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SPY in the attic 26

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SPY in the attic 26



パーティーの前日、ユノはチャンミンを連れてMI6に出勤した。

ユノがロビー受付から電話を入れると長官は「緊張する。」と言っていたが、受付まで迎えに来た時には、まさに秘密情報部長官と言った態度でチャンミンに接した。

「はじめまして。長官のコリンです。今回の協力に感謝します。」

「チャンミンです。いつもユノのこと、ありがとうございます。」

長官は妻みたいなチャンミンの発言に頬を緩めた。

「ふふ。お会いできて嬉しいですよ。今日はパーティーに備えてチームを紹介します。私の部屋でコーヒーでも飲んでお待ちいただけますか?」

コーヒーを運んで来た秘書は見ない顔のチャンミンを不躾に眺めた。
ユノは咄嗟に秘書の手をとり、視線を自分に向けさせた。

「この指輪素敵だね。」

小さな緑石が輝く薬指のリングを指差したユノに、彼女は自慢気に手をヒラヒラさせる。

「私にも浮いた話くらいあるのよ。」

「エメラルド?誕生日5月だもんな。似合ってるよ。」

「あら知ってたの。プレゼントもくれないくせに。」

チャンミンが片眉をぐいっと上げる。
ユノは嫉妬するチャンミンを初めて見て内心にやにやした。

秘書のコーヒーはチャンミンの口に合わなかったらしい。一口飲んでカップを置いたきり、長官を観察し始めた。

チャンミンに緊張は微塵も感じられず、夜の甘えた雰囲気も鳴りを潜めて麗人の装いだ。

居心地が悪くなったのか、長官はユノを生け贄にした。

「ユノは君に失礼なことしてないかな?これでも可愛がっているエージェントなんだが、まさか犯罪を打ち明けられる日が来るとは思わなかった。」

「……長官。今は勘弁してくださいよ。みんなには内緒ですからね?」

「分かってる。関係を知ってるのは?」

「ベンだけです。」

「そうか……。お前、本当にベンのこと信頼してるんだな。」

「はい。」

「俺にも打ち明けてくれて嬉しいよ。お前の弱味を握れるとは快感だ。」

チャンミンはユノと長官のやり取りに唖然としたが、終いにはぷっと吹き出した。

「MI6の長官は、もっと冷酷無比な方かと思ってました。ユノがスパイだなんて信じられなかったですけど、コリン長官あっての彼なんですね。」

「さあどうかな。みんな騙されてるだけかもしれないよ。」

長官が冗談にしてはシュールな発言をしたところで、チームの仲間が入ってきた。

マシューと、MI5から派遣されてきたジェラルドとエディ。

「ジェラルドとエディは技術者で盗聴はお手のもの。ユノと一緒に後方支援してもらう。マシューと俺は一緒にパーティーに参加する。」

「どうやって招待を?」

「首相のつてだよ。内務大臣の裏側を暴けるかもしれないと報告した時の首相の顔をみんなにも見せてやりたかった。大いに張り切ってる。いつもこれくらい協力してくれたらいいんだがな。」

「凄い会話ですね……。」

チャンミンは最初だけ尻込みしていたが、すぐにチームに溶け込んで自分の役割を確認した。

ウィリアムズ家の図面を前に、内務大臣と伯爵が密会するであろう部屋の位置や、外部から進入する場合にお勧めの経路などてきぱきと説明する様は、スパイ顔負けだ。

いつの間に確認したのやら。
ユノの視線に気付き、チャンミンは言い訳した。

「前回訪問した際に邸宅内をぶらついたから。」

「ふぅん。用意周到だな。」

ユノも負けてはいられないと参戦した。

「MI5の話と、外務省役人が亡命した状況を考えると、内務大臣は男爵になるための推薦の約束を取り付けると思う。」

「僕もそう思う。自分の悪事の証拠は残さなくても、利のあることは記録を残したがるはず。僕はそれを奪うか、奪えなくても聞き出してみせる。」

凛としたチャンミンの態度に、訝しげだったマシューが表情を和ませ、小さな盗聴器を2つテーブルに置いた。

「この1つを密会の部屋に設置できればいいが、侵入できるか分からない。」

会場奥の部屋は入り口が丸見え。窓もない。
誰にも気づかれず設置するのは難しそうだった。

「もう1つを君と大臣が泊まる部屋に外から侵入してユノが仕込む。俺と長官はパーティー会場に居るから、早めに部屋を特定して欲しい。できるか?」

「分かりました。部屋は事前にセバスチャンに確認します。2階の、正面から向かって左側が客間になっていますから、何個目の部屋か指示します。そうだな……。」

チャンミンは少し考えてユノの顔を見つめ、「うん」と頷いた。

「胸にバラのコサージュを着けて行きます。僕がグラスに入れる花びらの枚数を確認してください。」

ユノは前回パーティーで出会った時、チャンミンが鼻を寄せたバラの花を思い出した。

あの時、まさかこんな状況になるなんて想像もできなかった。
ユノはトゲに刺されたわけでもないのに、指先がじんじんの痺れた。

長官がユノの肩をぽんと叩く。

「ユノは盗聴器をしかけたら、外で待機。ジェラルドとエディが会話を確認するから、何かあったら俺とマシューに連絡しろ。」

「はい……。」

ユノが前に出るべきではないのは分かっている。隠れて見守るしかない。

だが、何かあったら絶対にチャンミンを第1に守る。それだけは心に決めていた。

打ち合わせの後、廊下でマシューがユノを呼び止めた。

「なぁユノ。いい協力者を見つけたな。男娼なんて言うから、なよなよした気持ち悪い奴かと思ってたが、偏見だったようだ。」

ユノは誇らしかった。
盗聴器の仕組みについてジェラルドとエディにしきりに聞きながら前を歩くチャンミン。

「彼は非凡な人間です。単なる男娼じゃありませんよ。俺にも、正体はよく分かりませんけどね。」

「前にパーティーで見た彼だな。」

「ええ……。」

「お前、あの時俺に嘘ついただろ。彼は内務大臣と同じ部屋に入ったんじゃないのか?お前、右側の部屋に入ったって……。」

「すみません。」

「どうして嘘なんかついた。」

「彼を……守りたくて。あの時点で男娼とバレたら、通報されるかと。」

「お前な!まぁ、いい。それで守った結果、協力者になってくれたんだと解釈しておく。」

いつも冷静なマシューが微笑んでいた。

「マシュー?」

「俺な、実はお前を疑ってた。イアンを嵌めたのはお前なんじゃないかと。こそこそ動いてたから。でも、信じてやるよ。お前の嘘はすぐ分かる。イアンを騙せると思えない。」

「バカにしてます?」

「スパイとしては落第だな。」

がっくり項垂れたユノ。
マシューは遂にばか笑いした。

「だが、こんなスパイもありなのかもな。長官に聞いたよ。アルバート長官に直談判したって。俺みたいなスパイは古くてお堅くて、お前の様には動けない。羨ましくもある。」

胸元に入れたイアンのノート。ユノはそれにそっと手を添えた。

イアンがユノならできると考えたのは、こういうことだろうか。

もう、本当のことをイアンに聞くことはできないけれど、垣根を越えて協力し合うことで、確実に状況は変化している。

「まだ、やらなければならない事だらけです。チャンミンが無事やり遂げることができるかも心配ですが、MI6内の2重スパイも突き止めないと。」

「ベンではないと?」

「違います。」

「他に思い当たるのは?」

ユノは正直、マシューを少し疑っていた。だが、そうじゃない。マシューはイアンと似ている。真面目で取っつきにくいが、MI6に忠誠を誓っている。

マシューは笑顔から、真剣な顔に戻った。

「長官は?」

「まさか!」

「ベンが嵌められたのなら、ソ連大使館に出向かせたやつがいるってことだろ?ベンが無条件に従う人は、限られるぞ。」

ユノは息が止まった。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

更新が遅れて申し訳ありません。

折角のGWを前にして追い込んで仕事した結果、風邪をひいて寝込むという残念な平成の終わりを迎えています。
気が抜けると人ってダメですね……。

のど痛いー!
鼻水止まらないー!

とんだご挨拶になりましたが、明日からの令和も変わらぬご愛顧、よろしくお願いいたします。



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SPY in the attic 25

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SPY in the attic 24

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SPY in the attic 24



床に転がったまま、ユノはチャンミンを見つめた。

「愛してるよ。もう何でもいい。愛してる。」

「ユノ……。」

泣きそうなユノの顔をチャンミンが見上げている。

「大丈夫?辛いことあった?」

辛いのはチャンミンのせいだ。
お前が協力するなんて言うから。
お前がこんなに可愛いから。

ユノは言葉を飲み込んで、チャンミンのガウンに顔を寄せた。シルクの生地がするりと頬を撫でる。

対照的にねっとりとした口づけを交わし、ユノはチャンミンを抱き起こした。

「下の部屋に行こう。コーヒーでも飲みながら話したい。」

「分かった。」

チャンミンがいれてくれたコーヒーは、長官室で飲むものとは別次元だ。
ふんわり香るモカ。苦味も酸味も適度で、まろやか。

コーヒーが美味しいこと。
そんな小さな幸せが、身に染みた。

ユノはこれまで得た情報を全てチャンミンに話した。

「MI5とMI6でお前を守る。だけど、無茶はしないでくれ。いいな?」

「はいはい。」

「チャンミン。危険なんだぞ、分かってるのか?」

「分かってるよ。男娼として粛々と働きます。」

「む……。」

それも嫌だなんて、ユノに言える権利はもう無かった。チャンミンの存在があるからMI5と組むことができた。

ユノは向かい合わせの椅子を移動し、チャンミンの隣に座った。冷えてしまってもまだ美味いコーヒーを啜るユノの耳をチャンミンが撫でる。

くすぐったくて、胸が痛い。

「この仕事が終わったら、俺MI6をクビになるかも。」

「え?どうして?」

「長官に話した。お前と愛し合ってるって。」

「ふぇ……はっ……はあぁぁ!?」

チャンミンのすっとんきょうな声が面白くてクスクス笑い出したユノの身体を、チャンミンはぼかすか叩いた。

「バッカじゃないの!?ほんとにスパイ!?頭おかしいって!!」

「あはは!クビになったら何の仕事しようかな。あ、その前に監獄行きか。」

「笑ってる場合じゃないでしょ!」

目を見開いているチャンミンの髪をポンポンと撫で、ユノはシンクでコーヒーカップを洗い始めた。

「ユノ……。」

後ろからチャンミンが抱きついて、泡だらけのユノの手に自分の手を重ねる。

「そうだね。ユノがスパイを辞めたら、田舎に行かない?」

ユノの胸にじんわりと温もりが広がる。

「……チャンミンも、来てくれるのか?」

「まぁ。例えばの話。」

「ふふ。じゃ、この間行ったみたいな農家の一軒家を買って、羊でも飼うか。」

「馬も!僕世話も調教もする。」

「家庭菜園で採れた野菜でスープ作ってくれる?」

「もちろん。あ、ニワトリも飼わなきゃね。卵と野菜でキッシュも作るよ。」

「デザートも欲しいな。卵たくさんある日はカスタードプリン作ってくれよ。」

「うーん。じゃあ、作れるように練習する。」

「いいね。あ、犬も飼って散歩したいな。」

「散歩なら馬はどう?」

「チャンミンが乗馬教えてくれるなら。2人で馬に乗って丘に行こう。」

「ママレードサンドと紅茶持って行こ!」

「で、カシの木陰でキスしようか。」

「うん。きっとママレードの味がするね。」

ユノは前を向いたまま、チャンミンの体温を背中に受け止めて、シンクの向こうに儚い夢の光景を描いていた。

美しい眺めだった。


一緒にシャワーを浴びてベッドに入ってからも、チャンミンは田舎暮らしの妄想に耽っていた。

「犬を飼うなら大型犬?小型犬?」

「いや、やっぱり犬はやめよう。ベッドでこれからって時に邪魔しに来そうだから。」

「えぇ……。心狭い。」

「うるさい。俺はチャンミンを独り占めする。」

「独り占めならしてるよ。僕はもうずっと、ユノに占拠されてる。」

枕に顔を寄せてラベンダーの匂いを嗅ぎ、チャンミンは仰向けに寝ていたユノを自分に向かせた。

「ごめんねユノ。」

「うん。」

何に対しての謝罪かなんて、聞かなくても分かる。

「ユノは全部話してくれてるのに、ごめん。」

「……いいよ。」

「でも、これだけは信じて。」

「うん?」

「僕はユノを愛してる。」

「チャンミン……。」

抱き締めようとしたユノの腕にそっと手をあてて、チャンミンは起き上がった。
デスクに並んだ本の間から、封筒を取り出す。

床下に隠されていた封筒だった。

「これ、見たんでしょ。」

「あー。」

「見たんだね。」

「……見た。」

何故かチャンミンの顔は真っ赤になった。
ユノは怪訝に思い、顔がよく見えるように起き上がって壁にもたれて座った。

「内務大臣の資料も見た。」

「それはいいの。ボスからもらった客の資料。それより……この写真。」

客の資料にしては随分詳細に党内のことが記されていたが、そこは今チャンミンの話の焦点ではないらしい。

「それ、前から持ってたんだろ。俺のこと、出会う前から知ってた。」

「うん……。」

ユノは悲しくてため息混じりに笑った。

「ふふ。写真は、どこで手に入れた?」

「内務大臣が郵送する封筒から……。」

「郵送って、どこに?」

「MI5の住所だった。アルバートさん宛。」

MI5の住所をチャンミンが知っていることにユノはもう驚かなかったが、イアンと自分の写真を内務大臣が持っていたことには驚いた。

「内務大臣に頼まれてポストに出しに行ったんだ。でも、中身が気になってこっそり開封して……。」

「盗んだのか?」

「すごく沢山入ってたから、同じ様なの数枚ならバレないと思って。他のは封をし直して送ったよ。」

「何故内務大臣が?写真以外に入ってたものは?」

「対象のスパイってメモがあった。」

2重スパイの対象者ってことか?
イアンだけじゃなく、俺も内務大臣からの入れ知恵で疑いをかけられていたってことか?

「チャンミン!これを内務大臣が送ったのはいつだ!」

急に声が大きくなったユノにチャンミンはびくんとして、俯いていた顔を上げた。

「僕の客になって少しした頃だから……半年くらい前。」

ユノは脳内で出来事を時系列に並べた。

内務大臣がMI5に俺とイアンを2重スパイの疑いがあると報告したのが半年前。
その後MI5内で調査はしただろうが、確実性のないまま、情報はアルバート長官からMI6に渡された。

イアンは真面目で忠実なスパイだ。
調査したって疑わしい点などなかっただろう。
それでも監督大臣経由の情報を捨てるわけに行かず、MI5はMI6に丸投げした。
そして、ユノがイアンの調査をMI5から引き継ぐ形になった。

ユノは早くからこの事件に巻き込まれていた。
イアンの調査を担当するよりも前から。
巻き込んだのは、写真を撮影した人物だ。

チャンミン曰く、ユノとイアンの写真はポートレートや仕事中のものばかりだった。
MI6内部か関係者にしかできない。

疑おうと思ったら、エージェント全員が怪しい。マシューも、長官ですら。

「ああ……。」

ユノは呻いた。
全員疑わしいなんて、気が遠くなる。

「チャンミン。どうして写真を抜き取ったんだ。」

どんな情報でもいいから欲しい。
ユノは必死だった。

チャンミンは、ユノの暗い気持ちとはかけ離れた様子で封筒を摘まみ、モジモジしている。

5フィート程のチャンミンとの距離がもどかしく、引っ張ってベッドに座らせ、顔を覗き込んだ。

「MI6に関することくらい教えてくれ。俺は2重スパイを突き止めなきゃいけない。」

「写真のことは、そんな大それたことじゃないんだ!」

「どんな小さなことでもいいんだって!何でチャンミンがこれを持ってるか教えろよ!」

「……それは……スパイに興味が湧いて抜き取っただけ。」

「だったらどうして俺の写真は何枚も抜き取ったんだ。イアンの写真は1枚しか無かったのに。何か俺の情報が必要だったのか!?」

「違う!」

チャンミンは涙目になって、それから、か細い声で答えた。


「………その………かっこ良かったから。」


「……ん?」




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SPY in the attic 23

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SPY in the attic 23


ユノの頭の中には、自宅のリビングの光景が浮かんでいた。

チップスを咥えて、核シェルターのコマーシャルを観ているチャンミンのモグモグ動く口。
ユノが儚く夢を見た幸せな我が家の光景。

「本当なら、許せませんね。」

国家機密を漏らすなど大臣にあるまじき裏切りだ。
だがそれよりも、不安を抱えて翻弄される国民をよそに、私欲に走る人々が国の中枢に居ることが、ユノは許せなかった。

コリンはぶるっと頭を震わせて拳を握った。
長官も怒りに震えていることが、ユノには救いに思えた。

「おい。首相は次の核実験を画策していると噂があるが、まさか内務大臣の入れ知恵か?ウィリアムズ家に富をもたらすための……。」

「いや。首相と内務大臣の関係はどうも良くない。内務大臣は首相の推薦なしに選ばれたからな。」

そうだ。
チャンミンの屋根裏で見つけた資料にあった。
内務大臣は首相の座を狙っていると。首相になれば貴族への道はますます拓けるだろう。

内務大臣は首相の推薦なしに女王陛下に任命された。
通常珍しいことではあるが、戦後続く不安定な情勢への国民の反発を抑えるため、若く国民に人気のある議員を大臣にしたのは、当時陛下の英断と思えた。

だが結果はこれだ。

「核実験は国力の顕示が目的だろ。植民地の独立運動に対する牽制でもあるだろう。首相も焦ってる。」

アルバートの言葉にコリンは納得して頷いた。

「首相はこちらサイドだな。内務大臣の悪事を暴けば少しはご機嫌も回復するだろ。だが、証拠は?この話に証拠は?」

「ない。核シェルター会社を調べた結果の憶測としか現状は言えない。だからMI6の持ってる情報がこちらも欲しい。」

アルバートはコリンとの会話を止め、ユノに視線を移した。

「亡命した外務省の役人とお前の友達が写真に映っていたな?内務大臣の件と関係が?」

「外務省の役人は、KGB、ウィリアムズ家の次男セバスチャンと繋がりがあります。国防省とも接触していました。セバスチャン、KGB、外務省の役人が密会している会合現場を押さえました。写真もあります。」

ユノは今までの情報を脳内で再構築していた。核シェルターの製造に合わせるために情報を流していたとの前提なら、全て合点がいく。

「役人が秘密情報を内務大臣に漏らし、内務大臣がセバスチャンを通じてウィリアムズ家に流す。」

「KGBが何故そこに絡んでいる。」

「亡命するほどですからね。役人は機密情報をソ連にも流していたんでしょう。多分、金に目がくらんで。」

アルバートの目は輝いていた。
MI5とMI6の情報を重ねることで、情報が真相に近づいていく。

「ベンは……私の仲間だったベンは、役人に調査情報を流して亡命を後押しした疑いが。」

「よし。スコットランドヤードにベンの捜索を依頼しよう。逮捕して吐かせるぞ!」

心の中でユノはベンに謝った。
だが、今はベンの無実を証明する証拠がない。それに、KGBにベンが捕まるより、2重スパイのかどで警察に捕まる方が安全だ。

無実は後で必ず証明してやる。
俺はお前を守る。
そして、チャンミンも。

ユノは一瞬だけ目を閉じてチャンミンを胸に抱いた。

目を開いたユノは、コリンとアルバートを交互に見つめた。

「内務大臣がウィリアムズ家に情報を流している、確固たる証拠を掴む必要があります。」

コリンが呟いた。

「セバスチャンを、吐かせるか?」

「いえ。彼は腐っても伯爵家の人間です。ウィリアムズ家の栄誉を汚すことを口にはしないでしょう。」

「だが他に手はあるのか。役人は亡命、KGBを捕まえたところで、絶対に吐かないぞ。」

「1つ手があります。」

ユノはチャンミンの存在を話した。
アルバートは、冷静な表情を崩して困惑顔になったが、すぐ気を取り直した。

「内務大臣がご執心の男娼とは……。そいつを捕まえて吐かせたら、内務大臣を逮捕できるじゃないか!」

「同性との性交渉の罪でですか?大臣の罪はそんなものじゃありませんよね。もっと重い。」

ユノは高揚していた。
抱いてきた嫉妬の感情を、大臣を追い詰めることへの執念に変えて。

「週末のパーティーで、彼は大臣に会います。彼が大臣から証拠を掴んでくれれば、こちらの勝ちです。MI5とMI6で協力して、彼をサポートしたい。乗りますか?」

アルバートはにやりと笑い、棚からグラスを取り出してスコッチを注ぎ、ユノとコリンに手渡した。

「乾杯しよう。今から俺達はチームだ。」



帰りの車の中で、コリンはユノにちらちらと視線を投げる。

「何ですか長官。」

「ユノ、その男娼、本当に信用できるのか?大臣の寵愛を受けてるのに、どうしてこちらの協力を?リスクがあり過ぎるだろ。」

「信用はできます。」

「だからどうして。」

「彼と俺は、愛し合ってますから。」

「は……。」

コリンは口をぽかんと開けて、煙草を取り出した。ライターが上手く着火せず、カチカチと音を立てる。

ユノは笑ってライターを奪い、火を着けた。

「クビにするなら事件が解決してからにしてくださいね。」

「お前……。いや、今のは聞かなかったことにする。」

MI6の駐車場に車を入れても、コリンはなかなか車から降りなかった。

「長官、計画を立てないと。パーティーまで時間がありません。」

ドアを開けようとするユノをコリンは引き留めた。

「待てユノ。その、愛し合ってるってのは、精神的に?」

「嫌だな。両方ですよ。」

「肉体的にも?」

「長官。聞かなかったことにするんじゃなかったんですか。通報するならお願いですから調査の後に……。」

「彼が大臣とその、やっててもいいのか?」

「いいわけ……ないですよ!!」

ユノは思わず叫んだ。

耐えきれなかった。
仕事のためにチャンミンを使うことも、大臣のもとに行かせることも、触れさせることすら。

「でも!俺はベンを救いたい!イアンのことだって!誰かが彼らを貶めてる!彼らの無実を証明するには、早急に真相を解明するしかないじゃないですか!!」

大声で喚いて爆発した後、ユノは肩を落とした。

「俺は、一体何をしてるんでしょう。こんなことのためにMI6に入ったんじゃないのに。」

コリンは静かにドアを開いて車を降りながら、項垂れているユノを振り返った。

「お前がMI6にいてくれて良かったよ。」

「……長官。」

「俺とアルバートで計画を立ててメンバーを召集する。お前、今夜はその協力者の護衛でもしてこい。じゃあな、お疲れ。」


ユノはチャンミンの家に向かった。

チャンミンの傾斜のある細い肩に、全てを背負わせてしまった。
運転するハンドルは重かった。

車を裏道に停め、敢えて屋根伝いをユノは歩いた。ロンドンの街並を眺め、何度もため息を吐いた。

屋根裏部屋の窓には明かりが灯っていた。
青いガウンを羽織って口を少し尖らせ、チャンミンはデスクに向かって本を読んでいる。

「コンコン」

ユノが叩いたガラスの音にびくりとし、チャンミンは窓に駆け寄った。

「またこんなとこから!」

呆れた風でいて、でもチャンミンは嬉しさを隠しきらずに唇をむにむに動かして窓を開けてユノの襟を引っ張った。

「おい。おいって!」

バランスを崩して窓枠から落ちたユノの下敷きになって、チャンミンは笑う。

これは一時の幸せ。
パーティー当日には、ユノは嫉妬に身を焼かれるだろう。

それを忘れたふりをして、ユノは溢れる愛しさを全身に滲ませてチャンミンを抱き締めた。






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SPY in the attic 22

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SPY in the attic 22



調査はMI6に任せろと、協力はもう要らないと言えたらどんなにいいか。

「チャンミン……。すまない。」

「謝らないでよ。僕はしたいことをするだけ。」

「俺もパーティーには行く。何かあったら助ける。気に入られてるからって、大臣は暴力的なんだろ。」

「人のセックス覗き見するつもり?悪趣味だね。」

「チャンミン……。」

チャンミンが妖艶な態度でユノを挑発するのは、内務大臣に会って調べると決心しているから。止めても無駄だと意思表示しているように思えた。
チャンミンでなく、マックスであろうとしているのだと。

ユノはチャンミンを止められない悲しみに耐えて、立っているのがやっとだった。

「心配だから、また、夜来る。今夜は客は?」

「来ないよ。」

前にパーティーで内務大臣と夜を共にしてから、チャンミンは客をとっている気配がない。それに1週間の休暇をもらえるなんて、大した待遇だ。

「もう、客は大臣しかとらないのか?」

チャンミンは曖昧に首を傾けるだけだった。

いいさ。
言えないなら言わなくていい。
俺には俺のやり方がある。

ユノはMI6に戻った。

イアンのノートのことをユノは考え続けていた。

スパイの自分ができることとは何なのか。
真面目で秘密をきっちり守るスパイ。
国に忠誠を誓うスパイ。
ユノはそのどれとも少し違う。

イアンにできず、自分にできること。
ユノには、ユノのやり方を貫くことだけが、残された道だった。


連日に渡り長官室に押し掛けたユノに秘書は文句たらたらだったが、声を聞いた長官が扉を開き、ユノを招き入れた。

扉を閉めるやいなや、ユノは口を開いた。

「長官はベンが2重スパイだと思ってますか?」

「逃げたんだぞ。疑わざるを得ないだろ。」

「俺は疑いません。ベンは違う。」

「だが……。証拠だってある。」

ユノはデスクの上の写真を一瞥した。

「そうですね。疑うのは当然のことですね。スパイなら。」

「お前もスパイだろ。」

ユノはにやりと笑った。

「長官。MI5に協力を要請しましょう。」

長官は首を横に振ってため息を吐いた。

「だから言ってるだろ。やつらはうちを信用してない。」

「2重スパイなら突き止めました。ベンですよ。」

「は?さっきと言ってることが……。」

ユノが持ち上げてヒラヒラさせた写真。
長官は「ふん」と頬を歪ませ、呆れ顔になった。

「この写真を証拠にするのか。全部ベンてことにして。」

「そうです。ベンは逃げた。MI6は身辺整理を進めてる。もう協力を断る理由はありません。長官がそう思ってるなら、嘘ついてることにはなりませんよね。」

「ふん……。やってみるか。」

長官は時計に目線を走らせ、煙草を掴んでポケットに入れた。

「行くぞユノ。この時間、MI5長官は会員制クラブで政治家に媚を売ってる。」

ユノは急いで写真を胸ポケットに入れ、長官の後を追った。

ユノが通常入ることのできない高級クラブは、グラスを傾けるスーツ姿の年配男性でほとんどの席が埋まっていた。

クラブと言っても、ここは上流階級の交流の場。高級皮革のソファと重厚なテーブルが並んだフロア内には静けさの中にひそひそ話の声だけが微かに聞こえ、排他的な雰囲気が漂う。

場違いに若い外国人風情のユノに眉をひそめる男達の間を歩き、長官は大物政治家と葉巻を吸っているMI5長官の横を通り過ぎざま、呟いた。

「こっちの身辺整理は済んだ。」

しばらくして、クラブの端の席に腰を下ろした長官とユノのもとに、彼はやってきた。

「イアンでも、この男でもなかったか?」

「ああ、アルバート。君らの読みは酷い外れ方だったぞ。調査にかけた時間を返して欲しいね。」

ユノがポケットから出した写真にちらっと視線を投げ、アルバートは葉巻をくゆらせた。

「こいつじゃなくて、仲良しスパイの方が裏切り者だったか。」

「私はユノです。長官……がお2人なので、アルバート長官とお呼びしても?」

言葉に反応せず、煙を吐いた彼の冷たい空気。
横柄な態度は政治家のそれだ。
先輩であるMI6長官のコリンとの間にも、ピリッとした空気があるのは、ライバル意識だろうか。

ユノは、思いきってかまをかけた。

「MI5の調査はいかがですか?内務大臣が裏でやっていることは、到底許せることじゃありませんね。こちらでも大臣とウィリアムズ家のことを調べました。KGBも絡んでいるとは、MI5も気が気じゃないでしょう。」

チャンミンの話と今までの調査情報。
そして、野心的なアルバートの態度を総合した上での、かましだった。

ユノのはったりに、アルバートはぴくりと反応した。

「KGB?」

引っ掛かった。
MI5の知らない情報があったのは救いだ。興味を引けば、あとは早い。

「こちらの情報は全て出します。MI6は国内は手薄で正直、人手不足。この件、協力できませんか。内務大臣の尻尾を掴みましょう。」

アルバートは葉巻を捨てて席を立ち、コリンとユノを見下ろした。

「ここは場所が悪い。移動しよう。」

ハイドパークの西側に位置するメイフェアにあるMI5本部に、ユノ達は移動した。

長官室に入ると、アルバートは内務大臣への暴言を次々と吐き出した。

国民に人気のある大臣は、MI5にとっては目の上のたんこぶだった。

「アイルランドのテロも激化してるってのに、財政状況が厳しいからって何でも縮小。MI5には意味がないだと。こっちの仕事を何も知らないくせに。」

「監督大臣なんて、名ばかりですね。」

「まったくだ!いいのは見た目だけ。とんだタヌキ野郎だ!」

共通の敵を持つと、ライバルは突如仲間になる。

MI5が掴んでいた情報は、ユノの想像以上に幻滅するものだった。

内務大臣は下院の議員。言わば叩き上げ。
上院の貴族院とは違い、庶民院と呼ばれる下院の議員は選挙で選ばれる。

彼の選挙区であるウィリアムズ家の領地での人気は圧倒的で、貴族院の重鎮であるウィリアムズ家伯爵との縁も深い。

「内務大臣は、貴族になりたがってる。」

「一代貴族法か。」

コリンが呟いたのは、1958年に制定されたばかりの新しい法律だ。
世襲貴族でなくても、相応しいと推薦を得た者が、男爵の爵位を叙され貴族になれる。

男爵になれば、貴族院の議員として終身の名誉が保証される。

「ウィリアムズ家は広い領地ゆえに財政状況は悪い。それを、内務大臣は助けて媚を売ってる。」

「貴族になりたいがために……。」

コリンはユノに頷いた。

「コヴェントリーが第二次世界大戦でドイツに空爆されて産業を壊滅させられたのは知ってるな。」

コヴェントリーには、王室御用達のジャガーの工場があり、軍事車両の製造をしていた。そこを徹底的に狙われたのだ。

「ウィリアムズ家が経営していた会社もコヴェントリーにあって当時大きな損害を被り、建て直しをはかっているが、最近ヒット作が生まれた。」

「核シェルターですね。」

「ああ。私達は、内務大臣がウィリアムズ家に機密情報を漏らしていると思っている。」

ユノとコリンは視線を合わせた。

2人とも眉間に深い皺が寄っていた。

「イギリスが核実験を行う少し前、ウィリアムズ家の工場は再建を試み、核シェルターの製造工場に生まれ変わった。」

「事前に知っていたと?」

「おいおい冗談じゃない。国家機密だぞ。」

ユノとコリンの嘆きは深かった。

機密が易々と漏れ、一貴族の金策に用いられるとは、世も末だ。





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SPY in the attic 21

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SPY in the attic 21



長官は、ブラインドを開けて窓の外を眺めていた。いつもきっちり閉めているのに、珍しい。

ユノがソファに腰かけても、秘書がコーヒーを置いて部屋を出ても、長官は暫く背中を向けていた。

ユノはコーヒーを一口飲んで、煙草を吸っていいか聞いた。

「ああ……。俺も吸おうと思ってた。」

やっと振り返った長官は、疲れきっていた。
昨日とは別人の顔。

「お疲れですね。1日で何がありました?」

「さっきこんな写真が届いてね。」

デスクの上の1枚の写真。
視線を落とし、ユノの喉は小さく鳴った。

「え……。」

誰より信頼している仲間。
ベンと、外務省の役人がソ連大使館の横で話している姿。

「どうして……ベンが……。」

「昨夜の写真だ。この後、役人は亡命した。」

「そんなの……たまたまじゃないんですか?ベンは何と言ってるんです!」

「これから話を聞く。お前に聞きたいのは、ベンの行動に怪しい点が無かったかだ。マシューにはもう聞いた。昨日の夜は別行動だったと。」

昨日は……。
チャンミンの休暇の最終日で、ユノは家に帰った。

「昨夜……協力者の家がKGBに荒らされました。」

「場所を知ってたのは?」

「ベンは知ってました。でも!」

「分かった。ユノはもういい。ベンを呼んできてくれ。怪しまれるなよ。」

ユノは部屋を出るのを躊躇した。

違う。ベンは2重スパイなんかじゃない。
でも、違うと説得できる材料がない。
ユノにあるのは、勘でしかなかった。

扉の前で歩みを止めたままのユノに、長官は思い出したように告げた。

「そうだ、ユノ。MI5に、お前が言ってたような東洋系ハーフのエージェントは居ない。これは確かな情報だ。」

「そうですか……。」

ユノは落胆した。
期待と情報が一致しない。

勘は、脳内に蓄積された情報が無意識に処理されて与えられる閃き。ユノはそう思っているから、勘を大切にしていた。
だが、事実はユノの勘を肯定してくれない。

「失礼します。」

部屋を出たユノの心に、寂しさと失望が押し寄せた。

ユノには何もかも分からなかった。
ベンも、チャンミンも、自分には見せてくれない顔があるのか。

好きな人を猜疑心の色眼鏡で見ることが自分の仕事なのなら、あまりに虚しい。

ゆっくりと廊下を歩くユノに向かって、マシューが走ってきた。

「ベンが居なくなった!」

「え?」

「部屋を出たきりどこを探しても居ない!」

もう、絶句するしかなかった。

「長官に報告してくる!」

ユノは走り去るマシューに叫んだ。

「ベンの家に行ってきます!」

振り返って頷いたマシューの、落ち着いた、どこか悲しそうなブルーの瞳。スパイらしい目だ。
ベンの目とは違う。

ユノはベンの目が好きだった。
ダークブラウンの深みのある瞳をキラキラさせ、いつもユノを明るい気持ちにさせてくれる。

ベンの家に車を走らせながら、エジプトでベンと働いた時のことを回顧した。

ユノの勘にベンが情報を付け足し、勘を立証してくれる。彼は優秀なエージェントでありながら、ユノの意見を信じてくれる理解者でもあった。

マックスのことをベンにだけ話せたのは、協力して欲しかったからだけじゃない。こんな仕事をする生活の中で、素直に全て打ち明けられる仲間が欲しかった。

さっき、ベンは何か言おうとしていた。
何か事情がある。


チャイムを押した後、少ししてドアを開いたのは涙目の女性だった。

「あなたは……ユノ?」

聡明そうなロングヘアの女性は、ベンの彼女だった。

「さっきベンが突然帰って来て、荷物持って出ていってしまったの。しばらく戻れないかもって。何か危ない目に合ってるの!?あの人、私に仕事のことは何も話してくれなくて……。」

不安で瞳を濡らしながらも、彼女はユノをソファに座らせ、お茶を出した。

「あなたの話だけはよくしてくれたの。すごく真っ直ぐで、職場で唯一信じられる存在だって。」

「そんなことを……。」

席を立った彼女は、1冊のノートを持って戻ってきた。

「きっとユノが来るから、これを渡せって。」

とても綺麗な、新品のような手帳サイズのノートだった。
1頁目に短く記されていたのは、イアンの文字。

『ユノにはできるかもしれない。』

意味不明だった。
俺にできる?

次の頁に、ベンの文字で走り書きの手紙が挟まれていた。

『すまない。最初からノートは見つけてた。この内容じゃ、お前が疑われるんじゃないかと思って、提出する機会を失ってしまった。

お前を少し疑って観察してたのも事実だ。
でも、お前はそんなやつじゃないよな。今回一緒に働いてて、改めて分かったよ。お前は信じられる仲間だ。

ユノ。イアンは、お前の調査に気づいて、2重スパイ探しをお前に託したんじゃないか?
お前が、イアンの2冊目のノートだ。』

ユノは読み終わっても、ノートを見つめ続けた。
イアンが、俺に何を託したって言うんだ。
俺が謎の真相に辿り着くと?

面識の少なかったイアン。でも、何度か話をしたことはある。
聡明で真面目な人だった。
彼にできないことを、自分ができるとは思えない。

イアンの死体がまざまざと脳裏に浮かんだ。
ベンが置かれている状況は、イアンと同じだ。裏切り者と疑われながら、真実を追っている。
ベンがイアンと同じ目にあったら……。

ユノは身震いした。

「ベンは大丈夫ですよね?私達、結婚の約束をしてるんです。彼に何かあったら……私……!」

涙にくれるベンの彼女。
ベンとユノの仕事に、きっと見当はついているのだろう。

ノートを大切に内ポケットに仕舞い、ユノはチャンミンの家に向かった。情報が欲しい。どんな情報でもいいから問い詰めなければならない。例えそれが、愛しい人でも。

チャイムを押すと、チャンミンは仏頂面でドアを開けた。

半日ほどで、部屋はかなり整理されていた。

「写真現像したよ。家を荒らしたのはKGBのスパイだ。」

「KGB……またスパイか。」

チャンミンは驚かなかった。

「チャンミン……お前は何を調べてる。」

チャンミンはユノをじっと見つめ、微笑んだ。
ユノが望んでない可憐な微笑みだった。

「やだな。僕は男娼だよ。」

この期に及んでよくも。
ユノは質問を続けた。

「ターゲットは内務大臣か?彼に近づくためにこんなことを?」

チャンミンは無言で階段を上がり、キッチンの冷蔵庫から水を取り出して1杯飲んだ。

「俺の大切な仲間が疑われてるんだ!話せよ!」

ユノの強い口調にチャンミンは眉をひそめ、口元をぴくりと動かした。

それから静かにシンクにグラスを置き、ユノを見据えた顔は真剣だった。

「週末、ウィリアムズ家のパーティーに呼ばれた。大臣に会ってくる。彼はきまって、仕事が上手く行った打ち上げだって、僕を抱くんだ。」

吐き気のする話を平然とするチャンミンに、ユノは寒気がした。

「仕事って何だ。」

「そこまで話してはくれない。でもこの前、大きな仕事がもうすぐ片付くって言ってた。次に会う時は祝杯だって。」

「それが、週末のパーティーか。」

「だろうね。パーティーに隠れて人と会うのかも。僕が調べてみるよ。」

「おい待てよ。内務大臣が敵だったら、チャンミンの身が危ないだろ。こっちの協力者だってバレてたらどうする!疑ってるからKGBが侵入したんだ!」

「でも、行かない方が怪しまれるよ。」

チャンミンは俯いて、でも微笑みは絶やさない。

「それに……自分で言うのもなんだけど、大臣にはかなり気に入られてるから。ユノ……僕は何と言われても、疑われてても、行くからね。直接大臣に会える機会は逃せない。」

ユノには、チャンミンを止めることはできなかった。

止めたい気持ちと同じだけ、協力も欲しかった。





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SPY in the attic 20

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SPY in the attic 19

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SPY in the attic 19



思ってもみなかった。
まさか自分が疑われていたなど、身に覚えがない。

ぽかんとしたユノを、長官は笑った。

「それだよそれ。俺がお前を気に入ってるところ。そのスパイらしくない純粋な顔。自分が疑われてるなんて思ってもなかっただろ。」

「いやだって、ほんとに思い当たることがないんですよ!」

動揺するユノに、長官は嬉しそうに冷めたコーヒーを飲んだ。

「お前、エジプトに潜入してた時、最後までイギリスは侵攻するべきじゃないってレポートしてただろ。」

「それは……。世論の反対もありましたし、アメリカの動きも怪しかった。それに、イスラエルと組んでエジプトと戦うことは、アフリカ諸国やアラブ諸国からのイギリスへの敵意を煽ると危惧したからです。」

「現にそうなってるし、イギリスは負けた。」

長官はまた煙草に火を着け、ユノにも勧めた。

「お前のレポートは見事だった。大量の情報と世論まで加味した分析。結論までの流れ。俺が長いスパイ人生で見てきた中でも、最高の読みだった。」

「あれが、俺が疑われた原因ですか?」

長官はゆっくり頷いた。

第二次中東戦争は、イギリスが大株主だったスエズ運河会社を、エジプトが国有化したことに端を発する。

フランスの資金援助で開通したスエズ運河はヨーロッパにとって欠かせない流通の要であり、イギリスの資金源だった。

スエズ運河をエジプトに渡したくないイギリスとフランスが、エジプトと敵対関係にあったイスラエルを巻き込み戦ったのが、所謂スエズ紛争。

戦線はこちらが有利だったが、思わぬアメリカの裏切りにより撤退を余儀なくされた。

選挙を控え、国内世論に与した大統領がイギリス、フランスの援助を拒否し、国連で停戦、撤退を決議させたからだ。

「お前の読みは当たり過ぎた。それが原因で目をつけられたんだろ。」

「そんな。俺はただ、イギリスの未来を案じていただけです。それに、情報収集にはベンの協力もありました。俺だけで調べたんじゃありません。」

「なあ。ユノ……。」

納得のいかない顔をしているユノに、長官はぐっと身を乗り出した。

「MI5内には2重スパイを調査する専門の部署がある。俺の後、アルバートが長官になってから、特に力を入れている。」

「イギリス人同士で探り合いですか……。」

「国が危うくなると、身内で粗探しを始めるんだよ。内務大臣はMI5の縮小を考えてるらしいからな。あいつらも躍起だ。お前は、アメリカのスパイだと疑われてた。」

「は、アメリカの……。CIAに知り合いは沢山いますけど、そんな……。それに、CIAとMI6は協力関係にあるじゃないですか!」

「裏切られた国だぞ。」

「長官は信じたんですか?」

「はは。信じなかったよ。でも何でも疑うのは仕事だからな。お前の行動は把握しておきたかった。だから国内で調査をさせたんだ。イアンのね。」

「イアンを疑う証拠はあったんですか?」

「無かった。」

「では、MI5は何をもってイアンを疑ったんです?」

「それを俺も知りたかったからお前に調査してもらったんだ。MI5が寄越したのは、2重スパイの疑いがある人物のリストだ。イアンには理由書きすら無かった。」

「そんなの、納得いきません……。」

「そうだよな。あの後、MI5の長官を問い詰めたよ。上からの指示だと言ってた。あっちもどうやら内務大臣を調べてる。自分達の親玉をね。」

「それなら、協力しあえばいいじゃないですか!」

「こっちに2重スパイが居る可能性がある以上、協力体制は築けないってのがMI5の考えだ。まず身辺整理しろってことだよ。」

ユノはマックスのことを考えた。
彼はもしかしてMI5の関係者ではないかと。

「長官。MI5に、シン・チャンミンと言うエージェントが居ないか確認できませんか。もしかすると名前は違うかも。シンガポールとイギリスのハーフの男です。とんでもなく美形の。」

「何者だよ。」

「協力を申し出てきた男娼です。」

「はあ!?」

「協力を得たいので、通報しないでもらえますか?」

ユノはマックスの素性と、内務大臣の性癖、ウィリアムズ家の財政について報告し、長官室を出た。

マックスへの怒りは大きかったが、彼がもしMI5のスパイであってくれたら、全て許そうと思った。

そうあって欲しいと願った。


その夜アパートに戻ると、雑多だったユノの部屋は見違えるほど綺麗になっていた。

マックスはテレビを観ながらフィッシュ&チップスをつまんでいた。

「ごめんユノ。お腹がすいちゃって……。」

「……いいよ。先に食べてて。シャワー浴びてくる。」

シャワーを浴びながら、怪しまれてはいけないと自分の鬱屈した気持ちを洗い流した。

純粋に恋する男を演じて、マックスから情報を得なければいけない。

リビングに戻るとマックスはユノのために冷えたビールをグラスに注いでいた。

「はい。お疲れ様。」

「ありがとう。」

グラスを受け取って指先にキスすると、マックスはきゅっと唇を噛んで照れた。

嘘だと思いたくない。
こんなに可愛い表情が嘘だなんて。
だが、長官の話を聞いて、自分は甘いのだとユノは思い知った。

ユノの生きる世界は嘘と欺瞞に満ちている。

マックスの仕草が全て演技かもしれないと疑えば、愛しさは憎らしさと表裏一体になってしまう。

「休暇ってあっという間に終わっちゃうね。明日は帰らなきゃいけないなんて……。」

マックスはチップスをつまんだ指を舐めながらユノの肩にもたれる。

テレビにまた、核シェルターのコマーシャルが流れた。

「昨日の……協力の話だけど。」

ユノはビールを一気にあおって、マックスの肩を抱いた。

「お願いするよ。」

「ほんとに!?」

「だから、俺達は恋人だよな。」

マックスはユノに抱きついた。

「うん。恋人。」

「じゃあ、本当の名前くらい教えてくれ。マックスってのは、男娼としての芸名みたいなもんなんだろ?」

ユノがコトリと置いたグラスに目線をそらした後、マックスはユノの頬に手を置いてじっと見つめて口を開いた。

「チャンミン。」

適当に偽名でも告げるかと思っていたが、彼は偽らなかった。
ユノは驚き、マックスの手をぎゅっと握った。

「昔は、そう呼ばれてた。今は、マックス。芸名なんかないよ。」

「どうして名前を変える必要が?」

「そりゃ。イギリスでチャンミンなんて馴染まないから。僕はハーフなの。」

ユノは拍子抜けした。
それと同時に、意外と素性を話してくれるのではと期待したが、そうはならなかった。

「ごめん。過去の話はしたくないって言うか、話せない。」

「……名前どっちがいいんだ?どっちで呼ばれたい?」

「どちらでも。今更変えなくていいよ。」

幼い頃のあどけない姿を想像して、ユノはそっと髪を撫で、初めて声に出して呼び掛けた。

「チャンミン……。」

途端にチャンミンの瞳に涙が溢れ、ポロポロと頬を伝い落ちる。

「どうした……。」

「もう1回呼んで。」

「チャンミン。」

「ユノっ……。」

震えてすがるチャンミンを抱き締め、ユノは愛しさと戸惑いに襲われていた。

これは演技か?
違う。
絶対に違う。

こんな演技したって、何の意味もない。
俺に過去を打ち明けてもいないのに、こんな演技で同情を買う必要がない。

失っていた名前を呼ばれて、子供みたいに甘えてくれている。

やっぱり運命だと信じたい。
こんなに愛しい人に出会えたのに、何故疑わなければならないんだ。

チャンミンはユノにすがり付いたまま懇願した。

「ユノ抱いて。チャンミンの僕を抱いて!」

チャンミンは男を知らぬ生娘のように無垢な涙で頬を濡らし、ユノに身を預けた。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

『SPY in the attic』の更新を毎日に切り替えたことを、こちらの読者様にご連絡しておりませんでした。うっかりコブです。

佳境に入るに伴い、『正中に放て』を一時中断してSPYの執筆に集中しています。

時代背景のせいで、集中力が必要でして。
リアルの歴史とリンクさせたいがため、調べもの多し。
と言っても、そんなに詳しく調べてないので、さらっと流してくださいね。

また、登場人物はフィクションですので、実際の内閣や長官とは全く違います。
言わずもがなですけど。

毎晩20:00更新ですのでよろしくお願いいたしまーす♪



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SPY in the attic 18

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SPY in the attic 18



ユノは屋根裏の窓から外に出て、近隣住民に姿を見られる可能性も気にせず、ロンドンの空を見上げて煙草を吸った。

「愛した俺の負けだな。でも、俺はこれから挽回する。」

目的は知らないが、付き合ってやろうじゃないかマックス。お前が協力したいなら、協力してみせてくれ。

俺もお前を利用する。
何者か、必ず暴いてやる。
持っている情報も、全て俺に分け与えて貰うぞ。

吐き出した煙が、空に薄れて消えていく。

ロンドンの美しい街並みも、夕暮れが迫る空の色も、何もかもが虚しく見えた。



本部ではマシューが怪訝な顔で待っていた。

「ユノ久しぶりだな。お前、どうも最近こそこそしてないか。」

「あぁ……すみません。新しい情報源に接触していました。セバスチャンと内務大臣に縁のある男なんです。」

突然マックスの存在をマシューに打ち明け始めたユノに、ベンは理解できないと言った顔で眉を激しくしかめた。

ユノはマックスの仕事と、セバスチャンと内務大臣との繋がりをマシューに報告した。

「男娼か!」

「すみません。不明点が多かったので独自に調べていました。まだ分からないことの方が多いですが、通報しない代わりに情報を得ようと思います。いいですか?」

「いいだろう。だが、そんな重要人物のこと早く言えよ!」

「すみません。あんまり綺麗だったんでちょっと興味が湧きまして。」

「なっ、何を言ってるんだよ!?ほんとにユノは……。何故お前が長官のお気に入りかさっぱり分からない。」

「はは、冗談ですよ。」

乾いた笑いを無理に吐き出したユノは、ウィリアムズ家について分かったことを報告した。

銀行からのかなりの額の借入があることや、コヴェントリー市内で営む事業が赤字であること。

旅の期間中、ユノはマックスとの逢瀬を楽しんでいただけではない。仕事だってきっちりこなしていた。

ユノの情報に、マシューとベンは顔を見合わせた。

「ウィリアムズ家が核シェルター会社を運営してるって?」

「ええ。かなり売れているみたいですけど、工場設備への投資を回収するには至ってません。」

「おい…。これはかなりキナ臭いぞ。」

マシューとベンからも情報があった。
外務省の役人がKGBに流しているのは、核実験のデータではないかと言うのだ。

「あの役人、国防省の同期とやたら会っている。しかも、オーストラリア担当。核実験が行われた場所だ。」

「彼らの繋がりは、核、ですか。」

「内務大臣がそこに絡んでいるかどうかは分からないが。」

「無関係と思えませんね。協力者に頼ってみますか……。」

お互いの報告を終えると、ベンはユノを階段の踊場まで引っ張って行った。

「マックスのこと。どうしたんだよ急に。」

ユノは階段の手すりにもたれて項垂れ、髪をバサバサと乱すと笑いだした。

「嘘をつかれてた。」

「そんなの最初から分かってただろ。秘密だらけだったじゃないか。」

「でも1つだけ信じてたんだ。偶然の出会いだって。マックスは俺の写真を隠し持ってた。出会う前から、俺の顔を知ってた。」

「どうしてユノの写真を……。」

「誰かから与えられたんだろうな。内務大臣の資料もあった。多分、大臣が客になる以前からマックスは彼の身辺情報を得ていたんだ。」

「マックスも何か調べてるんだな?」

「俺だけじゃない。イアンの写真もあった。」

「イアンの!?」

ベンもさすがに驚いた。
そして、ユノの肩を掴んだ。

「おい……MI5が気にならないか……。」

「俺も考えてた。イアンの垂れ込みの詳細が曖昧過ぎる。MI5がイアンを2重スパイだと情報を流したくせに、その後だんまりってのは有り得ないよな。長官レベルで騙し合ってたら、それこそこの国は終わってる。」

「マックスがイアンの写真を持っていたのは、内務大臣との繋がりか、MI5との繋がりか……。MI5と繋がってるとしたら、スコットランドヤードとも縁は深いな。」

ユノは少し考えて、ベンを見つめた。

「……長官と話してくる。俺1人で行ってくるよ。」

ベンは頷いた。


長官室を突然訪れたユノを、秘書は止めに入った。

「アポを取ってください!」

「良かった。居るんだね。」

「良くありません!今はお電話中です!」

「じゃ、中で待つよ。」

「ちょっと!ユノ!!」

強引に扉を開けたユノを押し退け、秘書が長官に平謝りする。

長官は受話器を肩で挟んだまま、ソファを指差した。

「コーヒーは要らないからね。」

ウィンクしたユノを秘書は睨んで出ていった。

長官は首相と電話しているようだった。
話の内容から、アフリカ諸国の独立運動に関するものだと分かる。

イギリスは1956年から57年にかけて勃発した第二次中東戦争でエジプトに敗戦に等しい撤退を強いられ、多額の戦費とスエズ運河を失った。

追い討ちをかけるように植民地の多くで独立運動が起こり、イギリスの国力は衰退の一途。

世界中に散るMI6のエージェントから寄せられる情報は、厳しいものばかりだった。
電話を切った長官はため息を吐いた。

「国の責任をこっちに押し付けるなっての。」

長官は煙草に火を着けて部屋を煙で充満させた。

「経済が衰退すれば、植民地だって失う。スパイに止める力なんてない。良くない情報ばかりで首相はご立腹だよ。」

「胃が痛みますね。」

「煙草で紛らわすくらいしかこっちには対策がない。」

新しい煙草に火を着けて立ち上がると、長官はどかりとユノの前のソファに座った。

「で?俺の秘書をあんまりイラつかせないでくれないか。只でさえ毎日キーキーうるさいんだ。」

「押し掛けてすみません。」

長官にコーヒーを持ってきた秘書が、ユノを一瞥し、乱暴にカップを置く。

「あれ。いれてくれたの?ありがと。」

「ふんっ」と鼻息と共に踵を返し、秘書は部屋を出ていった。

「お前モテるねぇ。」

「どこがですか!?」

「気づいてないところが最高だ。」

ユノは首を捻って渋いコーヒーを一口飲み、口を開いた。

「長官……。いつも不思議に思ってるんです。長官が俺に、直々の仕事の依頼をすることが多いのは何故かって。可愛がってもらえるのは嬉しいですけど。」

「突然だな。まあいい。理由か……そうだな……。スパイらしくないから、かな。」

マックスに言われた台詞。
ユノは軽く笑った。

「ユノは俺の経歴知ってるだろ?」

長官の質問に頷き、ユノはやはりおかしいと思った。

長官は以前、MI5の長官を務めていた生粋の
スパイ。MI5に言われたからって、簡単にイアンが2重スパイだとは思わないはずだ。

「長年スパイや国の偉いさんとばかり接してるとな、おかしくなるんだよ。何が普通か分からなくなる。」

「俺は、普通って言おうとしてます?」

「あはは。こんな世界で働いてるのに、奇跡的だと思うよ。お前は普通に1人の人間としての感覚を失ってない。スパイとしては甘いが、救いでもある。」

長官が3本目の煙草に火を着けたタイミングで、ユノは聞きたかった本題に入った。

「俺にイアンの調査をさせたのは、長官の指示ですよね?中欧を担当していたイアンを何故?同じチームだったマシューの方が適任じゃないですか。」

長官は吸い始めた煙草を揉み消した。
何か、言おうとして言い淀んでいる。

「長官はMI5にお詳しい。現長官からの話だからって鵜呑みにすると思えません。まずは疑う。そうでしょう?最初から疑ってたから、俺に担当させたんですか?」

「そうだな。最初から信じてはなかったよ。お前が2重スパイだなんて。」

「……は?俺!?」

ユノは一瞬聞き間違えたかと思った。






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正中に放て 弓道編 44

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正中に放て
-弓道編-
44


「チャンミン……くん……。」

好きって。
チャンミン君が、僕を好きって……。

スターマインが終わっても、ユンホの脳内には大量の打ち上げ花火が上がり続けていた。

また薄暗くなった境内で、ユンホに見えているのはチャンミンの白い浴衣と、そこに打ち上がる花火。

「好き………僕も……。」

ユンホはチャンミンの浴衣の袖を掴み、それから手を滑らせて肩を引き寄せた。
チャンミンの泣き出しそうな顔を、誰にも見せたくなかった。

「僕も。チャンミン君が、大好き。」

耳元で告げたユンホの息にびくっとしてチャンミンは顔を離しそうになったが、ユンホの両手に阻まれた。

優しく頬を包んでチャンミンの顔を見つめ、ユンホはもう1度言った。

「大好き。」

唇を僅に突き出したユンホが距離を詰める。

え。
嘘でしょ。
いきなり?
ここで?

「きゃふ……。」

チャンミンの変な声は、ユンホの迫り来る唇に吸い取られた。


「きゃっ。やった♪」と日下部が飛び上がって大河の胸にしがみつく。

「ま、負けた。男に……。」と絶句した歌子に虎之介がにやりと笑みを洩らす。

「ああ……。悲惨。」と項垂れた鬼頭の肩には、九条が歩み寄って手を置いた。大した縁もない2人だったが、通じ合うものがあったらしい。


ユンホのキスは線香花火みたいな煌めきと熱をチャンミンに与え、いつまでも落ちなかった。

ユンホも自分の身体が磁石になったみたいで、離れられなかった。

軽く触れるだけのつもりだったのに、いざ唇を寄せると、チャンミンのしっとりと、ちょっぴり冷たい感触が心地いい。

「ん……。」

息が苦しく、チャンミンが漏らした吐息にユンホはますます獰猛になった。

全身が痺れてチャンミンはずるずると地面にしゃがみこんだが、それでもユンホはキスをやめない。

チャンミンの胸は破裂しそうで、意識は朦朧とした。

告白から、止まらないキス攻撃。

ユンホのプルプルした唇の感触を手離したくなくて、チャンミンは何とか失神の危機に耐えていたが、身体は骨抜き。線香花火がぽとんと地面に落ちて砕け散りそうだった。


「あかん………。これは刺激が強すぎる……。」

虎之介は目の前で繰り広げられる光景により、石のように動かなくなった歌子にこれ以上のイチャイチャシーンを見せてはいけないと焦った。

歌子が廃人になってしまいそうだ。
鬼頭と九条も真っ赤になって目を逸らしている。

フィナーレに向けて華やかさを増す花火が木々の向こうで輝いているが、ユンホはチャンミンに夢中で花火もギャラリーも、目に入っていなかった。

「あいつ……純情そうな顔してなかなか大胆だな……。」

大河は告白直後のくせにチュー攻撃をやめないユンホに驚いた。

「大河もユンホのこと言えないけどね。大胆過ぎるよ。個人戦の決勝であんなこと……。」

「俺だって必死なんだ。俺の気持ちを分かって欲しい。」

日下部には、大河の気持ちは痛いくらい分かっている。でも、大河の人生を思うと簡単に決意は変えられない。

きゅっと口を結んだ日下部を大河は抱き締めた。

「今すぐ返事が欲しいわけじゃない。ただ、俺は諦めない。卒業しても、諦めないからな。あれは俺の意思表示だ。」

一途に思ってくれる大河の熱は何より嬉しい。今はただ、この嬉しい気持ちに浸っていたい。

日下部は大河の胸に甘えた。

「ね……キスして。」

「なんだ香月。ユンホとチャンミン見て興奮したのか?」

「……ちょっと。」

「じゃあ、あいつらとは違うキスにしようか。もっと濃いやつ。」

「ん。」

廃人目前の歌子を引っ張って歩き出した虎之介は、灯籠の陰で濃厚なキスを交わす大河と日下部の姿を目撃して目が回りそうになった。

東高弓道部の風紀は乱れまくっとるな。
でも、俺も歌子ちゃんの唇をゲットしたる。

虎之介は闘志を燃やしたが、後ろを歩いていた九条は反対側の灯籠に頭から突っ込んで破壊しかけた。

「九条君!しっかり!!」

逞しく太い鬼頭の腕が支えてくれ、九条は何とか破廉恥神社を後にした。

その後、お互いの切ない恋を打ち明け合い、鬼頭と九条には悲しき男の友情が生まれたのだった。


花火大会はフィナーレを迎え、爆音の後静けさが訪れた。

一応お伝えしておくと、最後のナイアガラの滝の火が落ちきった時、「美シム愛」の文字が浮き上がって観客は全員きょとんとした。

虎之介とユンホの行動から花火大会に行くことを知ったシウォンは大金を積んだ。

テニスの試合で花火大会に乱入できない代わり、精一杯の思いをナイアガラの滝に託したのだ。

4文字までしか表示できないと言われて懸命に考えた結果のセレクトだったが、残念ながらチャンミンは森の中に居たためナイアガラを観ることはなかった。

重ね重ね不憫だ。


ユンホの、何故かミント味がする唇に吸い付かれ続け、チャンミンは息も絶え絶え。流石に限界だった。このままではユンホに吸い込まれて食べられてしまいそう。

トントンと肩を叩くと、ユンホは顔を上げ、はっとしてチャンミンを抱き起こした。

辺りを見回し、拝殿の階段にチャンミンを座らせて足元にしゃがみ、浴衣の裾についた土を払う。

「ごめん。汚しちゃったね。」

真っ赤な顔のチャンミンを見上げたユンホは、優しく微笑んだ。

「チャンミン君。」

「……うん。」

「好きです。」

改めて言われてチャンミンは魂が抜けかけたが、ユンホはそれを許さず繋ぎ止めた。
隣に座り、腰に左手を回し、右手でチャンミンが膝の上で握っていた両手に重ねる。

「チャンミン君が僕のこと好きでいてくれたなんて、夢みたい。」

「だって……ユンホ君はかっこいいもん。」

「そうかな……。」

「かっこいいよ!」

「チャンミン君の方がかっこいいよ。告白も先にされちゃったし。」

「ううん。僕は、ユンホ君がそばに居てくれるから頑張れるだけ。今までも、今日も、ありがとう。」

照れて俯くチャンミンは可愛くて綺麗だ。

「一緒に。僕と一緒に、日本一目指そう。僕、大河先輩よりかっこいい男になるよ!」

「ユンホ君……。」

肩に顎を預けたチャンミンと手を繋いで、暗くなった夜空に瞬く星を見上げ、ユンホは幸せな夢を描いていた。

まだ始まったばかりの高校生活への期待に踊る胸。やりたいことばかり浮かぶ。

チャンミンとなら、何だって実現できる気がした。

ずっと一緒に居よう。
僕のかっこ良くて可愛い恋人。
いつだって笑顔でいさせてあげる。

「あっ!流れ星!」

チャンミンが指差した森の向こうに、微かな残光が見えた。

「願いごと!ユンホ君願いごとした!?」

「うわー。間に合わなかった。チャンミン君は?」

「僕も……急過ぎて……。」

「あっ!また!」

大きな流れ星だった。
チャンミンは瞳を閉じて祈った。

瞼を開けると、ユンホが微笑んで見つめている。

「何お願いしたの?」

「うふふ。内緒。」

「ええー。僕はね、チャンミン君が僕のそばでずっと笑っていてくれますようにってお願いした。」

「ぼ、僕も……。ユンホ君がずっと幸せで居られますようにって。僕と一緒に……。」

「チャンミン君!」


こうして東高弓道部に、大河と日下部をも凌ぐ、新たなラブラブカップルが誕生した。





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いつも応援ありがとうございます。

仕事と私事が大忙しで相変わらずコメ返すらできない日々ですが、元気にやってるコブです。

さて、やっとこさ正中の2人がカップルになったところで、明日からしばし『正中に放て』の更新をストップし、『SPY in the attic 』を毎晩更新します。

これからSPYの展開が佳境に入り、おバカモード封印しないと書けなくなってきまして。

しばし、シリアス物にお付き合いください。
宜しくお願いいたします。





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テーマ : 二次創作(BL)
ジャンル : 小説・文学

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Author:コールドブリュー
東方神起 ユノとチャンミンが大好き。
脳内妄想をこっそり綴っています。
ホミンのみ。

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