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正中に放て 弓道編 23

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正中に放て
-弓道編-
23


試合は同点でも、チャンミンの気持ちは晴れやかだった。

後半は純粋に弓に集中することができたし、連続で皆中を出すことができた。鬼頭の暑苦しい視線に乱れることなく平静を保てたのは、ユンホが見守っていてくれた影響が大きかった。

同じ空間にユンホが居る。
それだけで大きな安心感があった。

「チャンミン君!めちゃくちゃかっこよかった!すごく綺麗だった!」

挨拶と片付けの後、道場の外で深呼吸していたチャンミンにユンホが駆け寄って褒め讃える。

「えへへ。ユンホ君のおかげですよ。ありがとう。」

「僕?僕は何にもしてないよ?」

「ううん。たくさん力になった。」

顔を赤らめたチャンミンにユンホはドキドキした。

可愛い……。
ちゅうしたくなっちゃう可愛さ。
手を前にしてにぎにぎするなんて、反則技だ。

「ちゃ、チャンミン君。」

「ゆ……ユンホ君……。」

やだ。
これ、抱きしめられちゃうんじゃない?
チャンミンはユンホの胸板の感触を待って、トクトク鼓動する胸を押さえた。

が、抱きしめられちゃったのはユンホの方だった。

「ほげっ!」

「ユーーーノーーー!!会いたかったぁーー!」

突如横から突進してきた超ミニスカートにアイドルみたいなロングヘアーをなびかせた少女。

体当たりされて地面に転がったユンホにしがみついてボロボロ泣いている。

「えぇーっ!サランちゃんどうしたの!?」

涙目でユンホを見つめる少女の肩を掴み、ユンホはぱちぱち瞬きしている。

サラン。
なるほど、なるほど……彼女か。
いや、なるほどじゃねえ!

ソウル在住の彼女が何故ここに!

口元をひきつらせたチャンミンの目前で、ミニスカ女子は泣き出した。

「パパにお願いして飛行機で飛んできたの!もう、ユノに会いたくて死んじゃうかと思って!」

ユンホはサランを抱き起こして、驚きながら頭を撫でた。

「……ぼ、僕だって会いたかったよ。」

「嘘!たまに連絡くれるだけのくせに!」

「ほんとに忙しかったんだ。ほら、今日も部活だったし。」

「もう終わったんでしょ?」

「うん。」

サランはユンホの手を握って涙目で見上げ、長い髪をふわりと揺らした。

「明日の午後の便で帰るから、それまでずーっと一緒に居て?」

チャンミンは魂が抜け、あんぐり口を開けてここまでの光景を傍観していたが、同じく口をあんぐり開けた虎之介の登場によって、1/5ほど正気を取り戻した。

虎之介は小声で話しかける。

「おいっ。チャンミン大丈夫か?カカシみたいな顔してるぞ?」

「はあー。」

「わっ。魂抜けかけてるやないか……。試合見学してたら美脚美女が現れたから何者かと思ってたら、ユンホの彼女か!?」

韓国語でなされる会話を理解できなくても、抱きつかれているユンホと甘えるサランの表情から、虎之介にも仲は一目瞭然。

「……そのようですね。明日までずーっと一緒にイチャイチャしたいと言ってます。」

チャンミンはとんだ意訳を伝え、冷たい空気を全身から発し出した。

大変や。ラブラブやと!?
俺のプランが崩れてしまうやないか!

ユンホにはチャンミンとラブラブしていただいて、歌子ちゃんの手の届かないボーイズラブの世界に旅立ってもらおうと思っとったのに。

虎之介はユンホにわざとらしい満面の笑みを向けた。

「おー、ユンホ!もしかして彼女か?紹介してや。」

「あ、とらちゃん来てたの!こちら、ソウルから来たサランちゃん。えっと、この2人は親友の虎之介君とチャンミン君だよ。」

「はじめまして!ユノがお世話になってまぁす!」

片言の日本語で挨拶するサランは可愛いが、チャンミンは銅像みたいに身動ぎ1つしない。

「ゆ、ユンホ!彼女が来て嬉しいやろけど、外泊は禁止やで。」

「そうだよね……。」

ユンホも少々焦った様子でサランに今日は帰るよう伝えたが、サランは泣いてぐずり出してしまう。

オロオロするユンホの姿に、チャンミンの心はますます固くなった。

「明日は1日デートしよう?ね?ホテルどこ?迎えに行くからさ。帰りの飛行機まで、ずっと一緒に居るよ。」

「ユノの部屋に泊まるつもりだったからホテルなんて取ってないもん!」

「ええ!寮は駄目だよ。部外者は入れないんだ。」

「部外者って何よ!未来のお嫁さんなのにー!」

何を言っているか分からない。
通訳を求めてチャンミンを振り返った虎之介は肝を冷やした。

あかん。
チャンミンの目が殺し屋みたいになっている。

修羅場や……。
ユンホを巡る修羅場がここでも……。
虎之介の笑顔は激しくひきつった。

虎之介の焦りを無視し、神様は火に油を注ぐ事態をもたらした。

鬼頭がチャンミンに歩み寄ったのだ。

「チャンミン……今日の射を見て、俺は確信した。やっぱり俺は、お前が好きだ!」

「ひぇっ……。」

チャンミンの手をがっつり握りしめて鬼頭が迫る。

「ききき、鬼頭君!もう帰らないと。ほら、西園寺のバス出ますよ!」

「俺は今日は大阪に泊まる。父親の経営してるホテルがあるから。だから、明日、デートしてくれないか!前は俺が焦りすぎて突然キスなんてしてごめん。もう一度、初めからやり直したい!」

やり直すも何も、君とは何も始まる予定はないぞ。

チャンミンは鬼頭の手を振りほどこうとして、全く同じ姿勢で言い寄られているユンホと目が合った。

むかつく。
この状態で、赤ずきんちゃんを守るどころか女子に手を握られているユンホ。
何が狩人だ。
子犬みたいな目をしやがって。

チャンミンは鬼頭に微笑んだ。

「いいですよ。デートしましょう!」

「ええーっ!」

驚いたのは虎之介。
ユンホは目を見開く。

「ただし、そこの美少女に今夜の宿を提供してあげてください。」

鬼頭は飛び上がって喜んだ。

「そんなのお安いご用だ!チャンミンのお願いなら、ホテルを貸しきったっていい!どうせだからチャンミンも泊まらない?」

「残念ながら外泊はできませんので。では、明日また。」

呆然とするユンホ達の視線を置き去りに、チャンミンはすたすたと寮へと歩いて行った。


部屋に入り、チャンミンはベッドにダイブして、ひとしきり枕を殴った。

「アホ!アホユンホ!おバカ!バカバカ!!」

殴り疲れて顔を埋めていると、アホのユンホが帰って来た。

「チャンミン君……良かったの……?鬼頭君とデートなんて。」

ベッドに突っ伏して返事をしないチャンミンに近寄り、子犬のような目で座り込んだユンホにチャンミンは厳しい目を向けた。

「……彼女はもうお帰りで?」

「う、うん。鬼頭君がホテルに連れて行ってくれた。」

「ふん。そうですか。残念でしたね、一緒に一晩過ごせなくて。」

「それは別に……それよりも、チャンミン君は……。」

「ふん。俺だってたまにはデートくらいしてみたいんですよ。」

「そ、そうなの?なら……いいけど……。」

「ああっ!もう!試合で疲れてるから1人にしてください!」

ユンホは項垂れて部屋を出ていった。

いいわけがない。
鬼頭とデートするくらいなら、シウォンとデートする方がいい。

動転したのか、対抗心か、デートを受けてしまった自分とユンホ、両方への苛立ちでチャンミンは苦しかった。

「バカ……。」

チャンミンは食欲もわかず、すすり泣いて夜を明かすのだった。






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テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

SPY in the attic 8

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SPY in the attic 8



国外の秘密情報を扱うMI6に対して、MI5は国内の情報を扱う内務省管轄の保安局。

そのMI5が何故イアンをスパイだと?
半年も前に?
どうしてMI5が出てくるのか分からない。

ユノはイアンが残したノートをめくった。

「当時、イアンは外務省職員を疑い始めています。奴が疑われていることに気づいたとしても、MI5には何の関係も……。」

いや、待てよ。
セバスチャンか。

発覚を恐れた外務省職員が、仲間のセバスチャンを通じてMI5の管轄大臣である内務大臣に相談したなんてことは……。偽情報を流してイアンを陥れるには、MI5はうってつけだ。

ユノはこめかみを押さえた。

馬鹿げている。それじゃ、内務大臣までグルになってしまう。

「おい、ユノ。何を考えてる。情報が足りない状況での憶測は良くないぞ。」

マシューが肩を掴んで妄想から引き戻した。その通りだ。情報が少ないと、真実を見誤る。

「外務省を調べている2人から何か報告はありましたか?」

「仕事上で怪しい点がないかはまだ調査中だ。ただ、やたらと羽振りがいいらしい。」

「怪しいですね。」

金に目がくらんで情報を流しているのか。

「2冊目のノートはどこに。敵の手に渡っていないといいが……。」

ベンが呟いた。

マシューは長官とMI5へ出かけ、ユノとベンはノートの行方の手がかりを求めてMI6内を走り回った。

さすがに眠気に襲われてアパートに戻ったのは夜だった。

アパートのキーをポケットから取り出して階段を上ったユノは、ドアの前に置かれた紙袋に気づき足を止めた。

「くそ……。」

マックスはもう会わないつもりか。
服を受け取って、この出会いを無かったことにするなんてできない。

内務大臣やセバスチャンとの繋がりがあるマックスは、最早偶然出会っただけの男娼ではない。

調査対象。

マシューにもベンにも言えないままの彼の存在は、自分が調べるしかない。
ユノは紙袋を掴んで車を走らせた。

パディントン駅周辺は夜でもまだ往来が多かった。マックスの家の前の道に差し掛かり、ユノは見覚えのある黒い車を目にして咄嗟にハンドルを切るのをやめた。

スーツ姿の男性2人が乗っている。
先日ユノを追ってきた2人と同じかは定かでないが、確かに車はあの時のものだ。

「なんでまだこんなところを張ってるんだ……。」

道路の反対側から様子を窺うが、男達は談笑している。スパイらしからぬ雰囲気に、ユノは首を捻った。

KGBでないのは確実だ。
緊迫感に欠けている。

「あいつらも調査する必要があるな。」

コーヒーとサンドウィッチ片手にマックスの家の前の通りを眺めている男達の視線を横目に、裏道に入って車を停め、ユノはビルの間を抜けてアパートの外階段を上った。屋根登りはすっかり慣れたものだ。

「煙突掃除人にでもなった方がいいかもな。」

音もなく屋根を伝い歩き、マックスの部屋の中を覗く。部屋は暗闇で、人影はない。
窓の鍵は開いていた。

滑り込んだ屋根裏部屋には、ユノの唾液を刺激する料理の匂いが充満していた。
下のキッチンから物音がする。

階段が軋みそうで階下に行くのは躊躇され、ユノは紙袋を窓際に置くと、ベッドに腰掛けた。

ラベンダーのサシェが枕の中に忍ばせてあり、鼻を寄せると仄かに香る。
自分のプレゼントした香りに包まれて眠っているとは、随分いじらしいことをしてくれるものだと、ユノは嬉しくなった。

「眠いし……腹減ったな……。」

ユノは横になって階下の音に耳をすませていた。日常生活の音が、荒んでいたユノの心に染みた。

うとうとしかけた頃、ギシギシと階段を踏む音がして、マックスが屋根裏部屋に入ってきた。

真っ暗な部屋の明かりをつけることなく、デスクに置いてあったシガレットケースを掴む。

窓からの薄明かりにぼんやり浮かんだ紙袋を見つけ、マックスは窓に駆け寄った。
バンっと大きな音をさせて開き、身を乗り出して辺りを見回す。

面白い。
ユノはこみ上げる笑いを必死で殺し、肩を震わせた。

だが、愉快な震えは、マックスの次の行動で愉楽の身震いに変わった。

マックスは紙袋からユノのシャツを取り出し、ため息を吐いた後、俯いてぎゅっと抱き締めたのだ。

心臓を掴まれ、息が止まった。
マックスの表情は分からなくても、ユノが居なくて落胆しているようにしか見えない。

「ユノ……。」

か細いマックスの呟きは、ユノに確信を与えた。

そんなに寂しそうな声で名前を呼ぶのか。
ベッドから飛び起きて、ユノはマックスを背後から抱き締めた。

「ひっ!」

一瞬ひきつったマックスは、すぐにユノだと気付き、烈火の如く怒り始めた。

「心臓止まるかと思っただろ!窓から出入りするのも、勝手に潜むのもやめてくれない!?」

ジタバタしたって、さっきの可愛い様子は全て見させてもらった。ユノはマックスが愛しくて堪らなかった。

「鍵開けて待ってたんじゃないのか?」

「ちがっ……開いてたのはたまたまだよ!」

「俺が居なくて寂しそうだったくせに。」

振り向かせて見つめたマックスの瞳は潤んでいた。薄明かりでも、彼の大きな瞳は煌めく。

ユノは夢中でキスした。

「ユ…ノ……。」

「ん……はぁ……。」

甘くてとろけそうなキスは、客とするものとは違うはず。ユノはそう信じた。

内務大臣に抱かれたマックスの身体の線の細さを抱擁した腕に感じれば感じるほど、ふつふつとぶり返す嫉妬と嫌悪感。

だが今はそれを表に出すタイミングではない。
ユノはマックスの髪を優しく撫でて、甘えてみせた。

「お腹すいた。何か作ってた?」

「シチューでよければ一緒に食べる?」

マックスはユノの手を引いてキッチンに降りた。

小さなダイニングテーブルの上にシチューとバケットを用意し、向かい合って座る。

「どうぞ。召し上がれ。」

口に入れると、野菜の甘味が広がり、ユノは思わず微笑んだ。

「美味しい。すごく美味しい。」

「ふふ。良かった。」

すぐに完食してしまった皿にシチューを注いでくれるマックスの細い腰に目を奪われつつ、ユノは室内を観察した。

キッチンは調理直後にも関わらず無駄なものが置かれていない。良質な調理器具が壁に整然と並んで、小さなレストランのようだ。

食器はシンプルな白だが、ウェッジウッドのボーンチャイナ。カトラリーはミントンで統一されている。

「随分いいものが揃ってるんだな。」

バケットをシチューに漬けて頬張ったマックスは、眉を少し下げた。

「品定めしないでよ。貰い物。」

プレゼントかよ。プレゼントがこんなに統一して揃えられるなんて、随分入れ込まれている客が居るのだろう。

ユノは表に出そうになる嫉妬をシチューと共に飲み込んだ。

食後はコーヒーをポットに入れて屋根裏に持ち込み、煙草をくゆらせながら好きな音楽とか食べ物とか、どうでもいい話をした。

屋根裏部屋のデスクチェアにユノが座り、膝の上にマックスを横抱きする窮屈な姿勢が、くすぐったくて楽しい。

「ソファくらい置いたら?」

「要らないよ。1人だしベッドで十分。」

「俺は?」

「はぁ。入り浸るつもり?」

「当然。俺は君に目をつけた。絶対逃さないからな。こうなったらMI6の意地を見せてやる。」

「深入りしないでって……。ろくなことないよ。」

「抱きつきながら言っても説得力ゼロだぞ。」

長めの襟足をよけて首筋にキスを落とすと、マックスは肩をすくめてふっと笑う。

清純な少女のような微笑みに見とれてしまう。

ユノは身体だけじゃなく、マックスの心に深く入りたかった。敢えて早急に求めず、恋人みたいな時間を過ごした。





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正中に放て 弓道編 22

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正中に放て
-弓道編-
22


試合は、5人立の射手が4射ずつを5回放ち、合計20射の的中数を競う。

練習試合と言えども、東高と西園寺学園は日本のトップを競う強豪同士。2、3年生からは怖いほどの気迫が溢れていた。

その日の大河は意気込みを静かなオーラに変えて纏い、冴え渡る弓を引いた。

だが、他のメンバーは気迫が空回りしていた。日下部とチャンミンは2中。大前の先輩の調子が悪く、残念(1本も中らないこと)を出したこともあり、西園寺学園に大きく遅れを取った。

2回目の立(たち)まで、皆中を続けていたのは大河だけ。

ユンホにとって団体戦の試合を見学するのは初めてのことで、落ちを担う大河の強さを痛烈に感じていた。

最後を担う、落ちはかっこいい。

前の選手が外した時の、矢が安土に刺さる「ドスっ」という音や、手前で落ちてしまった時の「カシャン」と鳴る音は、少なからず気持ちを沈ませるはずだが、大河の射は常に変わらない。

的中で上回る西園寺学園の射と比較しても、大河の弓は美しかった。


看的小屋でユンホは、一緒に入った九条に大河のかっこよさを夢中で語った。

「まぁ、確かにかっこいいけどさ。俺様感がないか?俺は日下部先輩の弓のほうが好きだな。」

「そっか。龍君は日下部先輩派なんだねー。」

「お。おう。」

九条は照れていたが、ユンホは男子の恋には疎く、九条の変化を気に留めず会話を続けた。

「ねえ。龍くん。西園寺学園の人達は、離れが早いよね。」

九条も同じ感想を持っていた。

「そうだな。的に中てにいってる感じがする。」

「僕が弓道でかっこいいと思うのは、会と離れなのに。なんかやだなぁ……。」

◯とXの書かれた看的板を回して結果を表示しつつ、ユンホは口を尖らせた。

矢は力強く放たれているし、型もみんな綺麗ではあるが、大河の離れに感じる、満を持した清々しさがない。

「チャンミン君も言ってた。会が1番好きだって。」

九条はふんっと鼻息を吐き、隙間からチャンミンを覗く。九条はユンホとは嫌そうな顔をしつつもよく話すようになっていたが、チャンミンとは、いまだに距離を保っていた。



試合は後半に入り、残り8射。チャンミンは調子が上がっていた。

この立はまだ外していない。
これが中れば皆中。

チャンミンの真っ直ぐ均等に開かれた肩甲骨と肘。チャンミンの容姿そのままに、美しい型。


「パン!」

高い音を発して矢が的を射抜いた瞬間、ユンホはぶるっと震えた。

「よし!」

大河が声を上げ、皆が拍手する。
チャンミンは微かに笑った。

その横顔の可愛さにユンホは釘付けになった。胸がドキドキする。

なんだろこれ。
すごく、変な感じ。
顔が熱い。

ユンホができないことを粛々とやってのけるチャンミンへの尊敬のようで、しかし同時に時折見せる無防備な笑顔への憧れのような。

チャンミンに見入る鬼頭と同じく、ユンホも知らぬうちに頬が染まっていた。

「龍君、僕熱あるかな?」

九条の手を勝手に掴んでおでこに当てるユンホをぺしっと叩き、彼は日下部を真剣な眼差しで見つめ続けていた。

「熱なんかねえよ。それより……日下部先輩、体調悪いのかな……。」

「ほんとだ……。辛そう。目が潤んでるね。先輩こそ熱あるんじゃないかな。」

チャンミンが皆中した4回目の立で、日下部は1中のみだった。

的前から下がり、弓を置く日下部に九条が話しかけた。

「先輩……大丈夫ですか?」

「うん。」と微笑んだ日下部の横に大河が立った。

「香月。交代しろ。」

「大丈夫だって。残り1回だけだし、できるよ。」

「いや。2年に交代させる。」

「大河やらせてよ!ここで交代なんて、次の子にもプレッシャーじゃない。」

大河は日下部に耳を貸さず、交代を言い渡した。

日下部は納得いかず顔を歪め、それでも後輩を見守ろうと壁際に正座したが、大河はそれも許さなかった。

「そんな顔で座ってられても気が散る。今日はもういいから寮に戻れ。」

「ちょっと大河先輩!あんまりですよ!」

九条が食って掛かった。

「いいよ。分かった。」

俯いて道場を出る日下部を九条が追いかけ、寮まで付き添って行くのを、ユンホはハラハラして見守った。

「大河先輩……いいんですか?」

ほんとは大河先輩は、日下部先輩を自分で介抱したいんじゃないのかな。
ユンホは、日下部の後ろ姿を見送る大河を心配した。ユンホには、不思議と大河の心が分かる。

大河はユンホの肩をぽんと叩き、少し寂しそうに微笑んだ。

「大丈夫だユンホ。香月の分まで、俺が的中させる。」

体調の悪い日下部に、きっと大河は誰より早くから気づいていたはず。
だから、1射も外してない。
大河のオーラは、西園寺学園への対抗心よりも、みんなの分まで自分が支えようとした気迫だ。

「やっぱり先輩はかっこいいです。」

呟いたユンホの頭を、大河はぐしゃぐしゃ撫でた。

「全然駄目だよ。最初から引かせるべきじゃなかったのに、香月に頼ってしまった俺の判断ミスだ。でも、ありがとな。分かってくれて。」

「大河先輩、20射全中してくださいね。西園寺と、5本も差があるけど……。」

「ああ。任せろ。しっかり見て勉強しとけ。」

大河は部員を集めて円陣を組んだ。

「次で最後だ。西園寺学園は15射は中ててくるだろう。5射の差は大きい。全員が皆中しても同点。それでも、諦めずにいつもの弓を忘れるな。東高の美しい弓道を見せよう。」

「はい!」

東高弓道部の一丸となった声が、道場にこだました。

西園寺学園の最後の立は、今まで通りのペース。4射目を前にして、11中。

ところが、最後になって乱れが生じた。
大前と中前が外したのだ。
鬼頭はそれまで毎回3中を維持していたが、悪い流れに支配され、最後の矢を外してしまった。

それでも落ち前と落ちが決め、13中で西園寺学園最後の立は終わった。


東高の立は、大河の気迫が全員に乗り移ったかのようだった。最初の3射は全員が的中。

だが3射目で、チャンミンの前の2年生が外した。もう後がない。1射でも外せば西園寺と同中。

チャンミンにかかるプレッシャーは大きい。

矢を番えた後、チャンミンは目を閉じた。
後方で見守るユンホも目を閉じた。

ゆっくりと「礼記射義」を心の中で唱えたユンホが目を開けると、チャンミンはもう引き分けに入っていた。

この射は中る。
放つ前から、ユンホには確信があった。

「綺麗……。」

喉の奥で、小さく呟いた。

「ケイン!」

弦音が響き、放たれた矢は緩やかな放物線を描いて的に吸い込まれた。
ユンホの気持ちも、一緒に吸い込まれたみたいだった。

皆中への拍手を忘れ、的前から下がって腰を落とし跪坐(きざ)をするチャンミンの背中から目が逸らせない。

チャンミンの細く薄い背中。
白い静寂の空気を纏った後ろ姿に、ユンホは見とれた。


「ああ……。」

隣に座っていた2年生の小さなため息で我に返ると、日下部の代わりに入った2年生が外してしまったところだった。

もう勝ちはない。
大河が中てても同点。

大河の会はいつもより長かった。
息を呑んでみなが見守る道場に、大きくしなった弓からギリギリとしなる弦の音だけがする。

鉄石相剋して火の出ずること急なり。
そんな離れだった。

「パン!」

20射全中。

大河は微笑み、東高のメンバーから大きな歓声があがった。

西園寺学園の生徒も、感動して拍手を送っていた。




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正中に放て 弓道編 21

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正中に放て
-弓道編-
21



さっきまでユンホの胸の中でおいおい泣いていたくせに、チャンミンは素の状態で抱き締められると叫んでしまう癖があるらしい。

「うふ。チャンミン君てほんと可愛いね。」

チャンミンをぐいぐい左右に揺らして抱き締めるユンホ。

それを、道場の外から歯ぎしりして見つめている影があった。

「ゆ、許さん……。俺のチャンミンを……。」

食堂に現れないチャンミンを探して校内をさ迷ったシウォンは、はらわたが煮えくり返る光景に遭遇してワナワナ震えていた。

「決闘だ。決闘を申し込んで、こてんぱんにしてやる……。」

更にその姿を後ろから観察していた虎之介は、にやけた。

「おもろいことになってるわ。チャンミンは可愛くてええ感じやし。シウォン先輩が競ってくれたら、ユンホもその気になるかもしれへん……。」

虎之介は、歌子に連絡を入れた。

『週末にうちの高校で弓道の試合あるから、観に来ない?』

すぐ返事があった。

『今週末は部活があるの!チャンミンのこと、しっかり監視しといてね!』

なんや……。
つまらん。

歌子に会えないことを嘆いた虎之介だったが、その代わり、海を渡って1人の女子がやってくることを、この時はまだ知らなかった。



次の日の早朝、一緒に道場の床を磨いているチャンミンとユンホの元に、大河がやって来た。

「おはよう。見事に綺麗だな。床に朝日が映ってる。」

「おはようございます先輩。練習ですか?」

「いや。」

大河はユンホの前に膝をつき、ぽんと肩を叩いた。

「ユンホ。今日から弓を引いていいぞ。」

「えーっ!ほんとですか!?」

「ああ。それと、1年生の代表はお前にする。」

「へ?」

きょとんとするユンホの腕をチャンミンが掴んだ。

「ユンホ君!凄い!」

「何が?どういうこと?」

「学年のリーダーは、将来の主将候補だよ!」

「へ!僕が!?」

「そうだよユンホ。お前なら安心だ。厳しくして悪かったな。」

大河の黒髪にオレンジの朝日が反射して、ユンホは見とれた。

「仲間を守ろうとする気持ちと、誰かを恨むことなく、みんなのために道場を磨く気持ち、どちらも持っているお前が、いつか主将になる日が楽しみだ。」

「僕が、大河先輩みたいに主将に……。」

「期待してるよ。あ、でも、いくらチャンミンを守りたいからって、猫パンチは駄目だぞ。」

ユンホとチャンミンは顔を見合せ、うふふと笑って肩を寄せた。

「はー。大河はいいとこ持ってくよねぇ。」

「あ。日下部先輩。おはようございます!」

日下部が拗ねた顔で道場に入ってきて大河を小突いた。

「大河ったら、最初からそのつもりだったわけね。」

「まあね。これは、個別のリーダー試験。」

「だったら僕には言ってよ!」

「香月に言ったら、すぐバラすだろ。お前は優し過ぎるんだよ。」

「バカ……。言ってくれたら喧嘩せずに済んだじゃない。」

「……怒った顔も好きなんだ。」

「も……もう!」

見つめ合う大河と日下部からピンクのオーラがむんむんと出ている。視線の絡まりに大人のエロスを感じ、ユンホは大きく目を見開いた。

「ゆ、ユンホ君!今日は掃除は終わりにしよう!」

チャンミンはユンホを引っ張って道場を後にした。ユンホはピンクオーラにあてられて興奮気味だ。

「大河先輩って格好いい!あんな男になりたい!僕、大河先輩を目指す!!」

「ユンホ君が……大河先輩に……?」

ユンホを大河に、自分を日下部に重ね、エロスたっぷりに見つめ合う姿を思い浮かべたチャンミンは、ぼんっと赤くなった顔を隠そうと、床を拭いていた雑巾で顔を押さえた。

「わ!間違えた!」

「ええーっ。チャンミン君何してるの!?」

「えっ。ちょっと鼻水が。」

「もう。雑巾で拭いちゃだめだよ。はい。ティッシュ。」

ティッシュも常に持っているのか!
ポケットをぽかんと見つめたチャンミンに、ユンホは少し赤くなった。

「女の子みたいかな?田舎のおばあちゃんに毎日言われてたから癖になっちゃって。ハンカチ持ったか、ティッシュ持ったか?って。」

「ううん。ありがとう。貰うね。」

「拭いてあげるよ!」

「ふがっ……やっ……やめて!」

ユンホとじゃれ合って歩くのはくすぐったい。
でも楽しい。
ウキウキして自然と笑顔になってしまう。

チャンミンは浮かれて、しばし忘れていた。
鬼頭のことも、ユンホの彼女のことも。



週末の土曜日、西園寺学園弓道部員を乗せた大型バスが東高の門をくぐり、道場横の駐車場に到着した。

出迎えた東高弓道部員一同に、西園寺学園の主将が挨拶する。

チャンミンの視線から、ユンホはすぐに鬼頭が分かった。

上下黒色の胴着袴を身につけた西園寺学園の中でも、際立って体格がいい少年。

高校生の域を超えた鬼頭の筋肉質な身体。筋トレを欠かさないユンホと比較しても、上腕も胸板も倍はありそうだ。

あんなのに細っこいチャンミンが襲われたら、とても逃げられそうにない。

「鬼頭君て、ごついんだね。」

チャンミンは驚いていた。

「前はあんなんじゃなかったのに。相当鍛えたのかな……。」

鬼頭は1年をかけ、チャンミンを負かす射手になり心を奪うべく、肉体作りから取り組んでいた。

挨拶が終わると、鬼頭はチャンミンに歩み寄った。

「チャンミン……久しぶり。」

体つきに似合わず、つぶらな瞳を潤ませて鬼頭は握手を求める。

おずおずと差し出したチャンミンの手を両手で握り、鬼頭は真っ赤になった。

「俺、あれから頑張ったんだ。今日は負けないから。」

チャンミンの手を離す気配のない鬼頭に、ユンホは握手を求めて引き剥がした。

「はじめまして。東高1年生のユンホです。チャンミン君とは寮が同室なんだ。」

「ど、同室!」

鬼頭の分厚い唇がひきつる。

「鬼頭君、試合に出るんだってね。すごいな!僕はまだ初心者で、的前に立ったことなくて。勉強させてね。」

ユンホの屈託ない笑顔に、鬼頭はほっと表情をゆるめた。

「お、おう!」

それぞれの主将から掛け声がかかり、鬼頭から離れてチャンミンははあーっと息を吐いた。

「大丈夫?」

「うん。大丈夫。」

ユンホが気にかけて見ていてくれる。
鬼頭の存在は億劫なものではあるが、チャンミンは案外落ち着いていられた。

ユンホは2年生の先輩と共に西園寺学園の一同を案内し、試合の準備に勤しみながら、鬼頭から視線を外さないようにしていた。

チャンミンは高等部に入ってから初めての試合だ。落ち着いてみえても、きっと緊張している。雑音に惑わされず、弓に集中させてあげたいとユンホは願った。

試合が始まる前、ユンホは最後まで巻藁練習をしていたチャンミンに声をかけた。

「チャンミン君。」

「なに?」

「何も考えなくていいけど、もし集中できなくなったら、目を閉じて一緒に礼記射義を暗唱しない?」

「一緒に……?」

「うん。心の中で。チャンミン君が目を閉じたら、僕も一緒に唱えるから。」

チャンミンはユンホを見つめ、瞳を揺らした。

「うん……。分かった。」

「抱き締めたいんだけど、今抱き締めたら叫んじゃう?」

「だ、抱き締めなくていい!」

「なんで。応援のハグだよ。」

「結構です!」

道場に戻ろうとするチャンミンに手を伸ばし、ユンホは矢尻を薬指と小指で握っている右手をきゅっと握った。

弓懸をしていてユンホの手の温もりは伝わらなくても、チャンミンにはその思いやりがしっかり伝わった。





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ジャンル : 小説・文学

SPY in the attic 7

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SPY in the attic 7



ユノは努めて冷静に振る舞った。

「内務大臣とセバスチャンは?あれから接触しましたか?」

「いや。接触なしだ。でも伯爵と書斎で何か話していた。」

「内務大臣と懇意なのはセバスチャンじゃなくて父親の方ってことですか……。」

「伯爵は貴族院の重鎮だ。政治家同士、話し込むこともあるだろう。」

「そうですね……。」

ユノは2階の部屋を見ないようにしていた。見たら最後、部屋に押し入って大臣を殴り、警察に突き出してしまいそうだ。

こんな状態じゃ、マックスだって相手にしてくれるはずない。
大人になれ。
マックスの言う通り、プラスのことなんて何もない。マイナスの感情に振り回されて、我を失いそうな自分を押し止めた。

「これ以上ここに居ても収穫はなさそうだな。」

酔っ払った若い男女のグループが庭に出て鬼ごっこを始め、マシューは呆れてため息混じりだ。

「そうですね。俺達の顔がセバスチャンに割れてないってことは、イアンはMI6の情報を裏に流していないのかもしれません。」

「もしくは、セバスチャンは小物で、情報を知らされていないだけか。」

でも、だったらマックスの家を出た朝、ユノを追ってきた男達は何だったのか。

「どうも釈然としません。チームの調査情報を1度擦り合わせたいですね。セバスチャン以外を洗った方がいいのかもしれない。」

「ああ。今夜はもう帰って、明日長官のところに行こう。」

マシューの言葉にユノは頷いた。
ここに居たくなかった。

車に乗り込む直前に一瞬見上げた部屋は、明かりが消されて暗かった。

脳内に再生された、暗がりで絡み合うマックスと大臣の幻覚を振り払うように、ユノは猛スピードで車を走らせてロンドンに帰った。



アパートに戻り、今は何もかも忘れて眠りたいとベッドに入ったユノは、すぐにけたたましい電話の音で入眠を妨害された。

「……はい……。」

「ユノ!今すぐタワーブリッジに行け!イアンが見つかった!」

長官からだった。

「タワーブリッジ?こんな時間にテムズ川ですか?」

「イアンが……川に浮かんでたところを発見された。」

ユノの背中に冷気が走った。

「……彼は、死んで……。」

「ロンドン市警察に話は通した。早急に遺体を確認しろ!」

タワーブリッジのたもとに集まったユノとマシューに、イアンの捜索をしていたベンも合流した。3人は、遺体の惨状に驚愕した。

眼球を片方抉られ、手指も一部損壊。
水に入ってから時間がたったのか、全身の膨張も酷い。

人間とは思えない姿だった。
死体に慣れた警察も、思わず目を背けている。

「何故拷問されてるんだ……。」

スパイと言っても、小説の世界と違っていつも死体と接しているわけではない。ユノ達の主な仕事は情報の収集であって、殺し屋ではない。

ベンは両手で顔を覆った後、気を取り直して死体の脇に膝を落とし、観察を始めた。

ベンはユノと同年代の若く有能なスパイ。ダークブラウンの髪に顎髭を生やしたスタイリッシュな男前で、とてもMI6で働いているようには見えない。

ユノに運動能力は劣るが、頭の良い彼との情報交換は身になることが多かった。
1度エジプトの情報収集で同じチームになる機会があってから意気投合し、ユノとベンはたまに飲みに行く仲だった。

「死んだ後にテムズ川に投げ入れられたとして……。一旦沈み、腐敗して浮かんだ。このどぶ臭い川では腐敗は早いから、数日前。でも、水温が低いから、長く見積もると1週間前ってところだな。」

「死後数日から1週間……。でも、単に投げ入れるなんて、お粗末だな。浮かぶのは分かってるのに。」

「わざとじゃないか?わざわざ発見させて、何か伝えようとしてるとか。敵は動いてる。これは俺達への挑発かも。」

「拷問の理由は何だ。敵はイアンから何を聞き出そうとしたんだ……。」

呻いたユノに、ベンが1冊のノートを差し出した。

「今日、イアンの部屋でこれを見つけた。調査の内容が綴られている。床の下に隠されていたんだ。彼は、1人で調査をしていたみたいだ。」

受け取ったノートを開き、ユノは手早くページをめくる。

「イアンは外務省内にスパイの存在を疑っていた。自分の行動が、ソ連に筒抜けになっている状況が記されている。」

「写真に写っていた男か?」

「まさしく。彼に話した予定がバレて、危うくベルリンでKGBに拘束されそうになったことがあったと。」

ユノは眉をしかめた。

「おかしいじゃないか。どうしてそんな重要なこと、報告せずに1人で調査を?」

「このノートには、恐らく2冊目がある。外務省だけじゃなく、MI6内も疑い始めたところで終わっているんだ。」

ユノはイアンを調査していた何ヵ月かを思い返した。彼はベルリンで仕事をすることが多かった
が、その間に気になる動きはなかった。

ロンドンに戻ってから、彼は秘密裏に調査をしていたってことか。

MI6内に遅くまで滞在することが何度もあったイアン。仕事熱心だと感心していたが、イアンもまた、MI6内で2重スパイを探していたのだ。

「イアンは何かを掴んでた……。核心に迫ったところで、俺が全てを駄目にしたのか……?」

唇を噛んだユノの背中を、ベンがそっとさすった。

東欧諸国でKGBの拷問を目にしてきたマシューも、仲間の無惨な姿に怒りで頬を紅潮させていた。

「やっぱり……最初からイアンが敵の仲間だなんて信じられなかったんだ……。どうしてこんな目に!」

同じ地域を担当していたため、イアンと縁が深かったマシューの怒りは大きい。
彼の怒りが、ユノには自分への怒りに思えた。

後悔で押し潰されそうだ。
イアンを調査していたのに、何も気づけなかった。

会合を撮影したせいで、イアンを窮地に陥れたのは自分かもしれない。俺とグルだと思われたんじゃないのか?

自分はマックスに助けられて無事だったが、イアンは拘束され拷問された。

ユノが甘い夢を見てマックスの身体に溺れていた間も、イアンは苦痛に耐えていたのかもしれない。

あまりに辛い現実だった。
吐き気がした。

ユノはマシューとベンの背中を押し、警察の輪から離れた。

「俺がイアンの調査をしたのは、彼が2重スパイのだというタレコミがあったからです。長官からの直々の依頼だと、上司に聞きました。」

「タレコミってのは、誰から……。」

「確かな筋からだとしか聞かされませんでした。」

マシューは小さく頷いてユノを見つめた。

「情報源が怪しいと?」

「ええ。だから、それを聞きたい。長官に会いに行きましょう。」

3人はMI6本部に向かった。
空は白み始め、ビッグベンの鐘が朝5時を告げていた。

長官は部屋で3人を待っていた。
イアンの遺体の状況を聞いた彼は、拳でデスクを叩いた。

「長官。イアンが2重スパイだというのは、誰からの情報ですか。彼は2重スパイでは無かった可能性が大きい。俺が調査していた間も、東側との怪しい接触などありませんでした。あの会合までずっと。」

「偽情報に踊らされた。いや、罠にはめられたって言いたいのか?」

「はい。誰かがイアンを陥れたのでは?」

長官は煙草に火をつけ、しばらく考え込んだが、半分ほど吸ったところで灰皿に煙草押し付けた。

「誰か、じゃない。」

「は?内部からのタレコミって言うのは、嘘だったんですか!?」

「情報は……ある組織から受けた。」

長官の深刻な眼差しに、ユノは緊張した。

「ユノも、みんなも、これはトップシークレットだ。どこにも漏らすなよ?」

3人は無言で頷いた。

「情報源は、MI5だ。」

「……MI5?」

「MI5の長官からの情報だったんだよ。だから、信じた。」

「そんな……。どうして……。」

ユノは混乱した。





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正中に放て 弓道編 20

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正中に放て
-弓道編-
20



練習試合を前に、チャンミンの的中率は上がった。

「チャンミン。いい調子だな。」

大河に褒められるのは気分がいい。
高齢のため、たまにだけ指導に来る師範の先生にも、「いい1年生が入ったね。」との言葉をもらい、チャンミンは顔を綻ばせた。

スケジュール通りの生活って幸せ。
弓道の調子もいいし。心なしか、道場まで輝いて見える。

だが、日下部だけはこのところずっと厳しい顔をしている。大河と一言も口を聞かず、弓道部内では2人が喧嘩していると噂になっていた。

道場からの帰り、チャンミンは日下部に捕まった。

隣を歩いていたユンホを先に帰らせ、日下部はチャンミンを「礼記射義」が書かれた額の前に座らせた。

「チャンミン。ユンホがずっと正座させられてるの、気にならないの?」

「気にはなりますけど、今は弓を引くのに集中しないと……。試合もありますし。」

「ユンホのお陰で平和に学校生活が送れてるのに、いい気なもんだね。」

「それは……。」

「覗き見する学生が減って、勉強と弓に集中できるんでしょ。危ないところも助けて貰ったのに。」

「大河先輩には説明しましたよ!どうしたら許して貰えるかも考えましたけど!」

「考えたけど?大河が許さないから諦めた?」

「そうじゃなく……。」

ユンホのことを考えると自分を見失ってしまうから。ドキドキして、身体がうまく動かないから。
でも、そんなこと恥ずかしくて言えない。

何も言えなくなったチャンミンに、日下部はため息を漏らして軽蔑の眼差しを向けた。

「いくら的中率が良くても、僕はチャンミンの射を見ながら後ろで弓を引くのは嫌だね。気分が悪い。」

「先輩……。」

いつも優しい日下部から向けられる冷たい言葉は、チャンミンの心を抉った。
日下部が立ち去っても、動くことが出来なかった。

「だったら……どうしたらいいんだよ……。弓に集中して、何がいけないって?」

誰も居なくなった道場の床に、チャンミンは涙を落とした。

鏡のように美しい床に転がった涙は玉になり、フルフルと震えて天上の明かりを反射する。

涙の粒が美しくて、チャンミンはポロポロ泣いた。

「うっ……えっ……ぐ……。」

冷たい床に突っ伏して泣くチャンミンを、温かな腕が包んだ。

「ユンホ……君。」

ユンホはチャンミンに覆い被さるように床に這いつくばって、震える背中を包んでいた。

「なかなか帰って来ないから、心配で見にきちゃった。」

チャンミンの背中をさすりながら、ユンホは優しく微笑んだ。
制御できない慟哭に襲われて、チャンミンはユンホの胸で泣いた。

ユンホは黙ってずっと、子供をあやすみたいにぽんぽんと手を動かして抱き締めてくれた。

「う……ごめん……。みっともない……ね。」

やっと顔を上げると、ユンホは自分も泣きそうな顔で眉を下げていた。

「どうしたの?調子いいのに。」

「俺……どうしたら分からなくて……。」

「日下部先輩に何か言われたの?」

「俺の弓は、駄目みたいです。」

「なんで。チャンミン君の射は綺麗だよ。僕、後ろからずっとみんなの射を見てて、すごく勉強になる。大河先輩は大胆で、迷いがない。日下部先輩は優しい。慈しんで弓を引いてる。」

「慈しんで……。」

「うん。愛が溢れてる感じ。離れる瞬間、矢に思いが乗るんだよ。見てる僕まで幸せな気持ちになるんだ。」

ユンホは弓立てをちらっと見た。

「日下部先輩って、他の先輩より弱い弓を引いてるでしょ?だから、矢はふわっと飛んで行くのに、まっすぐ的に向かう。大河先輩は力を乗せて飛ぶから、それはそれで気持ちがいい。どちらも、すごく好きなんだ。」

「俺は?俺の射は?」

「綺麗だよ。すごく綺麗。お手本みたい。チャンミン君の射が、1番勉強になるかな。」

「お手本……。」

俺の射には、仁がない。
そう言われた気がした。

日下部先輩は、きっとそれが言いたかったんだ。

まだ高校1年生の少年に、そんなの求められても難しいのは当たり前。
でも、ここは東高弓道部。

大河とは違う立ち位置で、日下部もまた部員に高みを求めていた。

「ふっ……ふぇっ……。」

チャンミンがまた泣き始めてしまい、ユンホはおろおろした。

しまった。
道着袴に着替えた時にハンカチとティッシュを置いてきてしまった。

ユンホは走って倉庫に行き、タオルを持って帰って来た。

「これ、今朝開けたばっかりのタオルだから!まだ雑巾にしてないから!」

「ずびっ……えっく……。」

鼻水ダラダラのチャンミンの顔にタオルを押し付ける。

「や……やめて!」

「いいから。ちーん、して。」

「ぐえっ。」

「1回洗ったんだけど、水の吸いが悪いなぁ。」

チャンミンはユンホからタオルを奪い取って涙を拭い、ユンホを見つめた。

「今朝って……朝から道場に居たの?」

「あ……うん。」

涙が落ちた床を見渡し、チャンミンは顔を歪めた。

「ユンホ君……朝早く起きて……掃除、してたの?」

「えへへ。バレちゃった?」

「どうして……みんなで掃除はしてるのに。」

ユンホは「礼記射義」の書を見上げて、読み上げた。

「射は仁の道なり。射は正しきを己に求む……。この意味をね、何度も考えたんだ。」

「周りを慈しみ、感謝を忘れず、争う心を無くして、素直に自分と向き合うこと……。」

「うん。チャンミン君がそう教えてくれて、僕に出来ることって何かなって考えて、弓道部のみんなが少しでも気持ちよく弓が引けるように、塵も曇りもない道場にしようって思って。」

「あ……。なんか最近、前より清々しい気がしてた……。」

「ほんと!?良かったー!」

ユンホはくすくす笑い出した。

「額を磨くのにいい台が無くってさ。矢が入れてある箱、あれ、何て言うんだっけ。」

「矢立(やたて)。」

「そうそう!矢立に上ろうとしたら、日下部先輩にキレられた。あんなに可愛いのに、怒ると怖いんだよねー。」

「日下部先輩は知って……。」

「うん。早朝練習してるんだよ。」

日下部はユンホの努力と、弓道への思いを知っていた。

だから、それを伝えても気にもしない素振りで正座を続けさせる大河を許せず、同室のくせに気づいてもいないチャンミンが歯がゆかった。

日下部の怒りが理解できて、チャンミンは肩を落とした。

ユンホは床よりもキラキラした顔で笑っている。

「掃除してると、自分の曇りも無くなる気がして気持ちいいね。チャンミン君が部屋を綺麗にしてるのも、そんな感じ?」

「俺は……ただ潔癖だから……。」

チャンミンは自分が情けなくてほとほと嫌になった。素直じゃない自分では、いい弓など引けない。

ユンホはかっこよくて、優しい。
その事実を受け入れないでいられる程、自分は器用ではないらしい。

諦めよう。
もう、ユンホに翻弄されたっていいじゃないか。ユンホがそばに居ることが自分は嬉しいんだ。頼りにしている。

傷ついたって仕方ない。

チャンミンは前を向き、ユンホに微笑んだ。

「ユンホ君。明日から俺も一緒に掃除していい?」

「えー。いいの!?」

「うん。一緒にやりたい。」

「チャンミン君!!」

ユンホは嬉しくてチャンミンに抱きついた。

「きゃーーーっ!」





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正中に放て 弓道編 19

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正中に放て
-弓道編-
19



ユンホは部活の時間に練習ができないからと、毎日部屋でゴム弓を引いていた。

「ユンホ君……俺のせいで、ごめん。」

「チャンミン君は悪くないって!僕……情けないよ。どうして手が出ちゃったのか……。」

チャンミンは、ユンホが彼女と電話していたくらいで冷静さを失い、のこのこシウォンの部屋に行った自分を恥じていたし、ユンホもまた、突然のセクシーシーンに鼻血垂らして興奮してしまった自分を恥じていた。

「ユンホ君、もう少しだけ、左肩下げられる?」

「こ……こう?」

チャンミンが肩にそっと手を添えると、ユンホはドキドキしてしまう。

「そう。肩に力入れ過ぎないで。」

ユンホはゴム弓を引くのをやめ、俯いた。

「ユンホ君?」

「チャンミン君が選んでくれた矢、全然使えない。巻藁の練習で矢を放った時、凄く気持ち良かった。早く、練習したいな……。」

チャンミンも項垂れてしまった。

「ごめん……。」

「大河先輩に、どうしたら許して貰えるかな。」

「そうだね……。正座してるだけじゃ、ダメなのかな。」

大河は、弓を引く以前に大切なことを考えろと言っていた。礼を忘れるなと。

すっかり暗記した礼記射義を、ユンホは何度も反芻した。

「射は仁の道……正しきを己に求む……か。仁は思いやりのことだよね……。」

「周りを慈しみ、感謝を忘れず、争う心を無くして、素直に自分と向き合うこと。意味は分かっても、難しいね……。」

チャンミンの解釈を聞きながら、ユンホは礼記射義の意味を、自分に落とし込もうとした。

弓を引かせてもらえないのは、大河のせいでも、シウォンのせいでも、チャンミンのせいでもない。

自分の心に曇りがあるから、引かせてもらえないんだ。

明日の朝から道場の掃除しよう。
掃除しながら、僕の曇った心を磨こう。道場が塵1つないくらいピカピカだったら、みんなも大河先輩も気持ち良く弓が引けるはず。

「よーし。僕、明日から早起きする。」

「早起き?何するの?」

「内緒だよ!」

「何?教えてよ!」

「チャンミン君……。」

ユンホはへへっと笑ってチャンミンを見つめた。

「な、なに?」

「毎日正座するのはツラいけど、ちょっと嬉しいな。」

チャンミンは首を傾げて目をパチパチさせる。

「嬉しい?どうして?」

「チャンミン君が、敬語を使わなくなってくれたから。」

「あ……。」

チャンミンが初対面の人に使ういつもの手。敬語で作る壁は、気づかぬうちに崩壊していた。

真っ赤になって口をむぐむぐするチャンミンは可愛い。ユンホはこの顔を見るとワクワクしてしまう。

「た……たまたまです!」

「なんだよぅ。いいじゃん!友達でしょ?」

「し、知りません!」

「親友だよね!」

「親友と呼ぶには日が浅い。」

「ユンホ君じゃなくて、ユノって呼んでくれてもいいよ!」

「いや。いいって。」

「いいから呼んでみて!」

ユンホに肩を掴んで懇願され、チャンミンは唇を開けたり閉じたりした。

「ゆ…………ユノ……。」

「ふわぁ……。」

自分でお願いしたくせに、ユンホは頭に血が上って倒れそうになった。

「わっ!ユンホ君?」

「め、目眩が……。」

「きゃーっ!」

肩を掴んだままソファに転がったユンホは、そのままチャンミンを押し倒してしまった。

「ちゃ……。」

真っ赤な顔でクルクルした瞳を揺らし、見上げてくるチャンミン。

ユンホにはシウォンをはじめとした狼軍団の気持ちが何となく分かってしまった。

チャンミン君て……。
ちゅう……したくなっちゃう……。

「チャンミン君!親友の証!」

ユンホは正直に生きる無垢な男子ゆえ、気持ちを偽らなかった。

「ちゅっ!」

ユンホの形の整った唇がチャンミンの頬に派手な音をさせて吸い付き、チャンミンは5秒程気を失った。

「あは。チャンミン君のほっぺってツルツルだぁ。」

頬を押さえてあんぐり口を開けたチャンミンから悲鳴が上がることはなく、更に10秒程経過した。

「ちゃ、チャンミン君!?」

「な、なななな………。」

「な?」

「何をすんじゃーっ!」

ユンホのおでこにチャンミンの頭突きが炸裂し、ユンホの脳にピヨピヨと鳥が飛んだ。

「いっ……いたい……。」

「いきなりチューするとかどーゆーつもり!!」

「だって……日本のアイドルの映像見てたら、ほっぺにちゅうしてたよ?」

「それは演出!ファンサービス!!」

「ええっ!演技なの?韓国のアイドルもよくチューしてるけど、あれも!?ソウルでは普通なのかと……。」

「かかかっ、勘違いするな!」

「ほぇ?」

「男同士でチューはしない!特に日本では、スキンシップもしない!」

「えぇっ。仲良しなのに?手を繋いだり、抱き合ったり、太もも触ったりしちゃ駄目なの!?」

「そう!武井壮!」

動揺のあまり、チャンミンはよく分からないダジャレを吐き出してしまった。

「たけいそう?」

「な、何でもありません。早起きするなら、早く寝たらどうですか。おやすみなさい。」

チャンミンはすたっと立ち上がり、寝室に消えた。

「チャンミン君……敬語に戻っちゃった。」

真面目なユンホはすごすごと部屋に入った後、武井壮について調べ、チャンミンは筋肉男子が憧れなのだろうかと思いながら、腕立て伏せに励んだ。


チャンミンはベッドの上で枕に顔を埋めて暴れていた。

「む、むわーっ!」

「むきゃーっ!」

「ふぐぅー!」

息が切れるまで暴れ、最終的にほっぺに手を当てて丸くなった。

「怖い……ユンホ君に翻弄される自分が怖い……。」

ユンホは人たらしの素質があり過ぎる。
他の男子にチューなどされたら嫌悪感でトラウマになりそうだが、ユンホにチューされて、心が浮わついてしまった。

「冷静に……冷静に……。あれは単なる親愛の証。」

浮かれている時点で自分がユンホを好いていることは明白だったが、チャンミンは懸命に気持ちに蓋をした。

「彼女のいる男にキュンキュンするなんて、洒落にならない。」

チャンミンはある意味冷静で、臆病で、現実的な人間だった。
ユンホへの気持ちを認めたら、自分が傷つくのは目に見えている。

本能的な心の煌めきに方向を見失うのは頭の悪い人間のすること。自ら定めたレールの上を歩き、目的地に達することの方が、チャンミンには大切だった。

「俺は医者になる。命を救う人間が、チューで悶絶してる場合か!」

嫌でも高鳴る鼓動はそのままに、チャンミンは毎日をスケジュール通りにこなした。

朝起きるとユンホは出掛けていて、朝食の時間になっても現れない。

食事を終える頃にやっと汗だくで帰って来て、おにぎり片手に、校舎に向かうチャンミンの警護。

「何してるんだろ……。」

ついユンホのことを考えたがる頭を叩いて、チャンミンは授業に集中した。

休み時間にユンホと虎之介が遊びに来ても、前の授業のノートの見直し。

部活の時間は的だけを見た。
背後で足の痺れに顔を歪めるユンホが視界に入っても、すぐ目を閉じた。

夕食が終われば部屋に籠って勉強。
イヤホンをしているせいで、ユンホが話しかけても気づかない。猫足バスタブの歌も聴こえない。

「なんて心穏やか……。」

ユンホがゴム弓を離す音もシャットアウトしたことで、チャンミンはユンホが日本にやって来る前の生活スタイルに戻っていた。






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SPY in the attic 6

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SPY in the attic 6



「どうして……ここに……。」

一瞬幻覚を見ているのかと思った。
こんなに生々しく色気のある幻覚なら、ずっと見ていたい。

そう思えるほど、マックスが心に侵食して絡み付いていることを、ユノは自覚した。

ベージュの生地に黒いショールカラー。
マックスが身に付けると、タキシードがドレスに見える。華やかで匂い立つ。

ユノが気づいたのとほぼ同時に、マックスもユノの姿を認めて目を見開いた。それから顔をしかめ、人波を縫って外に出て行った。

「ちょっと、外します。」

内務大臣の動きを注視しているマシューに断り、ユノはマックスを追った。

玄関前の噴水を回り、マックスは小走りで迷路状に入り組んだ庭園を抜ける。

追い付いて欲しいのか、欲しくないのか。
どちらともつかないスピードで彼は木立の中を進み、ユノの手が届きそうになると鹿のように身を捩って逃げた。

奥のバラ園まで来て、マックスはようやく足を止めた。

「……MI6って、国内でばかり仕事してるの?」

大輪のバラに顔を寄せて匂いを嗅ぎ、振り向いたマックスを引き寄せ、ユノは胸に抱いた。

「毎回毎回、ドラマチックに登場してくれるよな。」

「屋根から登場する人には負けるよ。」

「こんなことが続いたら、恋に落ちない方が不自然だ。」

「……恋だなんて。」

「嘘じゃない。俺の心臓の音、聞こえるだろ。」

胸に耳をあて、マックスは悲しい微笑みを浮かべた。

「こんな偶然、生涯に何度もあることじゃない。運命だと思いたくなる。」

「……ごめん。そんな甘いもんじゃないよ。今夜も仕事なんだ。呼び出されてね。」

「誰?貴族?」

「それは言えない。」

この手に抱いているマックスが今夜誰かに抱かれるなんて、耐え難い。

「やめろよ……。嫌だ。そいつ殺すから教えて。」

「物騒な冗談やめてよ。ユノも、こんなところで仕事?誰を調べてるの?」

「それは言えない。」

「ふふ。もう……お互い様じゃない。」

マックスは視線を落として、儚げに微笑んだ。
ユノは両手でマックスの頬を掴み、夢中で口づけた。

「ん……ふぅ……。」

何度も角度を変えて求め、芯まで蕩けるほど熱く、息継ぎもままならない激しさで、2人は唇を合わせ続けた。

キスの最中、マックスと視線が絡んだ。
マックスの瞳は潤み、ユノを求めている。それなのに、胸に刺さるような悲しい眼差しだった。

遠くから女性達の笑い声が聞こえ、マックスはユノを押しやって離れた。

「もう戻らなきゃ。」

「なぁ。このままいっしょにロンドンに帰ろう。体調悪くなったとか、言い訳なら何とでもなるだろ。」

マックスは軽く首を振っただけで、ユノの言葉を受け流した。

「今度服を返しに行くよ。いつなら部屋に居る?」

「最近は仕事でほとんど帰ってなくて……。夜中くらいしか部屋に居ない。」

「じゃあ、部屋の前に置いておく。」

「そんなの駄目だ。取りに行くよ。」

「あの家には来ないで……。」

「なんで……。」

「仕事してるところに鉢合わせしたら嫌だ。見て欲しくない。」

「待てよ!」

マックスはバラの茂みを背に後退りし、ユノが掴んだ腕をゆっくりと剥がした。

「僕に深入りしない方がいい。」

「もう手遅れだ。」

「会いに行ったりして、僕が浅はかだったね。僕なんかを求めても、ユノには何のプラスもないよ。嫌な思いしかさせられない。リスクだって大きすぎる。」

「プラスとかマイナスとかそんなことどうでもいい。惹かれてるんだ。」

マックスは何度も首を振った。

「駄目だよ。ほんとに、駄目だ。僕はどうかしてた。遊びじゃないなら、もう会わない方がいい。服は誰かに届けさせる。」

「嫌だ!お前が返しに来ないなら服なんかいらない!」

ユノがもう一度掴もうと伸ばした腕をかわし、マックスは走り去った。

「俺は……そんなの、嫌だ。」

会えないのも、今夜彼が誰かに抱かれるのも、嫌だ。

マックス。
お前だって、俺に会えて嬉しそうだったじゃないか。
あんなセックスして俺の身体に忘れられない快楽を刻んでおきながら、深入りしないでだと?

「ふざけるな……。手遅れなんだよ。」

ユノはマックスが嗅いでいたバラの花を握った。指先にトゲが刺さってぷくりと血液が丸い玉を作る。
それでも、ユノはバラを握り締め、手の平まで垂れた血をそのままにした。



ユノが戻った頃には、広間ではダンスが始まり、一層華やかな雰囲気が広がっていた。

壁際で下を向いていたマックスに、セバスチャンが何か話しかけている。

「おい。あの美形の男、誰だか知ってるか?」

マシューの問いにユノは首を振った。

「知らないな。」

「異様に美人だな。セバスチャンの知り合いか?1度会ったら忘れられない顔だが。」

「そうだな……。ちょっと後をつけてみるよ。」

止せばいいのに、ユノは広間を出たマックスを尾行した。

マックスは階段を上がり、2階のホールで立ち止まって左右に繋がる廊下を眺めた。それから床に視線を落とし、左の廊下に進む。

長い廊下の先まで、一定のスピードで歩く後ろ姿を、ユノは階段横の銅像の陰から見つめた。

マックスは背後を確認し、扉を開けてするりと中に消えた。

一番奥のそこが今夜のマックスの仕事場。
部屋の中で行われる行為は、1つしかない。

階段のホールで、ユノは暫く椅子に腰かけて項垂れていた。

通りかかった召し使いが心配そうにユノに近づく。

「お客様。ご気分がすぐれませんか?」

「……失礼。ちょっと酔いをさましてました。トイレはこの階にありますか?」

立ち上がったユノに安堵の表情を浮かべ、召し使いは階下へと誘おうとする。

「こちらの階はゲストルームですので、下の階のバスルームをお使いください。」

ゲストルーム。
要は寝室だろ。
改めて言葉にされると胸くそが悪い。

誰が相手だ。
貴族のボンボンか。まさかセバスチャン?
でもそれならゲストルームを使う必要もない。

知りたくない気持ちと、知りたい気持ちが葛藤した。

俺はバカだ。
知って何になる。

ユノは重い足取りで階段を下りながら、1階のホールで柱に身を潜めるマシューの姿を他人事のよう眺めた。

マシューの視線の先には、内務大臣が居た。

広間の喧騒を抜け、大臣は階段を上る。
踊場でユノとすれ違った顔は、ユノがテレビなどで見知っている爽やかで精悍な彼ではなかった。

右手に持ったブランデーのグラスに視線を向け、頬を紅潮させたにやけ顔に、ユノはごくりと唾を飲み込んだ。

こいつだ。
マックスの今夜の相手は、こいつだ!

この男が、あの美しい身体を今から我が物顔で舐め回し、喘がせ、押し入る。

大臣のくせに。
犯罪だぞ。

自分がマックスとしたことは差し置いて、ユノは怒りに震えた。
バラのトゲに刺された指先が痛んだ。

階段の下まで降りたユノと交代に、マシューが大臣の後を追う。

ユノはそのまま玄関から外に出て、取り出した煙草を吸った。

マックスが入った部屋はカーテンが閉められ、緩いオレンジの光が漏れている。中の様子は外からは分からない。

煙草を踏みつけたユノの元に、マシューが歩み寄った。

「大臣は奥の部屋に入った。今夜は泊まるようだな。」

「……そうか。」

「さっきの美形の男は?」

ユノは一瞬言葉に詰まった。
これは仕事であって、関係が疑われる情報を伝えないわけにいかない。
でも、言えばマックスの身が危険に晒される。

ユノは反対側の部屋を指差した。

「向こうの部屋に入った。」

この夜ユノは、MI6に入って初めて、嘘をついた。




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正中に放て 弓道編 18

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正中に放て
-弓道編-
18



「ユノのバカー!!!バカバカバカー!!!」

「ど、どしたの!?」

「全然電話くれないんだもん!カトクも返事短いし!!」

「ご、ごめん。部活と勉強が忙しくてさ。」

「サランはユノに会いたくて毎日泣いてるのに!」

「ごめんねぇ。夏休みには帰るから。」

「そんなに待てない!週末に飛行機乗ればソウルなんてすぐじゃない!」

「週末も部活なんだよぅ。」

「バカバカバカ!ユノは寂しくないの!?日本で浮気したら殺すから!」

「浮気なんてしないよ……。」

「そんなこと言って、ユノはモテるんだから、心配なの!」

「男子校だから大丈夫だって。心配しないで。」

「サラン、寂しくて夏休みまで待てないー!」

「あと2ヶ月ちょっとだからさぁ。」


お風呂から出たチャンミンは、ユノの部屋から聞こえる話し声に耳をすませた。

電話か?珍しい。
韓国語で話している。

「僕だってサランちゃんに会いたいよ。」

サランちゃん……?

チャンミンははっとした。
彼女か。彼女と電話か!

「何が会いたいよ、だ。甘い声出しやがって。」

チャンミンは猛烈にイライラしながら冷蔵庫を開けたが、生憎飲み物は切れていた。
裏に名前を書いて置いていた、大切なコーラの缶がない。

「あいつ……。飲みやがったな。くそ。むかつく。」

ドスドス音をさせて食堂に行くと、丁度シウォンも飲み物を取りに来たところだった。

「どうしたチャンミン。しかめっ面して。綺麗な顔が台無しだぞ。」

「ふんっ。ユンホ君に俺のドリンクを奪われたんでね。」

「それは良くないな。礼儀のない奴だ。」

「でしょう!?数量限定のガンダムパッケージだったのに!」

「ああ。あれか。あれならまだ俺の部屋にあるぞ。あげようか。」

「えっ!ほんと!?」

こみ上げるイライラで脳が沸騰していたチャンミンは、第6感が告げる危険信号に気づくことなく、ノコノコとシウォンの部屋にいざなわれた。

「わぁー。全種類ある!」

「チャンミンが好きなの選んで。」

「やった!じゃあこれと……これと……。」

ガンダムパッケージのコーラを抱えてニコニコするチャンミン。
シウォンはその可愛さに心臓が高鳴って部屋中を走りそうになった。

「ありがとうシウォン!」

部屋を出ようとするチャンミンをシウォンは引き留めた。

「お礼は?」

「え……?」

両手が塞がれていて、ドアが開けられない。

「こ、今度シウォンの好きなお菓子でも持ってくるよ。」

「そんなのいい。チャンミン……俺は……俺が欲しいのは……。」

シウォンの濃ゆい顔が距離を詰める。

「ひっ……。」

ようやくチャンミンは危険を察知した。



ぐずるサランを落ち着かせ、電話を切ったユンホはリビングに戻った。

「あれ。チャンミン君?」

バスルームにも部屋にも姿がない。

「あ、まずい。コーラ飲んじゃったの謝ろうと思ってたのに。」

チャンミンはいつもお風呂上がりに冷蔵庫を開ける。

「バレたかな……。怒って出て行っちゃったのかな。どうしよ。」

ユンホは廊下に出てチャンミンを探した。


シウォンの部屋では、チャンミンに危機が迫っていた。

ドアに行く手を阻まれてシウォンに壁ドンされる形になったチャンミンに、迫るシウォンのオスの眼差しと唇。

鬼頭にファーストキスを奪われた記憶が甦る。

「ど、どどど、どうしたのシウォン!」

「お礼をもらいたい!」

シウォンは遂に、コーラごとチャンミンを抱き締めた。

「きゃーーー!!!」


1階にチャンミンを見つけられず、2階に上がったユンホは、シウォンの部屋から聞こえたチャンミンの悲鳴にぞっとした。

こ、これは!
チャンミン君が抱き締められた時に発する「きゃー!」ではないか。
大変だ。
シウォン先輩は狼だったのか!

「赤ずきんちゃん!!」

ユンホは迷わずドアを開けた。

抱き締められたチャンミンに迫る、シウォンの唇。

目の前に表れた破廉恥極まりない光景。
ユンホの鼻血がたらりと垂れた。

「わっ……わわわ……わー!!!」

ユンホはピレネー犬さながらのフワモコトレーナーをなびかせ、シウォンの顔ににぐーで猫パンチした。

「ぐへっ!」

シウォンが仰け反った反動でチャンミンはふらつき、抱えていたガンダムコーラが派手な音をさせて床に散乱し、転がる。

2年生が次々と廊下に飛び出し、周囲は騒然とした。

「なんだなんだ!」

「喧嘩か!?」

「おい!血が出てるぞ!」

「殴り合い!?」

「流血の戦い!?」

ユンホは鼻血をぐいっと拭い、チャンミンの手を握って廊下に引っ張り出すと、シウォンを睨んだ。

「赤ずきんちゃんに手を出さないで!先輩でも許しません!!!」

「何が手を出すなだ!俺の方がチャンミンとの付き合いは長いんだぞ!」

「ぼ、僕は狩人なんだ!チャンミン君に近づく者は打ち落とします!」

「意味が分からん!ユンホ、お前……これは………宣戦布告のつもりか!?まさか……ユンホお前も……。」

ユンホまでチャンミンの虜?
万が一にも両想いなんてことはないだろうな!?

シウォンはユンホとチャンミンを呆然と見つめた。

ユンホは手をぐーにして仁王立ちし、チャンミンは真っ赤になって床に転がったコーラを拾っている。

拾い終えると、チャンミンは抜き足差し足この場を離れようとした。

「待ってくれチャンミン!」

追いかけようとするシウォンをユンホが通せんぼした。

「チャンミン君!逃げて!!」

「行くなチャンミーーン!!」

シウォンの叫びも虚しく、チャンミンはすたこらさっさと行ってしまった。

シウォンとユンホの睨み合いは、騒ぎを聞き付けた大河によって終止符を打たれた。

「何を騒いでるんだ!もう11時だぞ!部屋に戻れ!」

大河はユンホに厳しい目を向けた。

「弓道部員が鼻血垂らして騒ぎとは。恥を知れ!」

「先輩……でも!」

「言い訳など聞きたくない!礼を忘れた人間には弓は持たせられない!明日から正座して自分を見つめ直せ!」

「……そんな……。」

シウォンはにやりと笑って部屋に消え、集まった野次馬達も大河の鬼の目に恐れをなしてそそくさと散った。

次の日からユンホは、道場の板の間で正座させられることとなり、その様子を外から覗く学生が後を絶たなかった。

誰もが、チャンミンを巡るシウォンとユンホの血で血を洗う韓国抗争が勃発したと盛り上がっていた。

東高に語り継がれる、「赤ずきん抗争」はこうして始まったのだ。



日下部は項垂れて正座を続けるユンホと、それをチラチラ気にするチャンミンが不憫でいたたまれない。

「ねぇ大河、ユンホは悪くないよ。ちゃんと事情を聞いてあげた?チャンミンが襲われそうになったのを助けただけなんだって。」

「分かってるよ香月。チャンミンが泣きながら話しに来た。」

「だったら、もう許してあげてよ。ユンホはあんなに熱心に練習してたじゃない。弓道のセンスもある。ずっと正座させるなんて、時代錯誤な……。」

大河は厳しい顔を崩さなかった。

「たかが猫パンチでも、暴力だ。弓道部の名を汚しかねない。」

「弓道部、弓道部って!大河はそればっかり!ユンホが真面目で優しい子だって分かってるくせに。意地悪だよ!」

「香月!」

日下部は道場を出て行ってしまい、チャンミンもユンホを気にしてばかりでまともな射ができていない。

練習試合まで日が浅いというのに、東高弓道部の状態は劣悪だった。




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正中に放て 弓道編 17

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正中に放て
-弓道編-
17


ランチの後、真面目に試合を観戦し始めたユンホとチャンミンから離れ、歌子は聞き込み結果を報告した。

「虎之介君……チャンミンはクロよ。」

「やっぱりな。ユンホを見る目が乙女過ぎると思ってたんや。」

「でも、友情だと思ってるのか、思いたいのか、恋心だと自覚することを避けている感じ。」

「なるほど。ややこしいな。」

突然、歌子は虎之介の両手を握って見詰めた。

「う、歌子ちゃん?」

「虎之介君……。」

チュー未経験男子虎之介の脳内に、歌子の唇が迫ってくる妄想が花開いたが、もちろんそれは現実にはならなかった。

「チャンミンがユンホ君への気持ちに気付かないように、導いてあげて!」

「あ……え、チャンミンを?」

「その方がチャンミンのためよ。だってユンホ君、女の子が好きでしょ?」

「まあ、彼女おるしな……。」

「チャンミンは友達少ないから、ユンホ君が仲良くしてくれて、きっと変に意識してるだけよ。一時の気の迷いで、ツライ思いさせたくないの。チャンミンは大切な幼馴染だもん!」

「歌子ちゃん……なんて優しいんや。」

「お願いね、虎之介君。」

歌子の潤んだ瞳に見惚れ、虎之介は意を決した。だがその決意は、歌子の願いとは真逆だった。

俺は優しい天使の歌子ちゃんを必ずゲットする。そのためにも、ユンホにはチャンミンとラブラブになって貰いたい。

ライバルにはこのマウンドから退席していただこうではないか。

虎之介は微妙に近すぎる距離で試合を観戦するユンホとチャンミンの後ろ姿にほくそ笑んだ。

待ってろユンホ。
可愛い赤ずきんちゃんは、お前のもんや。

ぱっくりいただくなり、守るなり、自由にしたらええ。お前らは、早いとこできてしまえ!


それからと言うもの、虎之介はチャンミンと会う度、ユンホがいかに格好いいか力説するようになった。

更に、教室ではユンホにチャンミンの人気ぶりをユンホに説いた。

ユンホの話をするとチャンミンは小鹿みたいな目で唇をはみ、チャンミンの話をするとユンホは我がことのように微笑む。

虎之介の思惑は案外簡単に達成されるのではないかと思えたが、この2人は、なかなかに手強かった。



月曜日の部活の時間、来月行われる練習試合のメンバーが発表された。

1年生から選ばれたのはチャンミンただ1人。

「僕なんかでいいんですか?相手は京都の西園寺学園。東高のライバルなのに……。」

不安そうなチャンミンに大河は優しい眼差しを見せた。

「チャンミンは中。後ろに香月と俺が居るから、安心して引けばいい。」

「そうだよ。噂だと、西園寺の中も1年生だって。」

日下部の言葉に、チャンミンはがっくり項垂れた。

「あいつか……。」

東高と並ぶ金持ち私立高の西園寺学園。中等部時代から、弓道部では何度も試合をしたことがあった。

チャンミンが苦手とする少年が、西園寺学園には居たのだ。



「チャンミン君!お風呂お先!」

その夜、フワフワモコモコの白いルームウェアに身を包んだユンホが部屋に声をかけると、チャンミンは机に突っ伏していた。

「ど、どしたの!?頭痛い?お腹痛い?」

「あ、大丈夫です。ちょっと嫌な思い出が甦って……。」

「なに?部活の時からチャンミン君元気ないよね。僕に話してよ。」

前髪を下ろし、黒い瞳を揺らしてピレネー犬の様な無垢な白さでチャンミンを見上げるユンホ。

ああっ……。
かわええ!
ワシャワシャ撫でたい!

こみ上げた衝動を抑えるため、チャンミンは苦い記憶を語り始めた。

「今度試合をする西園寺高の1年生に、鬼頭ってやつが居て……。」

鬼頭はチャンミンの熱烈なファンだった。
はじめはライバル中学の弓道部員同士、たまに試合で会うと話す程度の仲だった。

だがそのうち、まだ幼く妖精のように可憐だったチャンミンに、鬼頭はイカれてしまった。

「毎日のようにメールが届くようになって、休みの日は東中まで会いに来ることも……。」

「わざわざ京都から?」

「ええ。一緒に練習しようって。」

「それだけ?」

「いえ……。ぼ………僕の……。」

「チャンミン君の?」

「ぼ、僕の……ファーストキスを……。」

「ききき、キス?」

「鬼頭に奪われたんです……。」

「奪わ……わわわ、わんっ……!」

ピレネー犬は床に転がった。

「突然抱きしめられて逃げられなくて……。何しろ俺は当時からヒョロヒョロだったから。」

「そそそ、それから?」

「殴ったら泣かれて、いつか俺より弓道が上手くなってまた奪いに来るって言って走り去っていきました。それから1年近く会っていません。」

「その鬼頭君が、今度の練習試合に来るの!?」

「多分。俺の勘が当たっていれば。」

大変だ。
赤ずきんちゃんを狙う狼は、他校にまで居るのか。

ユンホはフラフラと身体を起こし、王子様みたいにひざまずいた。

「だ、大丈夫だよチャンミン君!」

「う……うん……。」

「僕がそばに居て守るから!チャンミン君の唇は奪わせない!」

真っ白な王子様による、プロポーズみたいな宣言。

チャンミンは仰け反りそうになって椅子から立ち上がり、バスルームに逃げた。

「はぁ……はぁ……。何あれ。犬か王子かはっきりして……。」

鏡に映った自分の真っ赤な頬を、チャンミンは手の平で覆った。

「俺はときめいてなんかない!」

心臓がドキドキして止まらない。
顔は赤みを増し、手の平で隠せないほどに広がった。

「ユンホ君……。」

休み時間に虎之介が言っていた。

「ユンホって格好いいよなぁ。王子様みたいにチャンミンを守ってくれてるもんなぁ。あんないい奴、見たことない。男でも惚れるわ。」

確かにいい人だ。
確かにめちゃくちゃ可愛くて、格好いい。

「王子様……。」

チャンミンは湯が跳ね飛ぶのも気にせず、バスタブに飛び込んだ。

「だぁ!違う!違うぞ!人たらしの男に翻弄されてなるものか!」


チャンミンがバスルームでお湯相手に悶絶している頃、ユンホはチャンミンの部屋でフリーズしていた。

「ちゅう……チャンミン君の……初チュウ……。」

チャンミンが鼻息荒い少年に袴姿で羽交い締めにされ、唇を奪われる光景を思い浮かべるユンホ。

生暖かいものが、ついっと唇の上を走った。

「わっ。鼻血!」

白モコウェアに垂れた鼻血を拭き取り、ユンホはフラフラと寝室に入った。

「興奮しちゃった……。」

恥ずかしい。
男同士のキスに興奮するなんて。
これじゃ、狼達と一緒だ。

「おらは狩人。狼はあずさ2号に乗ってどこかへ旅立ってしまえ!」

勤勉なユンホはチャンミンの古典的ギャグについて調べたらしい。

「8時ちょうどの~!!あずさ2号で~!!わたしはわたしはあなたから~!」

興奮を全力の歌にかえた。

「……ん?だめだ。おらが旅立っちゃ駄目だ。」

それにしても、サランちゃんとのチューを思い出しても鼻血なんて出ないのに、チャンミン君のチューを妄想して興奮した自分は何なのか。

ユンホは焦ってスマホを取り出した。

「さ、サランちゃん!サランちゃんに電話しよ!」

驚くことに、日本に来てからユンホは彼女に電話をしていなかった。

数回のコールの後、電話を取ったサランはギャン泣きした。





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Author:コールドブリュー
東方神起 ユノとチャンミンが大好き。
脳内妄想をこっそり綴っています。
ホミンのみ。

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