないってずっと嘆いてた。でも、テレビを見て、そうでもないんだなって感心してたのよ。1人の人間として、地に足つけて頑張ってるんだなって。」

ああ。
今ならチャンミンの気持ちが分かる。

俺にとってのご挨拶は宣戦布告に近かった。
承諾が得られなくたって、とにかく突き進もうと思っていた。

でもチャンミンは違う。
俺がテレビに映ることを拒んだのも、同棲していると言わなかったのも、全部お父さんのためだ。

許していない相手がチラチラ視界に入ったら、冷静に番組を見ることなんて出来なくなってしまう。

チャンミンはお父さんを嫌な気持ちにさせまいとした。
ドイツに来たのは俺だけのためじゃない。
自分のためだと伝える、最良の道を探している。

認められたいと願っているから。

俺はお母さんの手を握り締めた。

「チャンミンは私より立派です。情けなく頼っているのは私なんです。」

「そんなことない。僕はユノと新しい夢を見ることを選んだんだ。僕は自分の幸せのためにユノと居る。」

お母さんがチャンミンの手も握って、3人で手を繋いだ。

「こんな言い方変かもしれないけど、随分男らしくなったわね。口数も少ないし、頼りなくて可愛いばっかりだと思ってたけど……。」

恥じらって俯いたチャンミンの瞳はお母さんに似ている。

会って良かった。

「大切なチャンミンのご両親に祝福して貰えるまで、諦めません。また来ます。」

「はい。待ってます。」

お母さんに別れを告げ、改札に入る手前でチャンミンは「あ!」と急にUターンして俺の胸にぶつかった。

「なんだ。抱き締めるぞ。」

「……は?」

「いや……何でもない。どうした?」

リュックを下ろし、サイドポケットからチャンミンが取り出したのは小さな鍵。

「アヤコさんに鍵返してない。」

「窯元の?後で送れば?」

「今日帰すって言っちゃった。」

「不動産屋に寄るか?正直この格好でうろうろしたくないんだけど……。」

チャンミンは俺を上から下まで眺め、道の向こうのミノさんの店に視線を移した。

「ミノに頼んじゃおう。」

「それは悪いだろ……。」

チャンミンは颯爽と道を渡り始め、俺は気乗りしないまま後に続いた。

だが、ミノさんは意外にも喜んで引き受けた。

「ごめんねミノ。」

「いや。願ったりかなったり。美しい未亡人とお近づきになりたかったんで。」

「残念だけどミノ。アヤコさん今彼氏居るよ。」

「違うわ!チャンミンの家の跡地にできる予定のホテル?オーベルジュって言うんだっけ?その料理人の助手探してるって噂聞いたから、挑戦しようかと思って。」

チャンミンは驚いてぽかんとした。
ミノさんは頭を掻き、照れ臭そうにチャンミンを見た。

「テレビ見たよ。なんか、刺激された。チャンミンがドイツで頑張ってるから、俺も新しいことに挑戦してやろうと思ってさ。」

俺は、頬を染めて俯いたチャンミンの肩を抱き寄せた。

嬉しかった。
チャンミンの努力は周りに伝わっている。

「ミノさんの地元の食材を生かした料理は絶品だからな。ホテルのコンセプトにも合うんじゃないか?」

「だといいんですけど。とにかく、ダメ元でチャレンジしてみます!」

ミノさんの明るい笑顔に見送られ、俺達は街を後にした。

「昨日鍵を借りに行ったらさ……。」

途中、電車の中でチャンミンが語った話は、俺をますます嬉しくさせた。

アヤコさんは今、LGBTの支援活動もしていると言うのだ。

「啓蒙活動で講演会を開いたり、就職支援したりしてるんだって。差別禁止の条例を作りたいって、町の重鎮を説得して回って……。ほんと凄い人だよね。」

「チャンミンがきっかけで、あの街も変わっていくんだな。」

「僕じゃなくて、世界の変化でしょ。ただ、みんなが幸せになれたら、それが1番だよね。」

帰りの新幹線に乗っている間、俺はチャンミンの手を握り、チャンミンは俺の肩にもたれた。

恥ずかしくなんてない。
悪いこともしていない。
好きな人と、ただ普通に愛し合うことは、誰もが平等に持つべき権利だ。

「僕は、僕自身を差別してたのかな。恥ずかしいことだって、自分を蔑んでいた。」

「今は変わった?」

「ドイツに行って良かった。僕の知っている常識は狭い世界のものだって分かったから。だから……ありがとうユノ。」

俺はまた泣いた。

チャンミンは強く、凛々しく、美しい。
拗ねて子供みたいな可愛いさを発揮したかと思えば、清廉なオーラを発して俺の心を浄化する。

「ユノ。泣いてばっかりだね。」

「う……子供みたいだろ……。情けないよな。」

「ううん。嬉しい。こんなユノも好きだ。」

チャンミンは俺の頭をよしよしと撫でた。

なんだか全身がくすぐったい。
母親になだめられているみたいだった。





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釉薬のさえずり 18

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釉薬のさえずり
~土と焔の森 番外編~
18



窯の手前でタクシーを降り、林道を歩く。
前もこうやって歩いた。

あの時も、チャンミンを愛しいと思っていた。
狂おしいほど心を奪われていた。

俺の気持ちは今も変わらない。

俺達は何度もこんなことを繰り返して、愛を深めるんだ。

梅雨空は、俺のチャンミンへの愛を抱え切れずに雫を落とし始めた。
ポツポツと木々に雨が落ちて森が音楽を奏で、水滴を弾いた木葉が喜んで囁く。

空を見上げ、顔面に雨を感じた。
軟らかい雨だった。
頬に染み込み、俺の心を潤す。

俺はまた走り出した。
もっと潤いが欲しい。
チャンミンを抱き締めさせて欲しい。


滝壺の前の広場に、黒いハッチバックのファミリーカーが停まっていた。

車の周囲に人影はない。
俺は滝壺に歩み寄った。

急激に強まった雨脚が岩肌を落ちる水流を霞ませ、目の前に一面の白滝が広がった気がした。

俺は天を仰いで叫んだ。


「チャンミン!!!」


幻想的に霞む空間の中、異質に際立つ輪郭。
チャンミンは滝壺の脇の小道を少し登った窯の前に立ち、ゆっくりと俺を振り返った。

白と紺のストライプのシャツに淡いブルーのジーンズ。
ラフな格好で、窯のボロい屋根の下の暗がりに立っているのに、チャンミンの姿は鋭く浮き立ってキラキラ輝いて見えた。

孔雀は雨の中でも孔雀だ。

雨漏りの雫が頬に落ち、チャンミンは眉をひそめて目を閉じた。
それから、稲妻みたいにカッと大きな瞳を開いた。

「部屋に女を泊まらせるなんてふしだら!」

おっと。
開口一番それか。
女性とのエロい光景を見せつけた前科があるくせによく言う。

俺はチャンミンを見つめたまま近寄った。
チャンミンの歪んだ唇は、怒りよりも拗ねた心情を表してムグムグ動いてしまっている。

可愛いな……とにやけそうになるのを我慢した。

「酔っぱらって羽目を外した。ハヤシさん寝ちゃって起きなくてさ。」

「僕が居ないからって乱痴気騒ぎか!」

「そんなことしてないって。テレビに映るチャンミンがあんまり格好良かったから盛り上がったの!もう分かってるんだろ?」

俺はチャンミンの前に立ち、前髪を伝う雨の雫を指ですくい取った。
チャンミンは小刻みに頭を振り牽制する。

「それでも気分が悪い!」

「うん。悪かった。」

「悪いと思うならするなよ!」

「チャンミンがみんなに褒められるのが嬉しくてさ。」

「僕と寝る部屋に他人を入れるな!」

なんだそれ。
ちょっと興奮してしまうな。

「ユノの驚く顔が見たかったのに。あんな……。」

「悲しませてごめん。」

「僕のサプライズが……。」

「ほんとごめん。」

「大失敗で……。」

「嬉しかったよ。」

「早く来たのに意味なかったじゃないか!」

「意味なくない。チャンミンの気持ちが最高に嬉しい。」

唇を嘴みたいに尖らせたチャンミン。
湿気で乱れた髪をかき上げた色気が、俺を誘惑しているようにしか見えないのは、俺の頭がイカれているせいか?

もう。
堪らないな。

ぐいと腕を掴んで思い切り抱き締めた。
ジタバタされたが、後頭部と背中をホールドしてがっちり捕まえた。

「チャンミンも俺のことめちゃくちゃ愛してるって分かって嬉しい。」

「なっ……。」

「俺が緊張してるから、少しでも長くそばに居てくれようとしたんだろ?」

「そ、それは……。」

「え……違う?」

「……ちが、違わない……。」

俺は猛烈ににやけた。
もう我慢の限界は超えている。
さえずるように囁いた唇が今すぐ欲しい。

「チャンミン。めちゃくちゃ愛してる。」

真っ赤になったチャンミンにキスした。
チャンミンの唇は尖ったままだったが、お構い無しに吸い付いた。

「ちゅっちゅっ」と音をたてて、啄むようなキスを繰り返し、髪を撫でた。

1週間ぶりに抱き締めたチャンミンの身体。
全てから解放され、胸がすっと落ち着く。
チャンミンなしでは、こんな安堵感は得られない。

俺にはチャンミンが必要だ。

「帰ろうか。ご挨拶しないと。ご両親が待ってる。」

「うん。その前に、この家にお別れするよ。もう、壊されるから。」

2人で家の中を見て回った。

俺が強引に上がり込んだ玄関。
餌付け作戦を試みた台所。
躓いてソファに押し倒してしまい、チャンミンを抱く夢を見た居間。
冷えた身体を抱き締めて入ったお風呂。

思い出がスライドショーのように再生される。

「寂しくなるな。」

「うん。でも、僕らには新しい家があるから。」

チャンミンは凛とした佇まいで玄関に向かい、「ありがとうございました。」とお辞儀して家を出た。

ヒリヒリする恋の始まりを知るこの家が無くなるのだと痛感し、俺の方が感傷的になった。

チャンミンが驚いて、涙ぐんだ俺の顔を覗く。

「なんでユノが泣いてるの!?」

「チャンミンとの思い出が無くなるのが悲しい。」

チャンミンはふふっと笑って胸に手を置いた。

「思い出はここにある。それに、全部なくなるわけじゃないよ。窯は雰囲気がいいから残すんだって。」

チャンミンは、涙ぐんでいる俺の手を男らしくひいて窯の前に戻り、柔らかな笑顔を向けた。

「ユノ。お願いがある。」

「なに?」

「毎年1回はここに来て、キスして欲しい。初心を忘れないように。」

可愛いお願いにほっとしたが、俺の脳内には忘れもしない悲劇的な光景が甦った。

「……ちょっと待て。あのキスの後、俺は地獄に突き落とされたんだぞ?どんな初心だよ。」

「む……嫌だな。そっちじゃなくて、ユノへの衝動を抑えきれなくてキスしちゃった僕を思い出してよ。」

チャンミンはあの時、突然軍手を外して、地面に投げ捨てて……。

俺の頬を両手で包み。
鼻先をすり寄せ。
キスした。

チャンミンの俺への思いが堰をきって溢れた瞬間のキス。

「そう言えば、ファーストキスはチャンミンからだったな……。」

「ユノへの気持ちは諦めていたのに、止められなかった。ここに立つと思い知るんだ。ユノと一緒に居ることは、当たり前じゃないって。」

「チャンミン……。」

チャンミンは息を吐き、決まりの悪い顔で俯いた。

「あの時は、酷いことしてごめん。昨日も、話も聞かずに逃げてごめん。でも、ほんとにショックで……。理由が分かっても、気持ちがおさまらなくて。」

「悪かった。チャンミンにそんな思いさせて、俺も辛い。」

「ユノを信じてる。でもいつもそばに居ると、分からなくなる時もあるでしょ?」

「俺はいつだって愛してるよ。裏切ることなんてない。」

「未来のことなんて誰にも分からない。自分自身にだって。今はまだ大丈夫でも、一生そばに居たら、忘れる時もあるよ。」

「まあ……倦怠期くらいは来るかもな。」

「だからさ、好きになった時の気持ちを、ここでお互いに、思い出すようにしよう。」

チャンミンは俺との長い人生を、ちゃんと考えてくれていた。
俺よりも真面目に地道に、愛情を育もうとしている。

「分かった。約束する。ヨボヨボのじいちゃんになっても、ここでキスするよ。」

「うん。」

「窯の火よりも燃え盛る、熱いキスにする。」

「……相変わらず寒いね。」

俺達はくすくす笑い合い、あの時に負けない、熱いキスをした。




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釉薬のさえずり 17

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釉薬のさえずり
~土と焔の森 番外編~
17



昨夜、ベッドに転がって眠ってしまったハヤシさんを介抱していたマオさんは、実は最近ハヤシさんと付き合い始めたと、恥ずかしそうに打ち明けてくれた。

「私、ユノさんのおかげでやる気が出て、ドイツから戻った後、ハヤシさんにたくさんカメラのこと教えて貰うようになったんです。」

困りながら、マオさんはいとおしそうにハヤシさんの長い髪を撫でた。

「ハヤシさんて、マニアックだしカメラオタクなんですけど、ほんとに技術はすごくて。色々教えて貰ううちに、バツイチのこのおっさんのこと、好きになっちゃったんです。」

「へえ!マオさんからアプローチしたの?」

「はい。まさか自分がこんな冴えないオヤジに惚れるなんて。」

にっこり笑ったマオさんと、ぐうぐう眠るハヤシさんが微笑ましくて、2人にベッドを貸した。

それで、俺はソファで寝たんだ。
幸せでふわふわした気持ちだったのに。

「どうしてこうなるんだよ……。」

楽しく遣り甲斐のあった1週間の締め括りがこれか。

事情を説明しているのに、返事をくれないチャンミン。
心配と、苛立ちが俺を支配していた。

「ハヤシさん、マオさん。これは俺とチャンミンの問題ですから、もう気にしないでください。」

「でも……。」

「マオさん。心配しないで。必ず仲直りするから。」

マオさんは俺をじっと見た。

「チャンミンさんの顔。取材の時の冷静な雰囲気とは別人でした。震えて、泣きそうで……。私も悲しくて……。」

スーパーの駐車場で泣いていたチャンミンの姿がフラッシュバックした。

チャンミンは今、何を考えてる。
事情を知っても帰ってこないのは何故だ。

いつも、俺はチャンミンの気持ちを推し量れないでいる。
そんな自分に嫌気がさす。

ハヤシさんとマオさんは、恐縮しきりで部屋を出て行った。

「ユノさん、大丈夫ですか?」

「レオンさん。ごめん。今日は一緒に東京を案内したかったけど……。」

「観光なんてどうでもいいですよ!日本語できるんですから、1人で行ってきます。あ、そばに居てあげた方がいいですか?」

茶目っ気たっぷりに微笑むレオンさんに救われた。

「子供扱いするなよ!チャンミンはそのうち帰ってくるだろ。」

俺は部屋でチャンミンを待った。

ハヤシさんとマオさんの関係を説明したメッセージは既読になった。

だが、チャンミンは夜になっても戻って来なかった。電話も出ない。

眠れないまま朝が来て、俺は待つことをやめた。

これはチャンミンが得意なあれだ。
俺の行動を待ってるパターンだ。
そうだろ?

日本を離れてから久しく鳴りを潜めていた、天の邪鬼なチャンミンが戻ってきた。

スーツケースも持たず、チャンミンが一晩を明かす場所。
俺を待っている場所。

1つしか思いつかなかった。
あの街だ。


チャンミンと一緒に向かうはずだった懐かしい街を、俺は1人朝一の新幹線で目指した。

まず、駅前のミノさんの店を訪ねた。

俺を見るなり、驚きもせず微笑んだミノさん。
俺は自分の推測が正しかったと確信した。

「ミノさん。久しぶり。チャンミンは?」

「ユノさん。早かったですね。」

「何年チャンミンの恋人してると思ってる。さすがに分かったよ。」

「あはは。良かった。何日も来なかったらどうしようかと思ってました。チャンミンなら、実家に居ます。」

「ありがとう。行ってくる。」

「頑張ってください!」

「任せとけ。」

「悪態つかれても諦めないで!」

かぶりを振った俺を、ミノさんは満面の笑顔で見送った。

任せとけとは言ったものの、想像とかけ離れた実家訪問に、俺の心臓はバクバクと音をたてた。

落ち着いた日本家屋。
美しく切り揃えられた松の木が植えられた玄関の前で、俺は生唾を飲み込んだ。

チャイムを押す指が震え、押した後、息が止まりそうだった。

「はーい。」

玄関に出てきたのは、チャンミンに似た大きな瞳の女性だった。
肩まである黒髪を下ろし一見少女のように幼いが、目元に走るシワが年齢を重ねた落ち着きも感じさせる。

「チョン・ユンホと申します。」

「あなたが……。」

「チャンミンさんの、お母様ですか?」

彼女は小さく頷き、唇を噛んでスーツ姿の俺を見つめた。

「はじめまして。ご挨拶が遅くなりました。」

全身に意識を行き渡らせ、震えそうな指先を懸命にぴんと伸ばし、俺はお辞儀した。

お母さんは胸に手をあて、俺を見つめ続けていた。

「あの……。息子さんは……。」

「あっ……。」

言葉をうまく紡げない様子のお母さんに代わり、奥の部屋から出てきた長身の男性が、ぶっきらぼうに言いはなった。

「チャンミンならさっき出掛けた。」

「お父様……ですね。突然お邪魔して申し訳ありません。」

俺がお辞儀から顔をあげた時には、もうお父さんは後ろを向いて部屋に戻ろうとしていた。

ヒリヒリする状況だ。
チャンミンが居たら、思わず手を握ってしまったかも。

沈黙していたお母さんが、スリッパを出した。

「どうぞ。」

居間に通され、面接官のように俺の前にチャンミンの両親が座る。

裁判官を前にして審判を待つ罪人の気持ちはこんなだろうか。
拷問のような沈黙が流れた。

参ったな。
何か言わなければ。

お父さんは顔を横に向けて庭を見ている。
お母さんはぎこちなく手を握りしめてテーブルの上に視線をさ迷わせる。

背後の棚の上に、チャンミンのスマホが放置されているのが目に留まった。

突然お父さんが前を向いた。
探るような視線に、俺は背筋を伸ばした。

「君仕事はいいのか。急な仕事で挨拶に来れなくなったんじゃないのか?」

仕事だと?
チャンミンは、俺に仕事が入ったと説明したのか?
昨日の騒動を、ご両親は知らないってことか。

俺の頭はいつもに増して急速回転した。

「仕事は……キャンセルになりまして。どうしてもご挨拶したかったので押し掛けてしまいました。チャンミンさんに連絡したんですが、繋がらなかったので……。」

お母さんがスマホに目をやってため息をついた。

「もう……あの子……。置きっぱなし……。」

少しだけ微笑んだお母さん。
チャンミンが可愛くて仕方ないんだろう。

「……チャンミンさんは、何処へ行かれたんですか?」

「もうすぐ工事が始まるから、その前に窯を見てくると言って。」

俺とチャンミンが初めて出会った場所。
いつもチャンミンが俺を待っていた場所。

「あ、お茶も出さずにごめんなさい!」

お母さんとほぼ同時に、俺はソファから立ち上がった。

「お茶は、後でチャンミンさんと一緒にいただきます。私、迎えに行ってきます。」

「生憎交通手段が……。あの子が車に乗って行ったから。」

「ご心配なく。駅前でタクシーを拾います。」

ご両親に深く一礼し、俺は家を出た。
一刻も早くチャンミンに会いたかった。
隣に居てくれないと困る。

気持ちがはやり、俺は意味もなく駅まで走った。

社会人になってから、道路を全力で走ることなんてなかった。昨日から走ってばかりだ。
チャンミンは俺に、想定外の行動をさせる。

でも、それが堪らないって知ってるか?
ワクワクするんだ。
チャンミンに振り回される、普段と違う自分に。

呆れながらも俺は、こみ上げるにやけを噛み殺していた。





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更新日変更のお知らせ

釉薬のさえずり
~土と焔の森 番外編~
(更新日変更のお知らせ)



皆様。
いつもご愛読ありがとうございます。

先週シムドールが終わった後、1週間みっちりプライベートを満喫し、週末取りつかれたように原稿を書いておりました。

執筆に集中し過ぎてコメ返すらできておりませんが、相変わらず、にやけながら楽しく読ませていただいてます。

お陰さまでこちらの作品、ほぼ原稿完了♪

よって、本日から毎日更新に切り替えます。


明日から毎日20時投稿。
3月5日に完結予定です←今のところ。

もやりながらも結局ラブラブな2人に今しばらくお付き合いください。

宜しくお願いいたします!




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釉薬のさえずり 16

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釉薬のさえずり
~土と焔の森 番外編~
16



レオンさんは唸った。

「写真でも綺麗な人だとは思ってましたけど、映像は更に……。」

「だろ?生身はもっと格好いいぞ。」

いつもなら呆れられそうなところだが、真剣な顔で頷かれ、鼻が高い。

「この容姿で職人だなんて、信じられない。天は二物を与えるんですねえ。」

「ね、ね!そうですよね!ほら見てください!この陶器を型から出すところ!この目線やばくないですかぁ?」

「でもやっぱり職人ですよ。ほら、この聞こえないくらいの音で、仕上がりを確認してる。素人にはさっぱり分からないでしょう。」

「あー。この観光客、目がハートになってる。絶対チャンミンさんに見とれてる!」

ハヤシさんとマオさんが、互いに違う角度からチャンミンを褒め讃える。

話に何度も聞いた工場長は、太鼓のような大きなお腹を撫で、チャンミンがいかに勤勉か力説していた。

皆がチャンミンを認め、ヘキストに必要な人だと話す。
それが嬉しくて、俺は浮かれた。

番組の後、レオンさんがお開きを提案した。

「そう言わずに乾杯しましょうよ!番組の成功を祝って!」

ハヤシさんの誘いに俺は乗った。
レオンさんは、まだ少し喉が痛いからと、自分の部屋に帰った。

俺とハヤシさんとマオさんは、ホテルの自販機でビールを買って、チャンミンに乾杯した。
そこまでは明確に覚えている。

録画をチャンミンと観るのが楽しみだ。
恥じらうチャンミンを抱き締めて、キスしながら観よう。
そう思ったことも覚えている。

だが、次の記憶は、思い出しても胸が痛む。



マオさんの声が頭に響き、俺は顔をしかめた。

「え。嘘。え!?……ちょっと!待って!!」

甲高い声に頭がガンガンする。

「チャンミンさん!!」

カーテンが開いたままの窓ガラスから差し込む太陽が、瞼を閉じていても刺さるように痛い。

薄目を開けた先に見えたのは、テーブルに散乱したビールの缶。
クッションを抱き締めて、俺は上半身裸でソファに転がっていた。

ベッドではハヤシさんが死体みたいにうつ伏せて転がっている。

細い視界の向こうのドアの前で、部屋に備え付けのガウンを着たマオさんが、立ち竦んでいる。

「ユノさん!チャンミンさんが!!」

「……チャンミン……?」

「チャイムが鳴ったのに2人とも起きないから出ちゃったんです!もうやだ!どうしよう!!」

俺は起き上がろうとしてソファから転げ落ち、しこたま肩を打って舌打ちした。

マオさんが何を言ってるのか意味が分からなかった。
チャンミンはまだドイツだ。
今は夜中だから……寝てる。

「ユノさん起きて!チャンミンさんが走って行っちゃったんです!!」

マオさんが涙目で訴え、ようやく脳が動き出した。

「チャンミンが来るのは明日なんだけど……。」

マオさんはエントランスに戻り、廊下から見覚えのある大きなスーツケースを部屋に引っ張りこんだ。

チャンミンのスーツケースと同じ。
シルバーのリモア。

「これ放置して行っちゃったんですって!!」

嘘だろ……。
冗談にしては緊迫した雰囲気。
一瞬、夢でも見ているんじゃないかと思った。

「ユノさん追いかけて!!」

マオさんは、俺を引っ張り起こして立たせた。

「ユノさん!ぼーっとしてないで!恋人でしょ!?早く追いかけてください!!」

「恋人……。」

「昨日言ってたじゃないですか!自慢の恋人って!!ああ、もう!」

俺はそんな話したのか。
記憶が曖昧だ。
でもその通り。
チャンミンは俺の自慢の恋人。
将来を誓った大切な人。

意識が明瞭になるにつれ、目の前の事態に血の気が引いた。

チャンミンが、さっきこの部屋の前に居たって言うのか。

俺の大切な人は、ドイツではなく日本に居た。
チャンミンは、1日早く日本に来た。
そして、荷物を置いて消えてしまった。

『ふふふ。急いで行くから待ってて。』

チャンミンのさえずるような囁きが耳元に甦った。

どうして気づかなかったんだ。
ヒントはたくさんあったのに。

何度も土曜の予定を聞かれた。
ルームナンバーを教えろと言われた。
空港に着いたら電話しろと言う俺を、適当にあしらった。

これは、チャンミンが俺を喜ばせるために嘘をついて、企画してくれた最高のサプライズ。

それなのに、俺は、最低な形で壊した。

俺は部屋を飛び出した。

エレベーターでロビーに降りると、朝食会場のレストラン前でレオンさんが呆然としていた。

「ユノさん。今チャンミンさんにそっくりな人を見たんですけど。」

「どっち行った!?」

「外へ……。チャンミンさん、来るの明日じゃなかったんですか?」

レオンさんの質問に答える余裕なんてなかった。

俺は走った。
ホテルの周辺を叫びながら走った。

外は、細かい霧のような雨が降っていた。

「チャンミン!」

「チャンミン違うから!」

「チャンミンどこだよ!」

道行く観光客や、会社員。
傘も持たずに叫ぶ俺を好奇の目で振り返る人達。
それを気にせず、ただチャンミンの姿を探した。

ホテル周辺を諦めて、俺は駅に向かった。
足が動く限り走り続けた。

「チャンミン!」

どれだけ叫んでも、人混みの中にチャンミンは居なかった。

電車に乗ってどこかに行かれてしまったら?
俺は改札をくぐり、ホームも走った。
ホームに停車していた山手線の中を覗きながら、スマホを取り出して電話をかけた。

電源は切られていていない。
呼び出し音が続いている。

「出ろよ!出てくれよ!」

ブチっと非情な音をさせ、電話は切られた。

山手線がゆっくりと走り出し、スマホを握ったまま立ち竦んだ俺の目に、チャンミンが映った。

スマホの画面を睨み付け、最後尾の車両のドアの前に立つチャンミン。
視線を上げた彼と、一瞬目があった。
ガラス窓に落ちる雨の滴が、涙みたいにチャンミンの顔に重なっていた。

走り去った山手線を、俺は呆然と見送った。
目眩と、指の痺れが酷かった。

次の山手線に乗って追いかけようとして、どこを目指せばいいか分からないことに気づく。

何度電話をかけ直しても、コールする度に切られた。
留守電すら残させないつもりか。

さっきのチャンミンは、窯の前でキスした後、俺を拒絶した時と同じ、冷たい目をしていた。

「くそ……。」

電話がダメならメッセージを残すしかない。

部屋にはハヤシさんも居たこと。
飲みすぎてソファで寝てしまっただけなこと。
事情を知れば、分かってくれるはずだと思った。

俺の送ったメッセージはすぐに既読になった。

反対方向の山手線を何本も待ち、チャンミンが戻ってくるのを期待したが、チャンミンの姿も、返信もない。

「なんでだよ。勘違いなのに。」

30分ほどホームで過ごし、俺はホテルにとぼとぼと戻った。

部屋では、ベッドに腰かけてマオさんとハヤシさんが項垂れ、レオンさんが室内をうろうろしていた。

「チャンミンさんは?」

マオさんが途方に暮れた顔を俺に向けた。

「電車でどこかへ。メールしたから、事情は分かってるはずなんだけど、返事がなくて……。ほとぼりが冷めたら戻ってくると思う。」

ハヤシさんがほっと息を吐き、頭を下げた。

「ご迷惑おかけして申し訳ありません。ほんとに酒癖が悪くて情けない。」

ハヤシさんに寄り添うマオさんを見て、昨夜のやりとりを思い出した。

そうだ。
2人が付き合っていると聞いて、俺は気が緩んだんだ。




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釉薬のさえずり 15

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釉薬のさえずり
~土と焔の森 番外編~
15



「ユノ?」

愛しい声が耳元で小さくさえずり、俺はガッツポーズした。

何か口に入れていたチャンミンは、くぐもった声で「ちょっと。」と言い、飲み物を手にした気配。
軽く咳払いしてバタバタと移動する音の後、焦った声で電話口に息づかいが戻ってきた。

「ユノどうしたの!?」

「今、仕事中だよな?出ると思わなかった。」

「10時半の休憩に入ったとこ。工場長にパウンドケーキ食べさせられてた。」

そうか。軽食休憩。
海外とのやりとりが多く、出張がちな俺には無縁な習慣で、意識していなかった。

ドイツ人の多くは朝早くから働いて、その分早く帰る。
7時から、8時からの勤務なんてざらだ。そのためか、勤務時間の長い午前中に1度休憩を挟む職場が多い。

チャンミンが体重増加を気にしていた、お菓子タイムはこれか。

「食べ過ぎるなよ。」

「ちょっと太ってるくらいがいいって言ってたのはどこの誰?って、それよりどうしたの?何かあった?」

「いや……特に用事はなくて。」

「え?」

「……その……愛してるって言いたくて。」

「は…………何それ。」

「だから……愛してる。」


しばし沈黙があった。

「……浮気でもするつもり?」

「なんでそうなるんだよ!」

「……何か後ろめたいことでも?」

「バカ言うな!東方見聞誌に出社したら色々昔のこと思い出して伝えたくなったんだよ。とにかく愛してる!!」

チャンミンの笑った鼻息がふっと耳をかすめた。

「その調子なら、実家への挨拶も大丈夫そうだね。」

「心配してた?」

「珍しく不安そうだったから。」

「チャンミンが隣に居れば大丈夫。」

「ふふふ。急いで行くから待ってて。」

チャンミンは甘い声で囁いた。
俺は昂る気持ちを堪えきれずに吐き出した。

「チャンミン!今すぐ会いたい!めちゃくちゃ愛してる!!」

「わ……。寒っ!」

人気のない廊下で愛を叫んだはいいが、チャンミンの相変わらずの反応とシンとした空気に急に恥ずかしくなった。

「あ……編集長がよろしくって。今からみんなで飲みに行ってくる。」

「うん。僕からも、くれぐれもよろしくお伝えください。」

「じゃあ。仕事頑張ってな。」

「ふふ。ユノもね。飲み過ぎないように。」

「また明日連絡する。」

「はい……。」

一瞬、チャンミンが電話を終わらせるのを躊躇したように感じた。

そのまま耳にあてたスマホ。

「ユノ。僕もだよ。その……めちゃくちゃ……僕も。」

「……チャンミ……。」

名前を言い終わる手前で「じゃ!」と電話は切られた。


俺はその晩、相当機嫌よく酔っ払った。

後輩達に憧れだと担がれ、編集長とレオンさんにチャンミンとの仲を羨ましがられ、そして何より、チャンミンの「僕もだよ」に浮かれた。

仕事は期待した以上に順調に進んだ。

東方見聞誌での仕事は展示会の打ち合わせだけじゃない。ドイツの食品を展開する企画を期間限定でスタートさせることになった。

ドイツで紹介したいと考えていた数件の工芸店との交渉も上手くいき、レオンさんも俺も、達成感に満ちていた。

1週間のハードスケジュールを乗り切り、残る厄介なタスクはチャンミンの実家へのご挨拶のみ。

この流れで突き進めば、意外と挨拶も上手く行くんじゃないか。
そんな高揚感で身体が軽い。

金曜の夕方、中部地方からの交渉の帰り、日本の百貨店を覗きたいと言うレオンさんに付き合って銀座に足を伸ばした。

和の陶器が並ぶフロア。
そこで俺は、思いがけない人の姿に出くわした。

後ろで束ねた髪。
山下達郎みたいな横顔。

「ハヤシさん!?」

彼はゆっくりと身体の向きを変え、俺を捉えて細い目を見開いた。

「え?ユノさん!?」

ドイツにチャンミンを取材に来たカメラマンのハヤシさんとの、偶然の再会だった。

「ユノさんどうして日本に?」

ハヤシさんは俺のスーツ姿を認めて微笑んだ。

「お仕事ですね?」

「はい。出張で。」

「ハヤシさんは?仕事帰りですか?」

「へへ。陶器を眺めるのが好きなんです。仕事で近くに来たので、ちょっと目の保養を。」

チャンミンが食事会で陶器好きなハヤシさんに捕まったと言っていたことを思い出した。
なかなかマニアックな人のようだ。

「取材の際はお世話になりました。今夜、チャンミンさんを取材した番組が放送されますよ。」

「ええ。10時からですね。楽しみです。」

「こんな所で会えるなんて、奇跡みたいですねぇ。まだ早いし、これも何かのご縁。一杯どうですか?」

昭和のジェスチャーでくいっと指を傾けたハヤシさんの楽しそうな顔に、俺も楽しくなった。

断る理由なんてない。
まさかの出会いだ。
番組の編集の話も聞いてみたい。

10時に間に合うようにホテルに帰ればいい。
そう思った。

レオンさんも誘い、ホテルのある汐留に近い、新橋周辺で飲むことになった。

ハヤシさんとの出会いを報告したくてチャンミンに電話したが、通じない。
まだ仕事中の時間。
休憩時間は過ぎているから仕方ない。

俺達は駅前の居酒屋に入った。

『念のためルームナンバー教えといて。』

飲み始めた頃、チャンミンからメッセージが届いた。

ランチ休憩に入ったんだろう。
中座して電話をかけたが、また通じない。
仕方なくルームナンバーと、ハヤシさんに出会ったことだけ返信した。

また後で電話をかけ直そうと思っていた。
だが、思わぬ人が飲み会に合流して、俺はタイミングを失った。

「嘘みたい!ほんとにユノさんが居る!!」

マオさんだった。

マオさんは息を切らし、テンション高く俺達のテーブルに座った。

「ハヤシさんからメール貰って、仕事放置して来ちゃいました!」

「大丈夫なの?」

「今週徹夜続きだったから、今夜はもういいんです!私、ユノさんにちゃんとお礼したかったから。今日は私が奢ります!」

既に酔っぱらい気味のハヤシさんと、興奮気味のマオさんはグラスを次々と空けた。
俺もアルコールは強くないくせに、煽られてかなり飲んだ。

仕事の達成感と、明日から休暇だと言う安心感も手伝い、酒が美味しい。

チャンミンの仕事ぶりがいかに素敵だったかと語るハヤシさんとマオさん。

調子に乗って、俺は浮かれた。

気付いた時には時計は10時近くなっていた。

「あぁ!大変!番組始まる!」

スマホでテレビを観ようとするマオさんを、俺は止めた。

「大きな画面で観たいから、俺の部屋行きません?ホテルすぐ近くだから。」

みんなでチャンミンを観たかった。
ただそれだけのこと。

ホテルに部外者を連れて行くのはルール違反だとか、女性を部屋に入れるなんてとか、そんなことはアルコールで判断力が失われた俺にはどうでも良かった。

俺たちはホテルに走った。

部屋に入ってすぐ、番組が始まった。

簡単なヘキストの紹介VTRの後、画面に映ったチャンミンの美しくも凛々しい姿に、俺は瞬きを忘れて見入った。

自己紹介する時に染まった頬。
陶磁器を見つめる大きな瞳と清楚な睫毛。
どんなにアップになっても、隙がない。

これが俺の恋人。

飽きるほどそばで見ているのに、画面の中で陶磁器の説明をするチャンミンは、まるで俺の知らない美しい青年のよう。

一目惚れする感覚だった。




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釉薬のさえずり 14

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釉薬のさえずり
~土と焔の森 番外編~
14



到着地の天候は曇り。
気温摂氏20度。

機長のアナウンスで目が覚めた。

ホテルのランクを上げた分、航空券は格安のエコノミーにしていた。窮屈なシートに収まって眠った身体は、痛みと共に固まっている。

グレードアップすればいいのに、レオンさんは俺に付き合って隣に座ってくれた。
おかげで、打ち合わせを機内で済ませ、数時間睡眠をとっての、今。

通路側に座っていたレオンさんの姿がない。
しばらく首をマッサージしていると、ストレッチしながら歩いてきた。

「おはようございます。足が痛くなったから散歩してました。ユノさん……酷い顔してますね。」

「首痛めた。いててて。エコノミーで日本まではキツイな。」

俺も席を立ってストレッチした。

「ユノさんはいいじゃないですか。帰りはチャンミンさんと2人でイチャイチャ、ベタベタして帰るんですよね。羨ましい。」

「まあな。追加料金払ってプレミアムエコノミーの2人席にしたんだ。12時間カップルシートみたいなもんだな。」

「はあー。なんか……ムカつきます。今は僕が隣ですみませんね。」

「行きは早くて助かったよ。」

日本に向かう飛行機は追い風の影響で飛行時間が約1時間短い。
行きはチャンミンとバラバラで寂しいが、時間のかかる帰りが一緒なのは嬉しい。

にやけた俺にわざとらしく呆れつつ、レオンさんは空港で買ったペットボトルの水を飲み干した。

「乾燥でちょっと喉を痛めました。明日からに備えて今日はゆっくり休みます。」

「大丈夫か?マスクあるぞ?飴も。」

「ユノさん……意外です。女子力高いですね……。」

「いや、チャンミンに持たされた。」

「あはは。なるほど。」

のど飴を口に放り込み、レオンさんはシートのモニターで1時間のドキュメンタリー番組を見始めた。

あと1時間半で羽田空港。
俺は目を閉じ、ドイツに旅立った日のことを思い出していた。

本当は不安だと、ボロボロ泣いてチャンミンにすがったあの日。

「僕の心を持って行って。」

そう言って俺を送り出してくれたチャンミン。

俺は、ルフトハンザのツルのマークに誓ったんだ。
過去も、未来も、チャンミンに捧ぐと。

ふと、チャンミンが言っていた、ちぐはぐというフレーズが甦り、落ち着かなくなった。

入国を済ませ、空港からモノレールに揺られながら、あの日チャンミンは俺を見送った後、どんな気持ちで空港から窯まで帰ったのだろうと想像し、指先が痺れた。



次の日、朝一で懐かしい東方見聞誌の扉の前に立った。

「ユノ!レオンさん!遠路はるばるお疲れ様!」

編集長の明るい太陽みたいな笑顔が出迎えてくれた。

「2人とも背が高いからスーツが決まってるなぁ。ヨーロッパの香りがするぞ。」

懐かしい顔ぶれが次々と挨拶に来て、近況を報告しあう。
チャンミンの担当だった後輩は、すっかり先輩らしくなって今やエースだと言う。

「随分変わりましたね。」

「新しいメンバーも増えたけど、ユノは伝説のバイヤーって言われてて、憧れてるやつも結構居るぞ。」

「またまた……。」

「皆お前が来るのを楽しみにしてたんだ。今夜、飲み会大丈夫だよな?」

「もちろん行きますよ。」

「よし!じゃ、それまでは仕事に精を出すか。」

下の階の大会議室に、ベルリンの展示会で出品を検討している品が並べられていた。

チャンミンと再会し、突然エレベーターで抱きつかれたあの日の光景が鮮明に浮かぶ。
この会議室で濃厚なキスを交わし、俺達は恋人になった。

日本に来ると、チャンミンとの記憶が次々と思い出される。

あの日チャンミンが東京に来なかったら。
何事もなく1階まで下りてしまっていたら。

きっと俺はチャンミンを軽蔑することで自分を正当化し、記憶は苦いまま、たまに思い出しては振り払い、まだここで働いていただろう。

新しい世界に飛び出すことはなかった。
ドイツ行きは、断っていたかもしれない。
チャンミンに狂って、今の俺がある。
扉を開いたのは、チャンミンだった。

俺は、チャンミンを押し倒して口づけた長机をぼうっと見つめた。

「ユノさん、時差ボケですか?」

レオンさんに怪訝な顔で窺われ、我にかえった。

「あ……。ちょっとね。レオンさんは大丈夫?」

「かなり寝不足です。夕方ベッドに入ったのに、結局朝まで眠れませんでした。日本に来ると駄目なんですよね。」

「ああ。分かる。俺も夜中まで眠れなかった。」

海外出張あるあるだ。
西への移動は問題ないが、何故か東に向かうと酷い時差ボケに苦しむ。

一旦会議室を出た編集長が、コーヒーポットとコップを持って戻ってきた。

「ユノ、ドイツ語ペラペラになったなあ!」

「まだまだですよ。会話はいいんですけど、書くのが苦手で。」

レオンさんは日本語に切り替えて話し始めた。

「メールもちゃんと書けてるじゃないですか。すごく上達しましたよ。」

「ユノがドイツに行ってから、もう4年か……。まさかあのまま国を捨てるとはね。」

編集長がコーヒーを差し出して、呆れとも感嘆ともとれない声をあげた。

「捨てたわけじゃないですよ。こうして行き来してますし。」

「で?目標の帰化までは、後何年だ?」

「通常だと、8年は滞在期間がないと駄目なんで、まだ道半ばです。帰化試験はドイツ語もあるからもっと勉強しないと。読み書きはチャンミンの方ができるくらいなんです。」

「あ、今週だな!放送!チャンミンさんが出るの。」

「はい。俺も仕事してる姿は見たことないから変な気分ですけど、楽しみです。」

「俺も楽しみだ。彼がまさかヘキストで働くとは思わなかった。慣れない土地で、立派だよ。」

チャンミンのことを褒められると鼻が高い。
自分のことを褒められると反応に困るが、チャンミンなら素直に嬉しい。

にやけた俺の肩を、編集長は痛いくらい叩いた。

「がっちり捕まえて、早く結婚しろよ!」

「そうしたいんですけどね。どうしてこう、帰化に時間のかかる国を選んだのか……。」

「仕事と両立できるんだから我慢しろ。そもそも、帰化するってアイデア自体、突拍子がないんだよ!」

「それは自分でも驚いてます。チャンミンが俺についてきてくれたのが嘘みたいで……。」

レオンさんと編集長が2人して大きく頷いた。

「全くだ。内心、フラれると思ってた。」

編集長……。
だったら止めてくれよ。

「僕も冗談だろって思いました。」

レオンさん……。
そんな風に思ってたのか。

「なのにチャンミンさん、承諾してドイツに来ちゃうし、いまだに付き合いたてのカップルみたいにラブラブなんですよ。信じられません。」

「ほぉ。」

2人ににやにやされ、居心地が悪くなった。

「……その話は今は無し!仕事……仕事しましょう!」

俺を後押しするように展示会に参加するスタッフが数名会議室に入ってきて、話題は展示品に移った。


夕方会議が終わり、飲み会までの空き時間にチャンミンに電話をかけた。
声が聞きたくて仕方なかった。

サマータイムのドイツは、もう10時半。
チャンミンは毎朝8時から働いている。

通じるはずもない。
俺とは違うんだ。スマホを取れるような仕事じゃない。
衝動的に通話ボタンを押してしまった自分に呆れた。

でも、俺の願いは叶った。




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釉薬のさえずり 13

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釉薬のさえずり
~土と焔の森 番外編~
13



6月に入り、日本は早くも梅雨入りしたと編集長からメールが届いた。

日本への出張に向けて仕事の準備をしつつ、俺はその後の休暇の予定に緊張と興奮の入り乱れた複雑な心境だった。

緊張の原因は、チャンミンのご両親への挨拶だ。

チャンミンとは、先月の中途半端な喧嘩はあったものの、俺の愛情が増す結果となっただけで、平穏な日々が流れている。


来週からの日本への出張はレオンさんと一緒に行くことになっていた。

「ユノさん。金属工芸店の面談アポは取れました?」

「もちろん。最初の2日間は東方見聞誌。後半の3日は取引先への訪問アポ詰め込んだ。これがスケジュール。」

「さすが。完璧ですね。」

「面談の要点をまとめておいたから、機内かホテルで事前打ち合わせしよう。後でファイルメールするよ。」

「ホテルはずっと東京で大丈夫なんですか?」

「どこも日帰りできる距離だから、同じホテルにした。荷物持ち歩きたくなくて。」

「あはは。僕は大丈夫ですけど、ユノさんの荷物大量ですもんね。チャンミンさんの実家と、温泉と、沖縄も行くんでしたっけ。来週まで頑張って、後はゆっくりしてください。」

「そのつもりだけど、どうも緊張して……。」

「ご挨拶のことです?ユノさんらしくないな。自信満々で行きそうなのに。」

そうもいかない。
何しろ男同士だ。俺だって緊張する。
自信満々なわけがない。

そう言えばチャンミンも似たようなこと言ってたな。

『いっつも僕より大人ぶってるくせに。』

俺はそんなに自信家に見えるのか。

「レオンさん……。俺って偉そう?」

「は?どうしたんです突然。」

「チャンミンに言われたんだ。大人ぶってるって。」

「偉そうではないですよ!頼れる印象ってこと。こんな仕事してたら自信満々で臨まないと勝てません。僕は好きですよ。自信の裏には、それだけの準備があるわけですから。」

レオンさんは俺より若い。
チャンミンと同い年だが、人との接点が多いせいか、随分大人びている。

仕事のパートナーとして信頼でき、彼のアドバイスに助けられることは多い。

「はあ……。ご挨拶も仕事みたいに準備ができればいいんだけどな。」

「ガチガチに緊張してるユノさん見てみたいなぁ。ま、頑張ってください。」

「他人事だと思ってるだろ。」

「誰しも通る道です。男も女も関係ありませんよ。」

確かにレオンさんの言うとおりだ。

俺は無駄な脳内シミュレーションを諦め、当たって砕けろの精神で行くしかないと自分を励ました。


俺の実家訪問をチャンミンは渋々了承した。
乗り気でない様子から、俺がご両親に歓迎されないであろうことは目に見えている。

「この前家に電話しといたよ……。ユノ連れて行くって。」

「ああ……。ありがと。反応どうだった?」

「ん……。特には……。電話取ったの母さんだから。」

「お父さんは?」

「分からない。しばらく話してないんだ。ユノの話になると黙っちゃうから。」

情報不足どころか、マイナス情報のみ。

俺は丸腰で敵の本丸に乗り込まなければいけない。自分で言い出しておいて、今更後にも引けない。

「ユノ……?」

気づいたら無表情になっていたらしい。
チャンミンが俺をじっと見つめていた。

俺は無理に笑った。

「ねぇ。やっぱり行かなくてもいいんじゃない?どうせ結婚できるまで、まだ何年もかかるんだし。」

「大丈夫だよ。行くって言ったからには行くからな。とにかく挨拶だけはしておきたい。」

「うん……。」

そっと俺の胸に寄り添ったチャンミンの温もり。

苦しんで手にいれた俺の孔雀。
どんなに反対されたって、手離すわけがない。

「ねえ。折角日本まで行くんだから、楽しい休暇にしようね。」

「そうだな。露天風呂もあるし。」

「それか……。」

チャンミンはクスクス笑った。

多分チャンミンは俺より根性がすわっている。
何でも焦って終わらせようとする俺と違い、じっくり事を進めるタイプ。

俺とチャンミンの間にある時差を受け入れるのには時間がかかるが、不安な今は頼もしく思えた。

「俺達相性いいよな。」

「ん?僕とユノが?そうかな?ちぐはぐカップルじゃない。」

「……ちぐばぐ?夜の相性も抜群なのに。」

「またそれか!」

呆れ顔のチャンミンに緊張がほぐれた。

「明日からまた離ればなれだな。」

「来週には会えるでしょ。」

月曜からの仕事に備えて俺は先にドイツを出発し、日曜には日本に入る。

その週の金曜はチャンミンが取材を受けた番組の放送日だった。

「僕より先にユノが観るんだね。」

チャンミンは嫌そうな顔をした。

「チャンミンのかっこいい姿、堪能しておくよ。編集長に録画頼んだから、チャンミンもすぐ観れるって。」

「最終的にどんな編集になってるか不安。」

「実況中継しようか?」

「結構です。」

「チャンミン。来週日曜の朝日本に着くだろ?羽田まで迎えに行こうか?」

「そんなのいいよ!ホテルくらい自分で行ける。ゆっくりして待ってて。」

チャンミンは自分で行きの航空券を手配した。

日本での休暇のアレンジは俺が全てしたのだから、航空券くらいは自分で持つのだと言い張った。

日本に居た時もそうだ。
新幹線のチケットを俺が手配しようとしても、首を縦に振らなかった。

チャンミンの今の給料はお世辞にもいいとは言えない。
生活するだけで精一杯。

正式に結婚していなくても俺にとっては奥さんみたいなものなのだから、頼って欲しいのが正直なところだが、チャンミンは頑なだった。

「ユノは土曜から休みでしょ?」

「ああ。レオンさんも土曜まで滞在するから、東京案内でもしようと思ってる。」

「ずっと同じホテル?」

「そ。広めのダブルルームにしたからチャンミンが来ても余裕。」

「そんな部屋に泊まれるなんて、ユノの会社って儲かってるなあ。職人の世界と大違い。」

「さすがに土曜日からの分は自己負担だぞ?」

「そりゃそうでしょ!」

チャンミンがちぐはぐカップルと言ったのは金銭面のことか?
引っ掛かる言葉だったが、その時はあまり気にしなかった。


出発の日、朝からチャンミンはいつもよりテンション高めだった。

俺が長期の出張に行く時は少し口数が減るが、今回は後で合流できる。それが楽しみなのかと自分本意に想像し、俺の気持ちは浮わついた。

ご両親への挨拶も、愛しいチャンミンが隣に居るなら頑張れそうだ。

俺は、空港までの道すがら、ハンドルを握るチャンミンの頬にキスしまくった。

「危ないって!」

「いいだろ。1週間できないんだ。」

「もう少しで着くからちょっと待ってて!」

駐車場に車を入れるやいなや、俺はチャンミンの後頭部を掴んで引き寄せ、唇を合わせた。

「んっ……。」

首を傾けて密度の高いキスを求める俺に、チャンミンも応えて抱きついてきた。

何度も角度を変え、淫靡な水音をたてて求め合い、最後はきつく抱き合った。

「ロビーまで見送りしなくていい?」

「いや、ここでいい。レオンさんと待ち合わせてるから。」

「わかった。じゃあ、気を付けて。」

「チャンミンも気を付けて。羽田に着いたら連絡しろよ?」

「はいはいはい。」

チャンミンは目をそらし、邪険に手を振って俺を送り出したが、耳から首まで、笑えるくらい真っ赤だった。





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シムドールは今日も憂鬱 おわりに

シムドールは今日も憂鬱
おわりに



新年お年玉企画として、短いおバカファンタジーを書こうと思い立って始めたシムドール。

なんやかんやで長くなりました。
しかも、まだ書ききれていない展開がいくつか……。

とは言え、シムドールがチャンミンになって久しいため、これにて一旦区切ります。

チャンミンセンイルなのに、ユノユノ王子の誕生日プレゼントになってしまうと言うふざけた最終話。

こんなはずじゃなかったんだけどな……。
途中で寝込んだ時に妄想炸裂して、軌道を外れました。

コブ初、最終回の構想が崩れた作品(笑

お付き合いいただき、ありがとうございました。


美しく聡明でかっこいいチャンミン。
お誕生日おめでとうございます。

ぶっとんだキャラに描いてばかりでごめんなさい。ユノほどじゃないので許して欲しい。
心底崇めているのです。本当は。

心から、生まれてきてくださってありがとう!と伝えたいです。



さて、次も新作を書く予定でいるのですが、まだ原稿が進んでおりません。

年度末に向けてお仕事もハードを極めておりますゆえ、ちょっとお待たせしてしまうと思います。
3月にはスタートしたいです。

それまでは、「釉薬のさえずり」を宜しくお願いいたします。


今日は月曜日。
牛のように働かねば。

元気に1週間頑張りましょうね!

ではまた、夜のさえずりにてお会いします。




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シムドールは今日も憂鬱 41

シムドールは今日も憂鬱
41(最終話)



愛に溢れて揺れる城。

シンドンは大きなゆりかごの中で、今だかつてなく深い眠りに落ちた。

「ふごー……………………ごっ……ふがっ……。」

いつもより無呼吸期間は短く、十分な酸素を得たシンドンの脳は、大きなホールで「きゃーきゃー」言われながらスーパーなショーを繰り広げる夢を見た。

イェソンはウクたんの小さな手を握りながら世界偉人伝を読み聞かせしているうちに、ふわふわした気持ちになって目を閉じた。

「あれ?おいたん……?寝たの?」

ウクたんは、おいたんの白い頬をそっと撫でて、腕に寄り添って眠った。

各々が長い夜を堪能した結果、婚礼の朝は全員寝坊した。


「やばい!婚礼の準備が!!起きてくださいー!!!」

イェソンはウクたんを抱きながら寝室を回って叫んだ。

城の庭にはすでに人が集まり始めている。
隣国SMカントリーの国王やTBの母をはじめとした招待客もそろそろ到着してしまう。

「いやぁー!大変だわ!早起きしてカスミ草の花輪を作ろうと思っていたのに!」

イトゥク様は焦って花壇に走り、せっせとカスミ草を摘んだ。

チャンミンは昨夜の余韻でフラフラだった。立つこともままならない。

シンドンに抱えられてスパで身体をピカピカに洗い、なんとか婚礼衣装に着替えた。

城のチャペルでチャンミンを待つ王子は、真っ白なシルクのスーツに深紅のグラジオラスのコサージュを挿して招待客をもてなした。

「ユノユノ王子。相変わらずの美しさと精悍な眼差し。お妃も相当な美人とお伺いしました。」

美男美女に目のないSMカントリー国王は、ワクワクした顔で王子に挨拶した。

「イ・スマン国王。チャンミンの美しさは、SMカントリーのどんな美人にも勝りますよ。」

「それはそれは。楽しみですな。是非ハネムーンはSMカントリーにいらしてください。盛大に歓迎します。」

この時イ・スマン国王は、美人で溢れるSMカントリーの誰よりチャンミンが綺麗などとは信じていなかった。

後に彼がシムフィギュアとユノユノフィギュアを何体も大人買いする人形店のVIP顧客になろうとは、人生は分からないものだ。

TBの母は、TBちゃんを抱いて参列した。
身体が大きいからと後ろに座ろうとするのを王子は許さず、最前列で歓待した。

「レッドオーシャンのサメさん達は、TBワールドを守ってくれました。私達はずっと、あなた方への感謝を忘れません。」

シウォン様は、TBの母を隣に座らせて胸ビレをぎゅっと握った。

「そうですよ。TBワールドはレッドオーシャンなしには存在しません。これからは、親交を深めましょう。」

「きゅきゅきゅ♪」

母の膝、というか腹でTBちゃんはご満悦だった。

式の開始時間ギリギリになって、薄いピンクのスーツに身を包んだチャンミンが、シンドンにおんぶされてチャペルの扉にたどり着いた。

その後を追い、「ヒーフー」と息を弾ませたイトゥク様が走ってきた。

「ま、間に合った……。」

カスミ草の花飾りをふわりとチャンミンの頭に載せ、イトゥク様は微笑んだ。

「自慢のお嫁さんだわ。綺麗よ。」

「イトゥク様……。」

「母と呼んでちょうだい、チャンミン。もう、親子になるんですから。」

「お母様……。」

くすぐったい、懐かしい感情。
早くに両親を亡くしたチャンミンは、忘れていた母の温もりに心震えた。

「お母様!」

チャンミンの頬を伝う涙を、イトゥク様はそっと拭った。

「ああ……駄目よチャンミン。ほら笑って。笑ってるチャンミンが可愛いんだから。」

王子に何度も言われた言葉だった。
愛する王子の母上なのだと思うと、チャンミンはイトゥク様がいとおしかった。

鬼嫁とか呼んでてごめんなさい。
心の中でこっそり謝った。

「さ、行きましょう。私が支えるわ。」

チャペルの扉が開いた瞬間、参列者は息を呑んだ。

マリンブルーのドレスに身を包んだイトゥク様と、その横で恥じらいながら唇を噛んだチャンミン。

後光がさしているかのように美しい2人。

「なんと……美の化身か?信じられない……ま、負けた……。」

イ・スマン国王の独り言をキャッチした地獄耳のシウォン様は、にやりと笑った。

王子のもとへと歩き出そうとして、チャンミンはふらついた。

「きゃっ!」

参列者から小さな悲鳴が漏れる。

王子は迷うことなく、2人に歩み寄った。

「母上。ありがとう。チャンミンは私に任せてください。」

チャンミンの頬を撫で、その手を腰に回し、王子は軽々と抱き上げた。

「きゃあん!」

今度は黄色い悲鳴が参列席から上がった。

抱っこされたチャンミンは、恥ずかしさのあまり王子の首にしがみついて顔を埋めた。

颯爽と歩く王子と、可憐に俯いて抱かれるチャンミン。
誰もがため息を漏らして見とれた。

参列席の端に居たキュヒョンは呟いた。

「これも、売れる……。」

実際、シム&ユノユノフィギュアのウェディングセットはバカ売れした。
イ・スマン国王は500セット購入し、国中の美容整形クリニックに飾らせた。

シムフィギュアシリーズは人形店の代名詞。
肖像使用料と称して売上の10%をチャンミンに上納する羽目になっても、店は大いに潤った。


式の間中、王子はチャンミンを抱き上げていた。

「今日はずっと抱っこしててあげる。」

「王子……。」

スーツ姿の男らしい王子の胸に抱かれ、チャンミンの胸の高鳴りは止まらない。

誓いのキスは、触れるだけの優しいもので、「もっと」と言いそうになってしまった。
シウォン様も、物足りず貧乏揺すりした。

しかしそこはさすが自慢の息子。
ユノユノ王子はすぐに父の期待を満たしてくれた。

式の後、人々の集まった庭に面したバルコニーに現れた王子とチャンミンが交わしたキスは、それはそれは長くて熱いものだった。

何人かの女性は失神し、男達は内股になった。

「チャンミン。リトルユノユノが大変なことになっちゃった。」

「もう。王子ったらこんな時まで!」

ビッグユノユノは、抱き上げられたチャンミンのお尻に当たっている。

「このまま部屋に帰ろうか。続きがしたいな。婚礼に備えて昨夜は欲望をセーブしてしまったから。」

え?あれで……?

チャンミンは若干引いた。
昨夜が王子の本領発揮でなかったなら、俺の身体はこれからどうなってしまうのか。

「で……でも、パーティーに参加した方が良くないです?」

「チャンミン。私はパーティーより、誕生日プレゼントが欲しい。」

「誕生日って?」

「今日は私の誕生日なんだ。」

「は!?どうして言ってくれなかったんですか!プレゼントも用意してないし!」

王子はキラキラした瞳でチャンミンを見つめる。

「え……と……じゃあ……。」

「うん。」

「プレゼントは……僕……でいいですか?」

王子はペロリと舌を出して唇を舐め、群衆に会釈すると、ベッドまで一目散に走った。


庭では夜遅くまでパーティーが催され、人々はダンスと食事を楽しんだ。

その日のチャンミンの声は甲高く響き、王子の高速連射で城は震動5の揺れを記録したが、ダンスに興じる人々の笑い声とステップが、都合良くかき消してくれた。


チャンミンは、これからも数日おきに不自由な朝を迎えることになる。

でもそれは甘ったるい憂鬱。

「こんな憂鬱なら、まあいいか。」

チャンミンの手をしっかり握って、あどけない顔で目を閉じた王子。

チャンミンはいとおしいその手を握り返した。

「おやすみなさいユノユノ王子。」

「ん……おやすみ…………シムドール……。」


「むっ……。」



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いつの時代か、昔むかしか、はたまた未来か、花と緑に溢れた惑星に、美しく聡明な王子と、妖艶と可憐を併せ持つ妃の住む、TBワールドという小さな国がありました。

2人はいつも一緒。
純粋で勤勉な王子と、傍らで俯いてはにかむ妃は、人々の憧れのカップル。

でも王子には、妃だけが知っている夜の顔がありました。そして妃には、王子もまだ知らない秘密が。

でも大丈夫。
2人の愛はレッドオーシャンより広く深い。

TBワールドはいつだって、笑顔と幸せの溢れる国なのです。

そんな場所に心当たりがあるのなら、あなたはもしかして、TBワールドに足を踏み入れたことがあるのかもしれません。

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テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Author:コールドブリュー
東方神起 ユノとチャンミンが大好き。
脳内妄想をこっそり綴っています。
ホミンのみ。

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