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メゾン・シムの住人 7

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メゾン・シムの住人
7


窓際の席に座ってオーダーを終えたチャンミンは、登校する小学生とハイタッチして挨拶しているユノを眺めた。

私立の有名学校の先生になれるんだから、優秀な人なんだろうか。
メゾン・シムで見せるおっちょこちょいな雰囲気とは違い、子供達に見せる笑顔はちょっとカッコいい。

ユノを囲む輝いた子供達の顔つきで、ユノがいかに人気の先生か分かる。

まだ若いのに凄いなぁ。
僕も頑張らなきゃ。

チャンミンは、モエと家族のことを考えて陰に入りそうだった心をユノに日向に引き戻された。

学校に戻る時、ユノはチャンミンに大きく手を振った。コーヒーを片手に、僅かに左手を上げて応えたチャンミンに向けた彼の笑顔は、太陽みたいだった。


帰りは各駅停車に揺られた。

市役所の担当者との打ち合わせで、企画の第1回は海に関連した場所を紹介して欲しいと言われ、言葉の通り海辺を紹介するか、山から眺めた海を紹介するか、原稿のストーリーを考えながらの帰り道。

線路の継ぎ目が生み出すリズムと、車窓に繰り返されるトンネルと海。

日中の乗客が少ない車両は空想に最適だった。

メゾン・シムの掃除をしたら、今日は久しぶりに裏山に行ってみようか。
結局雨は降りそうにないし、晴れ間も見える。

昔、じいちゃんとよく遊びに行った山の上のアスレチックは、今どうなっているかな。
木材は朽ちているかもしれないけど、丸太の平均台をバランスをとりながら渡りたい。

チャンミンは無性に懐かしくて居ても立ってもいられなくなった。

日向町の斜面と、その先の海の煌めきを眺めながら食べたお握りの具は何だったか。
記憶はないけれど、あれはきっと、塩昆布だった。じいちゃんは何にでも塩昆布を混ぜたから。

山の頂上にあった、業務用ケチャップの空き缶を木にくくりつけた灰皿は、このご時世じゃ、さすがにもう無いだろう。

お握りを食べた後、祖父が吸った紙煙草の匂いが鼻をかすめた気がして、チャンミンは泣きそうになった。

こんな何でもない時間に突然思い出す祖父の面影。

お通夜でも葬式でも、チャンミンは少ししか泣かなかった。祖父は十分幸せで大往生だったし、眠るように亡くなったから。

大泣きしているユノが可笑しく見える程、親戚もみんな明るかったし、「いい人生だった。」と町の人も笑顔で励ましてくれた。

チャンミンは理由もなくこぼれそうになった涙を、欠伸のフリをして指先で拭った。

悲しいとか、寂しいとか、そんなんじゃない。
これは、古い記憶に触れて、心が震えた涙。

モエさんも、こんな風に旦那さんの死を受け入れて涙ぐむことができるといい。
でも、きっとまだ無理だろう。

彼女はいつも平気な顔をしている。
平気じゃないから、平気な顔をしている。
愚痴も言わずに、きゅっと唇を結んで笑う。

急に、小説を書きたい欲求が顔を出した。
人の心の奥に優しく触れるような、そんな物語を描きたい。

日向駅に到着したチャンミンは、物語の構想が降りてこないかと商店街をゆっくり歩いた。
だが、スーパーの店内から流れる陽気な音楽が彼を現実世界に一瞬で戻す。

「あ、モエさんのご両親が挨拶に来るって言ってたな。」

お茶菓子でも買っておこう。

スーパーに入ったチャンミンは、後れ毛を直しながらフィリピン産のマンゴーを選んでいた7号室のミチコママに声をかけられた。

商店街の裏で小さなスナックを営む彼女はすっぴんで、夜の顔しか知らない客が会っても誰か分かるまい。

「チャンミン君。お店来てくれるって言ったのに全然来てくれないじゃないー。」

「あー。ごめんなさい。お財布事情が芳しくなくて……。」

「お世話になってるから安くするわよ!」

床に裾が触れそうなロングワンピースにサンダルを引っ掻けて、カランカランと音をさせながら歩くミチコは、メゾン・シムまで愚痴のオンパレードだった。

「スーパーのご主人、お酒弱いくせに飲み過ぎて寝ちゃうから大変よ。私、毎回奥さん呼びに行って連れ帰って貰うの。やっすいボトルしか入れてくれないのに手間ばっかりかかって……。」

スーパーのおばちゃんの旦那さんが常連とは知らなかった。

「魚屋のキドさんが来るだけで、店の雰囲気悪くなって困るのよ。」

「キドさんも常連さんなんですか。」

「そ。毎週火曜に来るの。あそこの魚屋水曜休みでしょ。1人でチビチビ飲んでるだけなんだけど、あの目つきで店内見回すんだもん。新規のお客さん逃げ帰っちゃうわよ!」

「元暴走族の凄みですか。」

「若い頃はカッコよかったんだけどねー。でも今時あのリーゼントヘアはないでしょ。」

「まあ……。魚屋の雰囲気は出てますけど。」

「それよか知ってる!?隣の部屋のカオリちゃん、この前深夜に男と車乗ってるの見ちゃった!?あれ既婚者よ。私の勘に間違いないわ。不倫よ不倫!!」

「カオリちゃんが?まさか……。」

「大人しい顔してても女よー。」

「……はぁ。」


メゾン・シムに帰って来た頃には、チャンミンは山を登る気力を失っていた。

クローゼットの片隅に置いた小さな仏壇に線香をあげ、白檀の香りが充満した室内でチャンミンはしばらくぼーっとした。
小さな骨壺を手にとって撫でる。

チャンミンと両親は、祖父のお骨を墓に入れなかった。慣れ親しんだメゾン・シムから離すことが、供養になると思えなかったのだ。

じいちゃん。
今どこにいる?
ここには……いつもいるわけじゃないよね。

じいちゃんは海を眺めるのが大好きだったから、きっと見晴らしのいいところで煙草吸ってるんでしょ。

「明日は、山に行こうかな。」

週末は幸い晴れ予報。
取材のついでに、じいちゃんに会いに行こう。

「よーし!今日は明日の分まで掃除頑張るぞ!」

チャンミンはエプロンをつけてアパート周辺の掃き掃除に精を出した。祖父がしていたように、アパート前の道路まできっちりと。

「あーっ!チャンちゃん!!」

カエデがとてとてと坂道を走ってくる。

「チャンミンさん!モエとカエデがいつもお世話になってます。」

まだ60代のモエの両親が深々とお辞儀した。

「チャンちゃん抱っこ!」

脚にしがみついたカエデを抱き上げ、チャンミンはくるっと1回転した。
カエデは大喜び。

「カエデちゃん、苺とヨーグルトあるよ。食べる?」

「食べる!!」

チャンミンは、小さく切った苺にヨーグルトをかけてカエデに与え、祖父母にはスーパーで買った饅頭を出した。

「モエが日向町で子育てしたいって言った時は大反対したんですけどね。私たちはたまにしか来られない距離ですし、1人で働きながら子育てなんて不可能だと……。」

ぱくぱくと苺ヨーグルトを口に運ぶカエデに目を細め、祖母はチャンミンの手をとった。

「ご迷惑でしょう?」

チャンミンは首を横に振った。

「全然。カエデちゃんのおかげで、このアパートの雰囲気が明るくなって嬉しいです。」

「でも……私たちのところに越してきた方がモエも楽になるはずなのに。頑固な子で困ってます。」

「モエさんがここに居たいなら、居させてあげてください。僕で出来ることはしますから。どうか気になさらず。」

本心からの言葉だった。

状況を考えたら、親元で子育てした方がいいに決まってる。だが、祖父の魂に触れたかのような時を過ごした今のチャンミンは、モエの気持ちを大切にしたかった。

「モエさんのために、時間をあげてください。彼女にはきっと、この町で過ごす時間が必要なんです。それならば、メゾン・シムは最適なアパートだと思いますよ。」

カエデがスプーンをずいっと差し出した。

「チャンちゃん!苺!」

「うん。もう1粒食べる?」

「食べる!」

父を知らないカエデの笑顔は、それでも幸せそのもの。

そんな孫娘を見つめる祖父母の眼差しは、僅かに濡れていた。





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Author:コールドブリュー
東方神起 ユノとチャンミンが大好き。
脳内妄想をこっそり綴っています。
ホミンのみ。

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