メゾン・シムの住人
61
チャンミンは朝から緊張していた。
バラで満たされた部屋をウロウロし、テレビの画面をピカピカにしたり、電源ケーブル周りに埃がついていないか確認したり。
室内が完璧と見るや、玄関を出て、丹念に掃き掃除し、庭の落ち葉を拾う。
2階のベランダからムカイが声をかけた。
「チャンミン!クリスマスも掃除?」
「うん。今日お客さんが来るから!」
「へぇ。あ、そう言えばさ、タウン誌の記事の仕事、また頼めるかな。」
「いいの!?」
「南岡の広報誌の記事良かったから、キドさんとこと協力して魚特集したいんだ。料理情報も混ぜて。」
「やる!やる!!」
「OK!じゃあ企画進めとく。」
「ありがとう!!」
幸先よし。
いい日になりそうだ。
お茶菓子は昨日のケーキがあるし、コーヒー豆もジュースも仕入れた。
部屋も綺麗だし、バラは多過ぎて異様だが仕方ない。
今日はヤスエばあちゃんのアパートはクリスマスイベントがあるそうで、キュウタロウの訪問はなし。魚屋も休み。やることがない。
チャンミンはやっぱりウロウロした。
ユノは思いの外早く帰って来た。
「まだ2時前だよ!」
「午後休みにした。早くイチャイチャしたくて。」
「なーっ!何その理由!!」
「昨日の幸せを噛み締めたいから。ね、夕食の前にイチャ……。」
「今は駄目!」
「なんで!?クリスマスは早く帰って来てって言っただろ!?そーゆーことじゃないの??」
「お、お客さん来るから!ユノ格好いい服に着替えて!」
「お客さん??」
「いいから!」
両手をバタバタしているチャンミンにぽかんとして、ユノは首を傾げながらブラウンのニットと黒いスキニーパンツに着替えた。
チャンミンは白いふわもこニットだが、ボトムスはお揃い。
「同じってどうなの。」
「いいだろ恋人なんだから!」
ギャーギャー言い合いしていたらチャイムが鳴って、チャンミンは心臓が飛び出しそうになった。
「はーい。」
ユノが玄関に向かおうとする。
「ちょ、ちょっと待って!」
「お揃いの何が悪い。」
「そうじゃなくて僕が出るから!」
「いいよ俺出るって!」
「ゆ、ユノ!」
ユノは引き続き両手をバタバタしているチャンミンを無視して「はいはい。」とドアを開けた。
そして、固まった。
先にお迎えして、お茶など飲みながら和んだところにユノが帰ってくるシミュレーションをしていたのに予定外の状況だ。
チャンミンはユノの後ろであたふたした。
「ユノ先生……ご無沙汰しております。」
深々とお辞儀したお父さんの横で、レンが恥ずかしそうに俯いている。
「ど、どうぞ!入ってください。」
チャンミンはユノを押し退けて2人を招き入れた。ソファを勧めてお茶の準備に取り掛かった時、ユノが静かに部屋に戻ってきた。
ユノはレンと父親の前に立ち、「あの時はご迷惑おかけして申し訳ありませんでした!」と頭を下げた。
焦って立ち上がった父親も謝罪し、頭を下げ合う。
レンは唇をきゅっと噛んで2人を見上げている。
その時キュウタロウが歌い出した。
「あんあんあん!とってもだーい好きーチャンミーンさーん♪」
何故このタイミングでそれなんだ。
再会が台無しじゃないかキュウタロウ……。
チャンミンは荒んだ顔になったが、レンは大喜びでキュウタロウに駆け寄った。
「わー!やっぱり可愛いねキュウタロウ!やっと会えた。」
「……なんでキュウタロウのこと……。」
呆然とするユノにレンはゆっくり歩み寄る。
「チャンミンさんがユノ先生のことたくさん教えてくれてたから。東京まで会いに来てくれて、毎週手紙くれて。」
はっとしてチャンミンを見つめたユノに微笑みかけ、チャンミンはケーキをカットする。
「僕……ちゃんと中学校行ってるよ。ユノ先生のこと恨んでたけど……でも……どうしてるかずっと気になってた。」
「レン……ごめん。何も言わずに学校辞めて……ごめんな。」
「ひどいよ。毎日一緒に居たのに……突然会えなくなって……。」
「ごめん……ごめんっ!!」
ユノは大粒の涙を落としてレンを抱き締めた。抱き締めたと言うより、しがみついて泣いた。
レンもユノに身体を預け、しゃくり上げて泣いた。
「う……っ……ひっ……会いたかったんだ。ほんとは……会いたかったんだよ先生!!」
「俺も……俺も……会いたかったよ……。どうしてるか……いつも……。雨が降ったら、レンと部屋でゲームしたこと思い出して、晴れたら公園に行ってキャッチボールしたこと思い出して……雪が降ったら……悲しくて!!」
「僕も……雪は……嫌いだ……!ユノ先生の泣いてる顔……思い出すから!」
「クリスマスは……毎年辛かった。」
「うん。僕も。」
「でも……もう辛くない。レンに会えたから。」
ボロボロ泣きながら微笑み合った2人に、父親は頭を抱えて謝った。
「私が悪い。2人を引き裂いてしまって……。」
「お父さんは悪くありません!家族を思えば当然のことです。」
「いえ!私が悪いんです!家庭を顧みず、レンの不登校をそのままにしていたのは私なのに、全てをユノ先生のせいに!あの時……いえ、今まで本当に……、申し訳ありませんでした!!」
ユノは父親も抱き締め、それから3人で手を取り合った。
「あんあんあん!とってもだーい好きー♪」
キュウタロウの歌は終わらない。チャンミンは「もう……」と呟いてケーキを並べた。
「みんなとっても大好きだったんですね。お互いに。」
指についた生クリームをペロッと舐めたチャンミンは、やっぱりユノの妖精だった。
チャンミンが魔法の粉を振り撒いて、ユノの心のしこりを溶かしてくれる。
大切なレンを傷つけまいとしたユノも、家族を守ろうとした父親も、ユノを求めていたレンも、母親だってそう。
みんな好きが拗れて絡まって、頑なになってしまった。
ほどけてしまえば思いは同じ。
大好きだったんだ。
みんなでケーキを食べながら、レンの学校生活の話を聞いた。ユノの学校の話もたくさん聞いた。
話は尽きず、夜まで続いた。
チャンミンはハンバーグを作って振る舞い、レンは「母さんのより美味しい!」とはしゃいだ。
20時近くなり、父親は名残惜しそうに腰を上げた。
「さすがに帰らないと。明日仕事なんです。」
「もうちょっと居たいのに。」
レンは俯いてしまったが、ユノはそんなレンの頭をぐりぐり撫でて、「次は俺が東京に会いに行く」と約束した。
「ほんとに?チャンミンさんも?」
「うん。ご両親が嫌じゃなければ……。」
「もちろんです!妻も……本当は謝りたいって……。みんなでお待ちしてます。」
次の約束ができ、レンは笑顔で車に乗り込んだ。
「チャンミンさんは素敵な方ですね。ユノ先生は幸せ者だ。」
「あ……。」
父親の言葉にチャンミンはたじろいだが、手紙を読んでいるのだから当然2人の関係はバレている。
「実は……それで安心しました。妻のことで年甲斐もなく嫉妬していましたが、これは心配する必要もないなと。」
ユノはくしゃっと顔を歪めて笑う。
「はは……。なるほど。安心してください。俺、チャンミン一筋です。」
「……でしょうね……。」
真っ赤になったチャンミンと笑顔のユノに見送られ、レンと父親は東京に帰って行った。
車が小さくなるまで、ユノはずっと手を振って、海岸通りを右に曲がって見えなくなっても、しばらく遠くを見つめていた。
「チャンミン……。ありがとう。」
前を向いたまま呟いたユノが下ろした手を、チャンミンがそっと握る。
「うん。」
「……俺……情けないな。自分の恥ずかしいとこ、チャンミンに隠して。」
「楽になった?」
「あぁ……。すごく。」
「なら……良かった。」
「チャンミン……愛してる。」
「うん。」
「叫びたいくらい愛してる。」
「……それはやめて。」
「愛してる!!!」
「わーっ!やめて!!」
ユノを引っ張って部屋に押し込んだチャンミンは、今度はユノに引っ張られてベッドに押し込まれた。
「愛してる。」
ユノは凄く小さな声でチャンミンに囁いた。
その掠れた声は、どんな大声よりチャンミンの胸の奥まで届いて、全身に染み渡った。
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